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Category: 終(つい)の花 会津編  1/4

新しいお話のタイトルは「終(つい)の花」です

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今夜から新しく連載を始めたいと思います。(`・ω・´)|ω・`) ←……エイプリルフールじゃないのよ。ほんとよ。舞台は以前にお知らせしたとおり、幕末から明治、此花の好きな時代です。会津藩がらみのフィクションです。まだ全部書き上げたわけではないのですが、着地点は決まっていますので掲載しようと思います。拙いながらも小説らしきものをずっと書いてきましたけれど、余りに会津のことが大好きすぎて、いつか書きたいと思いな...

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終(つい)の花 1

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小高い山の上にある神社の石段を、駆けてゆく小さな影が有った。忙しなく息を切らせて登ってゆく。「どうか叔母上に、丈夫なやや(子供)が生まれますように。」小さな両手を合わせてそう呟くと、ガラガラと鈴を鳴らして小石を一つ置いた。どうやら願掛けをしているらしい。往復するたび、足元に並べる小石が増えてゆく。まだ前髪の少年の名は、相馬直正(そうまなおまさ)。まだ寺子屋に通う前で6歳になったばかりである。「どう...

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終(つい)の花 2

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それからしばらくして、叔母は大変な難産の末、玉のような男児を産んだ。「おめでとうございます。ご立派な若さまでございますよ。」汗だくの産婆が告げると、待ちかねていた夫、舅は躍り上がって喜んだ。「でかした!嫡男をあげたか!」直ぐに隣りの直正の家にも、使いが走った。「父上。ついに、お爺さまになられましたな。これに安堵していっそ楽隠居なさいませ。」「何を言う。大事な跡取りの教育を、お前なぞに任せられるか。...

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終(つい)の花 3

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母は縁側で繕い物をしていた。人の気配に、ふっと顔を上げる。「まあ。直正は遊び疲れて、旦那さまの背中で眠ってしまったのですか?」「うん。歩きながら舟をこぐのでおぶってやったんだ。布団を敷いてやってくれ。手慰みに作った竹とんぼを、ずいぶん気に入ったようでな。何度も飛ばしてくれとねだられたよ。」「そんな風にお優しいから、直正は父上が一番好きなのですね。ほら、直正。いらっしゃい。」母はずっしりと重い直正を...

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終(つい)の花 4

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翌月、藩政見習いの為、松平容保は初めて会津入りしている。直正の父と濱田家の叔父は、身支度を整え、家(か)中総出で行われる追鳥狩へと出発した。追鳥狩とは、会津藩伝統の長沼流にのっとった作法で行われる、実際の戦さながらの大がかりな軍事演習のことである。夕方4時から具足に身を固めた藩士が二手に分かれ、鶴ヶ城の追手門(表門)と搦手門(裏門)から出発する。先陣が大野ケ原に到着すると合図の狼煙を上げ、これを滝...

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終(つい)の花 5

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気付けば直正は、決して入ってはいけないと言われた大野ヶ原に踏み込んでいた。「追鳥狩を知らせる法螺貝の音じゃ。どうしよう……決して入ってはいけないと言われていたのに。」身震いしながら小さく身をかがめて、やり過ごすしかないと思ったその時、雉が音を立てて藪から走り出た。大きな羽音と、パン……!と響く銃の音に、直正は耳を覆った。どさりと音を立てて、大きな雉が上空から落ちてきたのに驚いてしまう。「容保さま、お見...

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終(つい)の花 6

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群青色の陣羽織の銀糸が、端正な貴公子が立ち上がると、きらと眩く陽を弾く。「頼母が言うのももっともだが、童にも何か仔細が有ったのではないか?話くらい聞いてやれ。」「はっ。直正。若殿さまの思し召しじゃ。嘘偽りなく正直に言うてみよ。何しにここへ参った?父や叔父も参加する追鳥狩を、物見気分で覗き見に参ったか?」「違います……決してそのような気持ちで来たのではありませぬ。」直正は濡れた顔を上げ、ふるふると小首...

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終(つい)の花 7

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「叔母上!ただいま帰りました。」追鳥狩のお狩場から、息を切らせて直正が運んできた季節外れのセリに、叔母は驚いていた。「まあ。こんなにたくさん。直さま、一体どこで捜して来たのですか……。」「そんなことよりも早く、一衛にしぼり汁を飲ませてやってください。」「はい。」叔母は直ぐに台所へ走り、一衛の為の薬をこしらえた。「一衛。もう少しの辛抱だよ。母上がお薬を作ってくれたら、直ぐに楽になるからね。」直正はひゅ...

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終(つい)の花 8

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直正はその時の言葉通り、それから後の日々、文武共に懸命に励んだ。いつか容保の傍に出仕したい一心で、藩校日新館でも飛び級で上へと進み、何度も褒章を受けた。自慢の息子に、父は目を細めた。成績優秀者の中から選ばれて江戸遊学も決まったが、直正は熟慮の末、京都守護職を引き受ける事になった藩主と京へ同道する道を選ぶ。京では推挙されて異例の鉄砲隊の隊長に選ばれ、藩主警護の任に付いている。帝に望まれて催した天覧馬...

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終(つい)の花 9

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直正は、武道場で汗を流していた。友人が数人、顔色を変えて雪崩れ込む。「直さん、大変だ。一衛が泣いている。」「一衛が?どこで?」「橋の上だ。台風のせいで水かさが増しているから、子供達は川の方へは行かないようにと言われていただろう?」「ああ。それなのに何故一衛が?」「川沿いの畑で、仲間と遊んでいたらしいんだ。それで飛ばしていた竹とんぼが、鶴沼川に落ちたらしい。遊んでいた子たちが知らせに来たんだ。」「落...

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終(つい)の花 10

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「一衛!」名を呼べば、橋の上で固まっていた一衛は、ちらとこちらを向いた。戻した視線は水面に注がれていた。「そこにじっとしておいで。いいね。怖くとも、わたしが行くまで決して立ち上がってはいけないよ。」「直さま……直さまが作ってくださった……竹とんぼが、あそこに。」「ん?竹とんぼ?怖くて足がすくんだのではなかったのか。」細い橋の上から、一衛は渦の中でくるくる回るおもちゃを指さした。「ああ、落してしまったの...

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終(つい)の花 11

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友人たちと別れると、直正は泣きぬれた一衛の手を引いた。「困ったなぁ。どうすれば一衛の涙は止まるのかなぁ。壊れてしまった竹とんぼはまた拵えてやるから、もう泣くのはおよし。直さんは一衛が泣くと、どうしていいか分からなくなるよ。どこも痛くはないのだろう?」「直さま……一衛は、直さまが流れて行ってしまうかと思って怖くなったの……です。一衛が竹とんぼを落として泣いてしまったから……直さまが……え~ん……」「そうか。一...

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終(つい)の花 12

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「一衛!今、何刻だと思っているのですか。」一人息子を心配する、母の厳しい叱咤の声が飛ぶ。きっと長い間、表で待っていたに違いない。「それにまあ……あきれた。泥だらけで、武家の子が何という恰好です。」「叔母上、帰りが遅くなってすみません。」「直さまは良いのです。一衛が又、日新館の表で終わりになるまで待っていたのでしょう?直さまは、お勉強や武術の鍛練があるからお邪魔をしてはなりませんと、きつく言い置いてい...

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終(つい)の花 13

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家に帰ると、父は既に晩酌をしていた。盃を重ね、上機嫌だった。「父上。ただいま帰りました。今日はずいぶんとお早いお帰りですね。」「おう、帰ったか、直正。お座り。」「父上には、何か良きことでもありましたか?」「あるとも。実はな、わが殿に良い話が有るのだ。何だと思う?」父は笑みをたたえ嬉しげだった。「殿のめでたきお話ですか?もしかすると、父上の良き話とは、若殿さまの御婚儀のお話ですか?」「知っておったの...

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終(つい)の花 14

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父は直正に盃を渡した。「いずれは、直正も若殿さまを見習って、良き嫁御を迎えねばならんの。」「……はぁ?」「なんだ。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして。男子たる者、当然の務めではないか。そろそろ許嫁が居ても、おかしくはないぞ?わたしがそなたの年には、すでに香苗と一緒になると心に決めていたのだからな。直正には、誰ぞ気になる女子はおらぬのか?」「……わたしには学ぶべきことが多すぎて、嫁取りの話など考えたこと...

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終(つい)の花 15

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父の言葉に従って足を運ぶ内に、直正は助けてくれた農民ともすっかり打ち解けていた。一衛も当たり前のように付いて来て、秋には刈り取った稲穂を垂木に掛けてゆくのを手伝った。何しろ上背が足りないので、掛けるのにも時々は手助けが必要だったが、それでも身重の女房は喜んだ。直正が懸命に鎌を振るった稲束を、一衛が汗だくになって束ねてゆく。「うまいぞ、一衛。手早くなったな。」「はい。直さま。もう少しですね。」***...

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終(つい)の花 16

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一衛の父は藩命を受け、その頃、蝦夷(現在の北海道)警備につき家を長く留守にしていた。この後も、藩主の求めに応じて、京都に駐留する精鋭部隊の一員として参加する一衛の父は、もう二度と家族の暮らす故郷の地を踏む事は無い。滅多に文も寄越さない父を、一衛は恋しく思っていたが口にする事は無かった。「一衛。叔父上から、文は届くのか?」「あい。父上は、しっかりとお役目に励んでいるから、母上を困らせないように一衛も...

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終(つい)の花 17

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直正は背を向けてその場にしゃがみこむと、お乗りと声をかけてやった。「わたしの御背(おせな)は温かいよ、ほら。」そっと身を預けると、ほんのりと背中から体温が伝わってくるような気がして、一衛は直正の背に頬をすりすりとこすりつけた。「直さま……。」「わたしはね、一衛は父上がに蝦夷に行ってしまわれたのに、泣かずに母上をきちんと守ってえらいなぁといつも思っているんだよ。」「あい。一衛は父上と「げんまん」をした...

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終(つい)の花 18

一度熱が出始めると、一衛は元々が余り丈夫な質ではないので、数日寝込むことになった。涙を浮かべて苦い薬を飲む一衛を思うと、直正は可哀想でならなかった。話を後にして、早く家に連れて帰るべきだったと思う。「叔母上。一衛の容体はいかがですか?咳は治まりましたか?」「直さま。まだ熱が下がりませぬ。あの子は誰に似たのか、本当にか弱くて困ります。」「そうですか。また、様子を伺いに参ります。叔母上もお疲れになりま...

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終(つい)の花 19

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一衛が会津の藩校、日新館に入学した翌年。成績優秀な直正は推挙されて幕府直轄の江戸の学問所、昌平黌(しょうへいこう)遊学が決まった。昌平坂聖堂、昌平坂学問所とも呼ばれたこの場所は、明治政府の学制改革によって閉鎖されてしまったが、幕末当時の学問所としては、諸藩の秀才が集まったことで知られる。日新館では、少年達への会津建藩精神の高揚と、高潔な「会津士魂」を養成する為、日新館童子訓の口述、講義を行っていた...

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終(つい)の花 20

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日新館に通い始めて、一衛は以前ほど直正の後を追わなくなっていた。直正の顔を見れば小犬のように一目散に走ってきた一衛も、大人になって来たと言う事なのだろうか。たまに見かけても、言葉を交わそうともせず、友人たちに交じって遠くから目礼をするだけだった。直正はわずかに寂しさを感じていた。父の言うように、一衛もひな鳥の巣立ちを迎えたのかもしれないとも思う。直正は成長を嬉しく思いながらも、大切な弟が遠くなった...

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終(つい)の花 21

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直正は膏薬を張り終えると、着物を引き上げてやった。しょんぼりと俯いてしまった横顔に、何とかしてやりたいと思う。「一衛。最近沈んでいるようだったのは、そのことが原因だったのか?わたしは、入学以来余り笑わなくなった一衛が、どんどん一人で大人になってゆくような気がしていたんだよ。」「一衛は……どうすれば強くなれるか、一人で考えていたのです。……これまでのように、すぐに直さまに頼ってはいけないと思って、我慢し...

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終(つい)の花 22

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直正には、一衛の抱えている葛藤が、難なく理解できた。江戸屋敷に詰めた会津藩士たちは、一年ごとに国許の藩士と交代することになっていたが、一衛の父のように藩主の傍で護衛に当たった者は、おいそれとお役目を離れられない。一衛の父の以前の赴任地、会津よりはるか北の地の蝦夷も、大方の者は訪れたこともなかったし、新しく赴任する京都は、会津の人々にとっては想像もつかない果てしない地だった。誰にも言えないもどかしさ...

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終(つい)の花 23

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直正も、明るく言葉を返す一衛の様子を見てほっとしていた。「はは……いい返事だ。安心したよ。日新館に入ったからと言って、一衛の中身は何も変わっていなかったのだな。」「いいえ、直さま。一衛はもう子供ではありませぬ。一衛はこれから鉄砲を習って、直さまをお守りします。」「頼もしいな。では、わたしも一衛に負けないように励むとするか。」「競争です、直さま。」ふと直正は真顔になった。「だがその前に、その腫れた肩の...

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終(つい)の花 24

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一衛のような若年者に知らされる事は無かったが、既に元服も終えた直正の耳には、会津藩が置かれた厳しい状況が色々と入って来ていた。日本中がまだ経験したことのない動乱のるつぼに巻き込まれようとしている。これから会津全土を襲う惨劇など、誰にも予想できなかった。江戸では、井伊大老が急襲される桜田門外の変が起こり、容保の近辺は俄かにきな臭くなった。幼い頃より容保は、近江彦根藩藩主、井伊直弼とも親交があり、まる...

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終(つい)の花 25

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酩酊した直正の脳裏に、過ぎた日に自分を庇ってくれた、澄んだ瞳の線の細い貴公子の姿がゆらりと浮かんだ。追鳥狩りで犯した、まだ幼い直正の無礼をあっぱれと笑顔で褒めてくれた容保の為に、いつか命を掛けて奉公すると心に決めていたが、その時がいよいよ近づいて来たのかもしれない。直正が誰よりも敬愛する容保は、その頃、会津松平家藩祖の記した家訓に縛られて抜き差しならない状態になっていた。会津の長い冬の始まりに、昏...

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終(つい)の花 26

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元々病身で身体の弱かった容保は、風邪をこじらせて臥せっていた。見舞いと称し、寝所まで押し入るようにして入り込み、無理難題を持ちこんだ春嶽と一橋慶喜を前に、高熱で赤い目を潤ませて胸を押さえ苦悶していた。容保の白皙の端整な顔は面やつれして青ざめ、額に掛かる一筋のみだれ髪が労しい。対面した二人は歯の浮くほどの美辞麗句を並べ、容保をほめそやしながら、最後には家訓を持ち出して逃げ道を断ってゆく。「あっ、殿っ...

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終(つい)の花 27

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会津藩では、藩士の中でも優秀な精鋭部隊一千人を送り込んだ。その中には若くして鉄砲隊隊長に抜擢された直正の姿もあり、一衛は目許を赤くしてじっと旅姿の直正を見つめていた。直正のきりりと短い義経袴の裾は、黒い天鵞絨(びろうど)の布を縫い付けほつれぬようにしてある。見つめる一衛に気付き、直正は人の輪から離れ走り寄って来た。「一衛!」「直さま……。一衛はまたお留守番です……。」「うん。一衛には、まだ日新館で学ぶ...

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終(つい)の花 28

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京都守護の役目についた会津藩の働きは、目覚ましかった。会津藩士は現地で招集した浪士組と共に、たちまち多数の不穏分子を排斥している。不埒な暗殺姦盗を取り締まる為、会津藩では藩兵が夜中も京都の町を巡回し、治安の維持に努めた。容保は当初、在京の諸藩および洛内外に「言路洞開」を布告している。これは言うなれば、上の者が下の者の意見を広く聞き、話し合いで結論を出す事であった。公明正大な容保らしく、どのような相...

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終(つい)の花 29

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負けた相手は頭を掻いた。「一衛は本当に強くなったな。」友人たちも認めた。「義経の八艘飛びはみたことないけど、もしかすると一衛のように動いたのではないか?」「義経に会ったこともないくせに、わかるのか?」「誰も会ったことなんてないじゃないか。」「では、拙者が会わせて進ぜよう。」「え~?どうやって?」「義経はわたしの持っている絵草子の中にいる。従者の武蔵坊も一緒だ。」「あはは……」元々一衛は、柔な見かけに...

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