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Category: 終(つい)の花 東京編  1/1

終(つい)の花 東京編 1

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江戸への旅は、思っていたよりも苦労の連続だった。宿場で泊まろうとしても、会津から来たと名乗れば、場末の飯盛り女さえ態度を変える。「ここはね、あんたたちのような会津っぽが泊まるような旅籠じゃないんだよ。さあ、行ったり行ったり。何処か他をあたるんだね。」「連れの者は、体が丈夫ではないのだ。せめて布団で寝かしてやりたいのだ。金ならある……」差し出した札入れを叩き落として、客を引く女はまくしたてた。「金のあ...

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終(つい)の花 東京編 2

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出身地を東北だと相手に告げる度、足元を見られ、食料を買うたび定価よりも高い金銭を要求された。「……一衛。大丈夫か?」「あ……い。申し訳ありません、直さま……」数日、神社の境内で過ごしていた二人は、役人に目をつけられそうになり、そこを後にしていた。無人の寺は付近には無く、泊まれる場所を求めて二人は彷徨っていた。無理な長旅の疲れのせいか、一衛は熱を出し動けなくなった。「困ったな、熱が高い。せめてどこかに、雨...

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終(つい)の花 東京編 3

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唯一つの良心にしたがって、追い詰められて挙兵した悲劇の主を、心あるものは悲運と気の毒がり、あるものはあからさまに侮蔑の視線を向けた。「おお、これは会津のお方でしたか。お待ちください。すぐに食事の用意をさせましょう。ああ、その前にすすぎをお持ちいたします。」「え……?」「どうかいたしましたか?」会津と名乗った後は、再びその場を追われるものと覚悟した二人に、意外な言葉が降ってきた。声をかけてきた男は、京...

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終(つい)の花 東京編 4

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久しぶりのまともな食事に舌鼓を打ち、人心地の付いた直正は頭を下げた。「馳走になった。渡る世間は鬼ばかりというが、世間もまんざら捨てたものじゃないな。此度のことでよくわかった。」「大したことではありません。お役に立ててようございました。」「うまい飯だったな、一衛。」「あい、直さま。一衛はお刺身というものを食べたことがありませんでしたが、おいしゅうございますね。」「海のない会津では川魚しか食えなかった...

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終(つい)の花 東京編 5

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日向という男は、世間に後ろ指をさされる二人に、とてもよくしてくれた。一衛のために町医者を呼び、精の付く食事を整え、何不自由なく暮らせるよう便宜を図ってくれた。その為、直正は一衛の心配をせずに、朝早くから職探しに出かけている。だが残された一衛は、どこか得体のしれない日向のことが、不気味で恐ろしかった。直正の帰りが遅いとき、部屋に現れる日向に一人で向き合うのは不安で仕方がない。どうしても好きになれない...

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終(つい)の花 東京編 6

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一衛が感じたとおり、この男にはもう一つの酷薄な顔がある。もっとも、冷酷でなければ、多くの女性に春をひさがせる廓の主など勤まるまい。京から来てすぐ、売りに出ていた娼館を安い金で買い、手を加えて新政府役人相手の高級娼館に改築したところこれが当たり、今では役人にも顔が利くようになっていた。公家崩れというのは作り話ではなかったが、別段悲劇の会津公に思い入れはない。会津が降伏したと聞いたとき、生真面目な忠誠...

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終(つい)の花 東京編 7

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廓の外の大通りは、花魁道中の見物人も溢れて大騒動になっていた。棒振りの牛太郎(自警団)が数人追いかけて、足抜け女郎を散々に打ちのめした後、肩に担いで娼館に戻ってくる。「おらっ、じっとしねぇか。」「このあま、せっかくの拵えが、水の泡だ。せっかくの水揚げだってのに、土壇場で逃げ出すとはふてぇあまだ。」「花魁道中だってのに、なんてざまだ。」「ぃやんだぁーー!」「二度と足抜けなんぞできねぇように、きっちり...

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終(つい)の花 東京編 8

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地面に叩きつけられる寸前に、一衛の体を日向が拾い上げた。「……御無理をなさるからですよ。一衛さま。」「う……」「ちょうど良かった。大久保さまにお目通り願いましょうか。ふふっ……」一衛の耳に、日向の意味ありげな含み笑いはもう届かなかった。*****夢の中で、一衛は清助の田で稲刈りの手伝いをしていた。お日さまの下で、日に焼けた直正が、束にした稲を振り上げて笑う。「一衛、おいで。」手を上げて応えようとして、手...

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終(つい)の花 東京編 9

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日向は男の前で、一衛に着せ掛けた薄い布団を剥いだ。「詫びたいのなら、いっそ一衛さまが染華花魁の代わりをするというのはいかがですか。」「戯言を言うな。これを早く解け……。」 「そうおっしゃいますな。いい眺めでございますよ。」一衛はやっと自分を戒めているものが、遊女が、緩い着付けに使う絹の平紐だと知った。遊女は体に跡が残らないように、柔らかい絹を使う。男は近づくと、一衛の顔を覗き込んだ。「お主は、会津か...

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終(つい)の花 東京編 10

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直正が帰ってくると、いつも一衛は話を聞きたがった。今日はどこでどんな話をしたとか、誰に会ったとか、他愛もない話を目を輝かせて嬉しげに聞いた。だが、最近は気分がすぐれず、部屋に籠って休んでいる日が多い。「起きているか、一衛。」「……あい。」「今日は栃餅を買って来た。懐かしいだろう?」「お帰りなさい、直さま。」「飯はちゃんと食ったのか?日向さんが、具合が悪くなったと言っていたが?」「大丈夫です。直さまが...

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終(つい)の花 東京編 11

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山に入って栃の実を拾ってくるのは、子供たちの仕事だった。栃の実は、貧しい会津の保存食の一つだ。競い合うように大きな袋をもって、一衛も張り切って直正の後をついて山に入った。「直さまより先に、袋をいっぱいにします。」「そうか、わたしと競争だな。一衛はこの木の下で拾うのだよ。昨夜、大風が吹いたから足元にたくさん落ちているだろう。」「あい。」「わたしは、少し先にいるからね。ほら、右側に大きな木が見えるだろ...

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終(つい)の花 東京編 12

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季節は廻った。直正はいつものように手弁当をもって、職探しに出かけようとしていた。未だにうまく職探しをできないで、日雇いばかりしているのはもどかしいが、それでも寝るところがあるのはありがたかった。その日、一衛は一緒に行きたいと、珍しく頑張っていた。「今日は雨も降るみたいだし、出かけるのはまた明日にしよう。」「……でも。」「雨に当たって、病気が悪くなったら大変だろう?昨夜もわたしが帰ってきたとき、寝付い...

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終(つい)の花 東京編 13

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容保公は、緋毛氈の上に頭を下げて血涙をこぼした。それを思えば、自分も耐えられる……そう思っていたのに、下を向けば無意識に頬が濡れる。一衛の病状を心配しながら、足を棒にして毎日職探しに励む直正を、楼主と共に騙し裏切っているようで辛かった。手のひらのあれほど硬かった竹刀だこも、すっかり柔らかくなって一衛を悲しくさせた。「さあ、一衛さま。御辛くないように、この嶋原屋が、後孔を程よく弛めて進ぜましょう。」「...

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終(つい)の花 東京編 14

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窪田は語気を強めた。「例え天が許しても、わたしは大義なく会津を苦しめた薩長を許しません。戦で血で血を洗うのが避けられなかったのだとしても、人道を外れたやりようは許せない。いつか機会があれば、誇りを踏みつけにした奴らに、一泡吹かせてやるつもりです。」「そうか。今後も懐に入って機を伺うということか。」「相馬さんもそのつもりではないのですか?」「確かに会津の辛酸を思うと、新政府の役人になるのは、内心忸怩...

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終(つい)の花 東京編 15

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島原屋の主、日向は腹を決めた。これ以上は隠し通すべきではないと思った。新政府に雇われた以上、いつかは島原屋の奥のことも耳に入るだろう。「相馬さまには申し訳ございません。内分にしておりましたが、実は……一衛さまには食い扶持以上に、嶋原屋の裏の商いのお手伝いをしていただいております。」「裏の商い……?一衛は、療養のためにここに身を寄せているはずだが。」いやな話だと、直正は思った。「最初は、日向がご無理をお...

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終(つい)の花 東京編 16

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直正は一衛の姿に言葉をなくした。「その恰好は……?」「お客さまとお会いするときは、こういう姿になるのです。似合いませんか……?」「い……や。」病気で血の気のない顔をごまかすために、薄く水白粉を塗り、元々桜の花のようだった唇と目元に紅を刷いていた。その姿は、まるで雪原に舞い降りた丹頂鶴の風情だ。男とも女とも付かぬ化粧を施して、息を短くつく一衛が、ひときわ艶やかに美しく見えた自分の目を恥じた。そこにいる一衛...

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終(つい)の花 東京編 17

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微かに漂う甘い脂粉の香りが、鼻をくすぐるのが悲しい。「すまぬ、一衛……」直正は早くまともな職を得て、一衛と共に住む家を借りようと思っていた。気持ちは急いてたが、職探しはままならない。嬌声の聞こえる女郎屋の奥ではゆっくり養生も出来ないだろうと、心から一衛の身を案じていた。それほど思いながら、一衛の地獄を想像することもなかった。全て手遅れだった。直正が出かけた後、一衛の身が日向の手によって誰かに手渡され...

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終(つい)の花 東京編 18

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「薬玉や鼈甲のかんざしを挿すように言われたり、髪を切れと言われたり……今はご覧のとおり、髷も結えぬみっともない姿になりました。」少し悲しげに言う一衛の顔は、熱のせいでほんのりと紅が咲いていた。「みっともないことなどあるものか。どんな姿でも、一衛はいつも器量良しだ。かといって、か弱い女子のようではなく、野に咲く竜胆のように凛としている。」「直さま……戦がなかったら、きっと直さまが一衛のただ一人の兄分でし...

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終(つい)の花 東京編 19

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翌日、一衛は起き上がれなかった。肌を合わせたまま離れたがらなかった一衛の頬に、この上なく優しく触れた直正は、いつものように声を掛けた。「起きなくていい。早めに出るから、一衛はゆっくり寝ておいで。」「あい……。」「無理をせぬことだよ。いいね。なるべく早く帰って来る。」布団の中で、こくりと小さく頷いた一衛は薄く涙を浮かべた。*****直正は出仕前、日向の所に出向いた。全てを知った今、こうなったのは自分に...

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終(つい)の花 東京編 20

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警視庁に出仕しようとした直正は、島原屋の裏口に若い女性が佇んでいるのを見た。着ているものは粗末だったが、どこか垢ぬけて小股の切れ上がった女だ。商売女なのかもしれない。懐に、幼子を抱いていた。「あの……もし。」声をかけられる覚えはないのだが、整った細面の面差しはどこかで見たような気がした。「ここに濱田一衛さまという方が、おいでになると思うのですがお達者でしょうか?」「一衛の知り合いですか?今日はあいに...

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終(つい)の花 東京編 21

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「人斬り包丁は、もはや用済みの文明開化のご時世だからな。親子三人、地に足をつけて暮らせるなら、どんな仕事でも構わないとわたしも思う。」「はい。あの……それと、余計なことかと思ったのですが、何かの時にはあたしを頼ってほしくてここまで参りました。病人のお世話は、大変なこともあるでしょうし、邏卒はこれから泊まり込みで訓練があると聞きました。この子を誰かに預けてでも、あたしは恩人の一衛さまのお世話がしたいで...

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終(つい)の花 東京編 22

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警視庁は騒然としていた。このころ、武士階級を廃止して特権を奪われた不平士族が、各地で反乱を起こしていた。廃藩置県で家禄を奪われ、廃刀令で魂とも言える刀を奪われ、旧士族の不平不満は溜まりに溜まっていた。西郷隆盛、江藤新平、板垣退助など、新政府と袂を分かつ維新の志士たちも出始め、旧士族に影響を与えた。九州での暴動については直正も知っていたが、また新しく火種が起きたということだった。全国に暴動が飛び火す...

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終(つい)の花 東京編 23

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江藤新平率いる佐賀の乱が鎮圧されてから二年ほどの間に、西日本では多くの士族の反乱が続いた。佐賀、熊本、福岡と鎮圧され、敗れて行き場を失った多くの士族は、故郷を捨て西郷のいる鹿児島へと集結する。西南の役は、新政府に虐げられた武士達の、やり場のない最期の意地を西郷が受け止めて、仕方なく引き起こした内乱である。実は西郷も、新政府の中で孤立していた。一度は政府の中枢にいた西郷は、盟友大久保利通と政治を巡っ...

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終(つい)の花 東京編 24

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ふっと微笑んで、直正は顔を近づけてやった。一衛は病がうつるから近寄ってはいけませんと嫌がるが、いまさら失うものはない。じっと一衛が直正を見つめる。「直さまが見つけた死に場所は、薩摩ですか?」「一衛……」一衛にはわかっていた。帝都までこうして流れてきたが、いつも直正の胸には会津の汚名を晴らしたいと言う思いがあった。それは今や、散り散りになったすべての会津藩士の切なる願いだったかもしれない。「やっと一矢...

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終(つい)の花 東京編 25

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目を輝かせて覗き込む一衛の姿に、懐かしさがこみ上げる。「ほら。出来た。今度、一太郎が来たら窓から落としてやるといい。風に乗って、少しは飛ぶだろう。」「そうします……」ふっと小さく息をつくと、一衛は光る刃物を見つめた。「直さま……その肥後守(小刀)を……少しの間、貸してください。」「駄目だ。」「借りるだけです……から……」「駄目だと言うのに。一衛の考えることが、わたしにわからないとでも思うのか。」もみあって取...

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終(つい)の花 東京編 26

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直正の仕えた元会津藩家老佐川官兵衛は、鬼人といわれるほどの働きをし、明治政府の勝利に貢献した。だが、その姿は相馬直正と共に、帝都での戦勝の行列に並ぶ事は無かった。今も南阿蘇の地には、佐川に対する感謝の碑が十数か所も立っている。地元の村人がどれだけ好意的だったか、その数が示している。鬼佐川は、そのあだ名を本名と勘違いした村人から「鬼さま」と呼ばれ、慕われていた。阿蘇につくと配下の巡査たちを呼び、決し...

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終(つい)の花 東京編 27

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峠の道は、地の利を得た薩摩軍が草むらに潜み、思わぬ苦戦を強いられた。直正たちは、胸まで茂った草をかき分け進んだ。「鳴子に触れないように気を付けろ!そこかしこに下げてあるぞ。気取られぬように、ゆっくりと進め。」「はい!」「敵本陣は、おそらくこの先だ。」「高台から見つけられぬよう、腰を低くして行け。」縦横無尽に張り巡らされた鳴子に触れたが最後、敵に味方の場所を知られてしまう。注意深く進んでいた佐川の軍...

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終(つい)の花 東京編 28 【最終話】

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同じ時。まどろんでいた一衛は、下から呼びかける子供の声に気付いた。直正が九州に出立して以来、気の利くお染が時々差し入れをもって島原屋に顔を出す。食欲はなく、会うことも許されなかったが、気持ちがうれしかった。独りで横になっていると、いいことはあまり考えない。不安ばかりが胸に迫ってくる。直正が戦で倒れ、一人残されたらと思うと涙が溢れ胸が痛くなるばかりだった。「かずえさま~、かずえさま~。来ましたよ~。...

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終(つい)の花   【あとがき】

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長らくお読みいただきありがとうございます。拍手もポチもありがとうございます。何とか着地できました。(〃゚∇゚〃) でも、正直言ってしまうと、筆力不足を感じています。時代物は約束事が多いのですが、まだまだ勉強できていません。どのエピソードも、もう少し書き方があったのではないか、違う表現があったのではないかと思ってしまいます。好きな素材は、うまく表現できないから書かないほうがいいと言う話は知っていましたが...

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