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Category: 愛し君の頭上に花降る(番外編)  1/1

新連載のお知らせ

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明日、火曜日より新連載を始めます。前回と同じく、火、木、土曜日更新予定です。タイトルは「愛し君の頭上に花降る」です。前作、「明けない夜の向こう側」の番外編になります。番外編ではありますが、独立したお話になるように気を付けて書きました。お読みいただければ嬉しいです。【作品概要】元華族の望月祥一郎(もちづきしょういちろう)は、子供時分から自分に自信が持てなかった。親の力で何とか医師になったものの、才能...

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愛し君の頭上に花降る 1

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「望月祥一朗」は、旧華族、望月子爵家の嫡男として生まれた。良い意味だけを持つ「祥」の字に、幸せな人生を送りますようにと両親が願いを込めて付けた名前だった。だが、縁起の良い名前を持った祥一朗は、残念ながら両親にとってどうしようもない不肖の息子だった。「どうした、祥一朗。何を泣いている」「お父さま……」徒競走で転んだせいで最下位になってしまったと、祥一朗は泣きながら告げたが、父は嘘だと知っている。元々、...

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愛し君の頭上に花降る 2

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祥一朗は諦めきれなかった。「お父さまに言って、軍部に手を回してもらおうか?医専を卒業したばかりで、ぼくも君も医師としてはまだまだ未熟だ。もっと学ぶことはある」「望月君の父上が、軍部に顔が利くというのなら、そういうことは君の時にこそお願いすべきだ。ぼくは目が悪いから、乙種合格すら貰えなかったけれど、軍医になれば軍隊では少尉殿だ。二等兵ではないから、毎日殴られるようなことはないだろう」「君はそれでいい...

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愛し君の頭上に花降る 3

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終戦を迎え、祥一朗は初恋相手の住んで居た辺りに出かけ、懸命に米屋を探した。せめて彼の生死だけでも知りたかったが、辺り一面、焼け野原になり、捜し歩いても初恋相手の実家の米屋の看板すら見つけられなかった。やがて、進駐軍の手により華族制度が瓦解した。それまでは子爵として国から多大な恩恵を受けていた望月家も、これからは自らの才覚で生きてゆかねばならない。周囲には環境の変化に対応できず、労働の対価として収入...

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愛し君の頭上に花降る 4

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その夜も、袖を引いてきた若い男娼と、窓のない四畳半の連れ込み宿にしけこんだ。祥一朗は、体液の染み込んだせんべい布団に転がった固い体に、セクスを打ち付けて一時の快楽を得た。自分の劣情が発散できれば、相手の気持ちなどどうでもよかった。思いやる言葉さえ口にすることはない。「あ……あ、あぁ……」切ない喘ぎが、細く部屋に零れた。「おそろしく下手な口技だな」「ご……めんなさい……」拙い舌技に半ば呆れながら、身体の下に...

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愛し君の頭上に花降る 5

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その夜から、祥一郎はぷつりと男漁りをやめた。甥の郁人の体調が急激に悪化して、目が離せない危機的状態に陥ったことも一因だった。さすがに郁人が心配で、過去のカルテを引っ張り出したりして、祥一朗なりにできることを懸命に探った。気に入らない浮浪児兄弟の片割れに頭を下げて、教えを請い、最新治療の勉強もした。透析治療に生命を救われた郁人の様子に、ほっと安堵しながら、祥一朗は自分の持つ医術は稚拙で古く、郁人の役...

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愛し君の頭上に花降る 6

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数日後、笹崎に連れられて目の前に立った細身の青年は、予想通り申し分なく上品な佇まいだった。荒れた生活にいささかやつれたとはいえ、立ち居振る舞いに卑屈なところは感じられず、おそらく美意識の高い望月の嗜好に合うだろうと、最上家令は確信した。「お探ししましたよ、結城さん」「……ぼくに何用ですか……?」視線が不安げに彷徨った。「簡単な仕事です。これからあなたには旧華族の集まる夜会に出向いていただいて、望月祥一...

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愛し君の頭上に花降る 7

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目を伏せた青年を見つめる祥一朗の耳元に、背後から近付いてきた笹崎が小声で告げた。「望月さま。この方は元結城男爵さまのご嫡男です。名を結城秋星さまとおっしゃいます」「男爵……そうか。それで合点がいった。名前も優美なのだな。どんな字を書くの?」「……季節の秋に夜空の星と」「似合いの名だ。結城君、この先何か予定はある?」「いいえ……」「軽い食事をさせるカフェが近くにあるんだ。これからどう?」内心の喜色を浮かべ...

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愛し君の頭上に花降る 8

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奇妙なことに、秋星の手順は祥一朗がこれまで肌を重ねて来た相手を思い出させた。脳裏にほんの少しそんな考えがよぎったが、秋星の高貴な出自を思い出して、馬鹿げた考えを打ち消した。余計な思案を巡らせた途端、熱く巻き付く舌に強く茎を絡めとられて、祥一朗は呻いた。敏感な亀頭を、乳を舐める子猫のように、柔らかな舌で丁寧になぞられるたび、甘い快感がぞくぞくと背筋を走り抜ける。滑るような手管に、思わず腕を伸ばして秋...

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愛し君の頭上に花降る 9

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祥一朗は秋星を抱き起すと、優しく懐に抱いた。「……秋星、君は誤解しているよ。見えなくともぼくの心は歪で、傷だらけだ。誰かに好かれたいとずっと思い続けてきたが、誰も手に入れられなかった。ぼくが愛するものは、いつも手に入らない。これまで、思い通りにならない人生を送って来たよ。だから……もし君が、ぼくを欲しいと思ってくれたなら、とても嬉しいよ……」「望月先生……」微かにくすんだ薔薇色の尖りに、祥一朗は滑らせた唇...

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愛し君の頭上に花降る 10

固く閉じた目尻に光る涙が、祥一朗の添えた指を伝う。「何を泣くね……秋星?過去を恥じることなどない。きみはこれまで懸命に生きて来たのだろう?」思いがけない指摘に、殺した嗚咽がひゅっと喉元で鳴った。働くことを知らない親と身内を食べさせるためとは言え、自尊心を踏みにじられ、夜ごと、穢れを知らない身体をひらかれることに打ちのめされ続けた。一度たりとも心からの喜びに満たされたことはない。親しい馴染となっても、...

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愛し君の頭上に花降る 11

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思いがけず手に入れた、片翅のような美しい青年を、祥一朗は片時も離さなかった。薄々気づいた秋星の過去を深く詮索することもなく、その後の祥一朗はひたすら包み込むように、守るように彼を愛した。連れ立って出かけると、周囲の好奇な視線に目を伏せる秋星に、何も恥じることはないのだからと微笑み、衆人環視の中でさえ堂々と秋星に触れた。愛する人を得て、元華族の祥一朗の根拠のない不遜な自信が戻りつつあったのかもしれな...

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愛し君の頭上に花降る 12

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祥一朗は、そんな秋星の思惑を感じ取ったらしい。「戦前、ぼくの母は、夜会に行くとき、菫色のタフタで誂えたドレスを着ていたんだ。胸には、伊太利亜の公使から贈られたカメオのブローチを付けてね……広間でワルツを踊る姿を見て、子供心にもなんて美しいんだろうと思ったよ。自慢の母だった」「今もご息災でいらっしゃるのですか?」「いや……数年前に亡くなって、甲府で眠っている。父が、自分の葡萄園が見渡せる場所に、墓を建て...

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愛し君の頭上に花降る 13

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視線をさまよわせた秋星をその場に残し、祥一朗は先程の洋装店に戻って、車の手配をした。祥一朗にとって秋星は、肌を合わせただけの情事の相手というだけではなく、これまで手の内から失ってきた愛する者達が、目の前で具現化したような気がしていた。肉親の中で、ただ一人、自分を兄と盲目的に慕ってくれた妹も今はなく、大切に思って来た忘れ形見もすでに自分の手を必要としない。不運にまみれた儚げな横顔を持つ、白皙の美青年...

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愛し君の頭上に花降る 14

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祥一朗は帰宅後、二人を部屋に案内した後、最上家令の部屋まで出向き勝手を詫びた。「最上さん。急に客を招くことになってすまない。厨房にも余計な手間をかけさせてしまった」「いいえ。ご心配には及びません。そのくらいのご用意は、いつもできておりますよ。甲府から届いた葡萄酒も冷えておりますから、後程お持ち致します」最上家令は静かに笑顔を浮かべていた。偶然を装い、望月医師と結城青年が出会うように仕向けたのは、正...

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愛し君の頭上に花降る 15

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夜風に冷えた首筋に唇を這わせ、シャツを開いて恋人の赤く尖った小柱を吸い上げると、秋星はふるっと身震いした。奈落の底で喘いでいるとき、おそらく生きる縁(よすが)となったはずの彼の存在。辛すぎる日々、生死の淵でもがく秋星に、生きるように笑いかけたのは瀬津の幻影だったに違いない。汗ばんだ額に乱れた髪の一筋を、そっと払ってやった。「瀬津君は、夜空を見上げるたびに、秋星を思い出していたと言ったの?」「秋の夜空...

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愛し君の頭上に花降る 16

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部屋に残された秋星は、夜が明ければ荷物をまとめて屋敷を出て行こうと思った。祥一朗に別れを告げられた以上、このまま鳴澤家に逗留する理由がない。自分は祥一朗の愛妾となるべく、この家に来たのだから。祥一朗と別れた詳細を報告するために最上家令の部屋を訪ねた秋星は、再び涙することになる。「そうですか。ご自分から別れを切り出されましたか……」「はい。あの方は仕組まれた出会いの事も何もかもご存じのようでした。瀬津...

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愛し君の頭上に花降る 17

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秋星との別離に傷付いた祥一朗は、自室に引き籠り、家令の心配をよそに毎夜、葡萄酒を呷って(あおって)いた。どれ程飲酒しても、酔えなかった。元々、それほど酒に強い質ではないし、酒が過ぎて不始末を起こしたことも一度や二度ではない。いつか庭師ともめた時、しっかりするようにと最上家令に釘を刺されてから、飲酒は控えていたのだが、さすがに秋星との別離が堪えていた。抱き合って眠っていたときには、狭いと感じていた寝台...

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愛し君の頭上に花降る 18

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季節は移り、残暑で気だるさの残る朝、誰かの気配に気づいた祥一朗は、ゆっくりと目を開けた。大きな黒目勝ちの瞳に、涙を湛えた少年が唇をかみしめて枕辺にひざまずき、祥一朗を見つめていた。「これは夢なのかな……君はいつかの……」「旦那さま。お会いしたかったです……」そう言えば、別れ際、この子の名前を聞いていなかったと、体を起こした祥一朗はふっと苦笑いを浮かべた上野の駅で、四国に帰る少年に切符を買ってやったのは、...

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愛し君の頭上に花降る 19 【最終話】

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困り果てた祥一朗は、助けを求めるように、扉の傍に控えていた最上家令を見た。最上家令は一瞬躊躇したが、やがて祥一朗に向かって口を開いた。主人の元に輿入れしてきた病身の美しい花嫁の、まるで花嫁道具の一つのようにして鳴澤家にやってきた青年の本質は、あの頃と変わっていない。変わっているとしたら、恋を失って以来、すっかり臆病になってしまった事くらいだろうか。「わたくしが口にするのはおこがましいと存じますが、...

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愛し君の頭上に花降る 20 【恋人たちのその後】

誰が知らせたものか、瀬津の元で幸せに暮らしているはずの秋星が、すっかり面やつれして見舞に訪れたのは、祥一朗が本復してしばらくたっての事だ。青ざめた頬で、秋星は祥一朗の枕辺に立った。「……お怪我をなさったと聞きました。顔を出せた義理ではないのですが、どうしてもお詫びを言いたかったのです……もしかすると、ぼくが……」「ああ、心配させて悪かったね。……情けない話だろう?葡萄酒に酔って医療鞄をひっくり返して怪我を...

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