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Category: 如月奏の憂鬱  1/1

続・はつこい【如月奏の憂鬱】作品概要

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<作品概要>広大な領地と莫大な財産を減らさないために、血族結婚を繰り返した如月侯爵家は、元々貧乏な公家だった。己の才覚で公家華族の頂点に上り詰めた祖父に育てられた、唯一の跡取りの如月奏は、祖父にとって掌中の珠であり,ゆがんだ愛情のはけ口だった。血と殺戮を愛した祖父の下で育った美貌の少年は、人と不器用な関わりしか持てない。明治時代。私立華桜陰高校で、大名華族、湖上颯(こじょうはやて)は生涯忘れられな...

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続・はつこい【如月奏の憂鬱】・1

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愛に飢えた不器用な美貌の青年は、異国の地でかけがえのないものを手に入れる。それもまた、「愛」と呼ぶべきなのだろう。********************************煌く明治。はるか欧羅巴に渡欧した留学生達の胸は、甘い期待と興奮で高鳴っていた。大志に胸を膨らませて長旅を終え新天地に上陸した後、晴れ晴れしく各々、自分の学ぶ先へと向かう。美貌の青年、如月奏(きさらぎ かなで)の降り立った倫敦...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・2

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奏は怒りに赤くした頬を向けると、震える唇をきゅっと噛み締めて、言葉を選んだ。この華奢な美貌の人は、外面如菩薩、内面如夜叉というとんでもない激しさを秘めていた。**********************************「・・・君は、いつも失敬だ。僕が、どんな目に会うというんです?」想像通りの答に、湖上颯は噴出しそうになった。「これは渡欧する前に、モンテスキュウ教授からいただいた君への忠告な...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・3

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颯は、船中でずっと頭を抱えていた。公家生まれの奏には、説明の仕様もなかった。西洋の男色は、武家社会の衆道とも、奏の生きてきた公家の稚児とも話が違う。うっかり例えようとすると、間違いなく奏の古傷をえぐることになる。元々、奏が人になれない性分なのは知っていたから、向こうで護衛を雇うよう勧めるのはあきらめた。だが、このままだと小姓の白雪は身の回りの世話ばかりか、襲い来る紅毛人からの護衛まで勤めねばならな...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・4

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先刻、犠牲となって呻っていた赤毛の男が、濁った目で奏を見上げた。「ひ・・・どいじゃないか。僕はただ友人として、親愛の情を表しただけなのに。」「ふ・・・ん。」冷ややかな視線が、ちらりと落された。********************************「僕は身体に触らないで下さいと、あなたに何度もお願いしたはずです。」男は初めて机を並べた学友だった。東洋からの珍しい留学生に興味を示し、必要以上...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・5

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正当な英語しか理解できない留学生の周囲で、おおっぴらに飛び交う隠語は下劣な計画となり、奏に迫る危険を告げていた。*************************そんなこととも知らず、奏は今、構内にある経済学の教授の部屋を訪問していた。噂では時々聞いたことのある、東棟の「ラプンツェル」とあだ名される学生の中でおそらくいちばん有名な美青年と奏を並べ、気難しやの教授は頬を緩ませ、機嫌が良さそうだった。...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・6

すべき事をひたすら成そうとする、どこまでも一途な生き方がそこにあった。*****************************週末は、小姓の白雪を伴って郊外の教授の家を訪問する。そんな話を無防備にも教室でついうっかりと交わしていたから、奏の気をひこうとしている周囲の連中にも、会話は筒抜けだった。当然、くだんの奏に沈められた赤毛の大男も聞いていたようだ。元々、英語は日本語のように、回りくどい言い回...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・7

手折られる前の白百合は、純潔な花筒をきりりともたげ、どこまでも清らかだった。******************************「とにかく、気に入らないことがあっても、極力諍いは控えることだよ。どこの国の学生も、皆、騒ぎが好きみたいだからね。」「仕方がないじゃありませんか。僕は勉学の差しさわりになるような輩と、親しくなるつもりはありません。」「如月・・・。その潔癖さが命取りにならなければい...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・8

馬車が、突然傾いて止まった。*************************「逃げださないように、そっちの扉を押さえろ!」「見た目に騙されないように、気をつけろよ。」騒々しい車外の数名の声に、白雪と奏は顔を見合わせ瞬時に身の危険を理解した。襲われた・・・と。奏の予期せぬ来客が一名、馬車の扉をガタとこじ開けて入ってきた。外でもみ合う声などは聞こえなかったから、どうやら、御者はあっという間に逃げてし...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・9

・・・堕ちた。******************************雪雲は厚く、陽を遮っていて馬車の中は薄暗かった。マグノリアの花のように、発光する白い花明りとなって奏は赤毛の男を誘った。「馬車の椅子は固くて・・・できれば、ここに・・・あなたのその暖かい外套を、敷いていただければ嬉しいのだけれど。」ウイリアムと呼ばれた男は、外套を敷いた上でしどけない姿の奏と自分が、何をするか考えただけで猛々...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・10

吹き寄せた真白い雪の溜りの中に、奏のシルエットが沈んだ。*********************************奏が力尽きて、意識を失ったその頃。颯は建築家の友人達と共に、グラスゴーでの見聞を終え帰寮していた。夕刻遅く寄宿舎に戻ったとき、奏達がまだ帰宅していないのを不審に思った。真夜中になっても帰らない友人を心配する颯に、おそらく教授の家に泊まることになったのではないかと告げる者もいたが...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・11

異国の地で、このままあの哀しい目をした不器用な青年を失いたくはないと、本心から思う。「如月!返事をしたまえ!」虚しい時間は、颯も長く感じた・・・。*****************************一方、周囲の心配を余所に、奏は何とか無事だった。湿地に転がり落ちてそのまま気を失っていた奏は、明け方の冷え込みにやっと気が付き、英国の経験のない無い寒さに震えていた。「う・・・・。」歯の根が合わず...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・12

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腹のすいた赤ん坊が、乳房を求めて力の限り吸った痣は紅色の痕になっていた。*********************************奏の襲撃された事件は、そのままにしておくわけにもいかない。経済学の教授に相談したうえで、颯は件の「ウイリアム」を、呼び出した。学内で査問会にかける前に、穏便に済ませる用意があると告げると、襲撃犯はあっさりと自供した。「さて。では、どこから説明をしていただきましょ...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・13

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颯は顔を赤らめて頭をかく、ウィリアムを信用することにした。全員の名誉のために、婦人が身を守る為の護身術とは、言わぬが花のようだ。*************************こうなると残る問題は、奏の腕から離れない赤ん坊の事だけだ。白雪は翌朝すぐに役人に届け、付近の村を子供の身内がいないか訪ねて回ったが、親の噂は皆無だった。確かなものではなかったが、たった一つ近くの小屋に流れ者の娼婦が住み着き...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・14

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寂しい、寂しい、愛に飢えた少年が、その美しい目に涙を湛えたまま、こちらに手を差し伸べてじっと見つめている気がした・・・その手を取れなかった白雪は、滂沱の涙にくれた。止まらない嗚咽を、押し殺して噛みしめた。*********************************結局、奏の望みは当然のように叶わなかった。数日後、村の役人が引き取りに来て長い説明をした。赤子は英国の法律通り、乳児院に送られるか...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・15

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Katie ケイティそれが、如月奏の愛する娘の名前だった。**************************赤子は毛布に包まれて、寝息を立てて眠っていた。覗き込んだ奏のまつ毛に露が宿る。「あ・・・の。」別れがたい奏の様子に、とうとう颯が奥様・・・と、割って入った。「まもなく留学期間は終わり、私達は日本に帰ります。できることならもう一日だけ彼に、この子と別れを惜しむ時間をいただけませんか。」教授夫人は、...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・16

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「この子には、何もわからないかもしれないけど・・・・僕が、こんな風に見返りなく人を心から愛おしいと思えるなんて・・・。愛し方を・・・初めて知りました。」おずおずと、両手を回してKatie を婦人ごと抱きしめた。「しばらく・・・しばらくの間、このままで・・・いさせて・・・」******************************婦人の洋服の肩に、奏の切ない想いが静かに零れ落ちて行く。教授夫人は奏に抱きし...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・17

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奏は寂しげにそう言うと、じっと写真に目を落とした。*********************************何も欲しいもののない奏は、仕事を生きがいにした後は、定命で朽ちるのだと常々言っていた。だが、自分自身に執着しない姿勢は、少しずつ変わってきたようだ。「Katie(ケイティ)さえ嫌じゃなければ、国許に帰ってもずっと支えてやりたいと思います。」「あの凍える湿地に置き去りにされても、懸命に生きよ...

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続・はつこい 如月奏の憂鬱・18【最終話】

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近に、帰国が迫っていた。**************************懷かしい友人たちに別れを告げ、来た時と同じように奏達は、故国に向かう大きな蒸気船に乗り込んだ。「さようなら・・・。」「さようなら、Katie(ケイティ)――!」必死にハンケチを振る奏は、片羽の少女に小さな小鳥のキスを送り、目を潤ませて乗船した。思いがけず甲板まで見送りに来た友人知人の多さに、留学生たちは目を丸くしている。その中に...

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如月奏の憂鬱・番外編 【父の声】

窓から入る薫風だけが、季節を感じさせる。浅い息が吐けるうちに、何とか形にしておこうと如月奏一郎は小さな鋏を握った。肺病の熱のせいで身体がだるく、ほんの少し座位でいるのにも骨が折れた。厚紙を筒にして、遺書の書き損じの和紙を丸く切ると切れ込みを入れて、飯粒で筒の上に貼り付けるのだ。本当は、パラフィン紙が良かったのだが、望むべくもなかった。寝台周りで自由になるものと言えば、そのぐらいしかないのだから・・...

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