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Category: 夢の欠片(かけら)  1/1

夢の欠片(かけら)

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英吉利から帰国以来、如月奏(きさらぎかなで)の毎日は、多忙を極めていた。明日も、落成式を迎える自社ビルの披露目の祝賀会がある。手配に不備がないか、もう一度招待客名簿を確認するため、断りきれない外務卿ご令嬢の誕生日会を抜け出してきたところだった。ふと見やれば、自社ビルの前の車寄せに、しょんぼりと襟巻に深く顔を埋めて、所在無げにたたずむ少年がいる。奏はその姿に一瞬で心を奪われ、粉雪の舞う中、蝙蝠傘を開...

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夢の欠片(かけら)・2

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「征四郎っ!」ノックもなく、いきなり扉が開け放たれた。*******************************パイルのガウンを着て、ソファの上でくつろいだ風で形ばかり頭を下げた弟に、探し回って息を切らした颯は呆れた。「まったくおまえは!いい年して、迷子なんぞになるなんて。」「兄上、ごめんなさい。馬車にレールがあるのが珍しくて、つい付いて行ってしまいました。」「でもそのおかげで、運よく兄上より...

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夢の欠片(かけら)・3

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まるで西洋絵画を眺めるように憧憬を込めて、征四郎は奏をくいいるように見つめていた。****************************「・・・如月さんは、ぼくの理想です。」「わたくしの奏さまは、おっしゃる通り素晴らしい方です。征四郎さま。」とうとう、默っていられず颯が声を荒げた。「如月!白雪!」「三文芝居は、いい加減にしろ!良いか、征四郎?よく見ろ!如月は笑いを我慢しきれず泣いてるんだ。」「は...

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夢の欠片(かけら)・4

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耳まで熟れた征四郎が、心酔する奏に一目会うなり恋に落ちたのも、不思議な話ではない。如月奏の、幸福の断片はそこかしこに溢れていた。***************************あれから毎日、奏が自社に着くと、必ず征四郎が顔を出す。「如月さん!」「おや。征四郎くん。また、來たの?」「はい!会いたかったです。」駆け寄る征四郎の満面の笑顔に困ったような顔を向けて、奏が肩をすくめた。少し冗談が過ぎた...

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夢の欠片(かけら)・5

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微笑む奏は、少し悲しそうに見えた。************************奏はたまに、理事長として華桜陰高校に顔を出す。理事長室でたまった書類に目を通していると、聞きつけたものか征四郎が顔を出した。「奏さん!わぁ、嬉しいなぁ。一日に二度も会えるなんて。」踏み込んでくる屈託のない笑顔は、学校という場所もあって叶わない恋を思い出させた。「仕事中です。」わざと冷たく見えるように、片眉を上げてみせ...

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夢の欠片(かけら)・6

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振り返ることなく、奏はこれでいいんです・・・と、小さく呟いたが書類を束ねる手が震えているのは隠しようがなかった。*************************奏とモンテスキュウ教授のやり取りを、下手な芝居だと見破ったものの、やりきれない気分の征四郎は、授業に出る気もせずとうとう午後の授業をさぼってしまった。愛馬の流星号を厩舎から引き出して、珍しく鞭をくれた。今は、届かない思いを抱えて、同じ敷地...

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夢の欠片(かけら)・7

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「奏太郎――――っ!!」義姉の悲鳴を、どこか遠くで聞いた。******************************湖上颯の一粒種「奏太郎」は、颯が家族を残して英国に遊学しているときに故国で生まれた。誕生の電信を受け取った颯の喜びようは相当なもので、奏も普段の規律正しい生活の中で、ただ一度だけスコッチで祝杯を挙げた。男子の出生に喜んだ颯は、命名に悩むことはなかった。「如月の一字をもらいたい。」自分の...

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夢の欠片(かけら)・8

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流星号のいなくなった厩舎で、征四郎は長い間残された鞍を撫でていた。虚ろな瞳は力なく、何も映していなかった。「僕が・・・殺した・・・」****************************流星号が護った征四郎の命は、奇跡的に軽傷で済んだ。家人が駆け付けた時、本来なら重い馬体に押し潰されているはずの征四郎は、流星号の背中に跳ね上げられて気を失っていた。呼ばれた獣医が流星号に声を掛けると、かすかに鼻面...

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夢の欠片(かけら)・9

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きっと、どこかで自分を責めて泣いている。奏には、わかっていた。華桜陰高校の馬場で、話し込むように長い間、早足で駆ける人馬を何度も見てきた。理事長室で執務に励みながら、放課後顔を上げれば笑顔の征四郎と流星号が見える。夕日を背に伸びやかな青年が、奏に気が付き大きく手を振った。*********************カンテラの明かりに照らされて、厩舎に長く影が伸びた。広い厩舎に、眠りに落ちた馬の小さな...

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夢の欠片(かけら)・10

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胸から這い上がった征四郎が、奏をそっと抱きしめた。次第に強くなる抱擁に、奏は息を詰め背中をとんとんと叩いた。「せめて・・・寝台にしていただけませんか。」征四郎がしとどに濡れた頬を向け、くしゃと笑顔に変えた。****************************敷き藁の上で、抱き合って眠った二人はそのまま奏の自宅に行くことになった。お互い、藁にまみれテーラードは皺だらけで、ひどい有様だった。「行き...

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夢の欠片(かけら)・11最終話【R-18】

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わずかな衣擦れの音だけが、広い室内に響き、時折こぼれる奏の吐息が媚薬となる。征四郎は、鼻腔に拡がる芳香に惑溺した。*****************************傷痕にひとつずつ唇を落としながら、長椅子に横たわる奏の全身を確かめるようにしていた征四郎が、一瞬息を詰めた。奏の腰には、痛ましい深くえぐられたような傷がある。精神を破綻した、実の祖父に刻まれたものだ。数年たっても、色を変えたまま...

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夢の欠片(かけら)・「あとがき」と「おまけ絵」

長らくお読みいただき、ありがとうございました。最終話に関しては、あまりに拙くて何度も修正をしましたが、いまだに納得いかない状態です。(´・ω・`)・・・ がんばったけど。長く続いてきました作品の中で、奏が作中で時折父親のことを思い出して涙ぐみます。どこにも入れることができなかったのですが、たった一つ父親に愛された記憶があります。成長しても耳に残る、父親の声。奏が颯の声フェチになった理由を、入れられなか...

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