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Category: 如月奏の物語(明治)  1/3

小説・初恋<作品概要>

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<作品概要>広大な領地と、莫大な財産を減らさないために、血族結婚を繰り返した、如月侯爵は、元々貧乏な公家だった。精神に欠陥のある侯爵の跡継ぎは、胸の病を得た。父亡き後、血と殺戮を愛した祖父の下で育った美貌の少年は、人と不器用な関わりしか持てない・・・。明治時代。私立華桜陰高校で、大名華族、湖上颯(こじょうはやて)は生涯忘れられない公家華族の麗人、如月奏(きさらぎかなで)と出会った。...

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小説・初恋・1(入学式)

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明治。・・・それは、愚かな血の歴史を終えた幼い国が、自分の足でおずおずと歩き始めた時代。一握りの自尊心の高い人種が、頂点に君臨していた。私立華桜陰(かおういん)高校は、明治14年次代のエリートを育むために、三人の豪商と如月侯爵の寄付によって新設された。今を盛りの桜並木と、真新しい豪奢なヨーロッパ風の建物に迎えられ、湖上颯(こじょうはやて)と、連れの芳賀清輝(はがきよてる)は、高揚する気持ちを抑えか...

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小説・初恋・2

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私立華桜陰高校は、高等学校令に基づく教育機関である。何しろこの学校の卒業資格を持つものは、公立と同じく、全員学部さえ問わなければ帝国大学へ入学を許される。約束された栄光の道を歩むため、颯は狭き門を越え、一身に一族の期待を背負って、晴れの日を迎えた。学習院のように、華族無試験で入れるところもあったが、自由な校風を求めて試験の難しい華桜陰高校を目指した。全国に学校が増えてきた当時、多数の財界人がこぞっ...

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小説・初恋・3

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入学式は、天鵝絨の幕の向こうの御下賜された「御真影」を拝む所から始まり、厳かに粛々と行われた。当時の政府役人の退屈な挨拶がすみ、校長が誓詞を読み上げた後、新入生代表が宣誓することになっていた。「新入生代表、如月奏(きさらぎかなで)」それまで無音だった大講堂に、前方から控えめにざわ・・・と、さざ波のように息を呑む音が走った。「・・・男子校だろ、ここ・・・」「女性・・・?」そんな声がそこかしこに起きて...

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小説・初恋・4(事件前夜)

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初めての寄宿生活は少しばかり不安だったが、幸い清輝と同部屋だったので颯はほっとため息をついた。「清輝が自分でぼくの小姓(日常の世話係)だなんて、名乗ったからかな。」「世が世なら、湖上のお抱え医師の家系ですから、当然です。」そういうのを失くすために、明治の代になったのに時代錯誤だと颯は笑った。それにしても・・・この部屋の広さ。「荷物が少ないと、片付けるのが楽でいいね・・・というと、負け惜しみに聞こえ...

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小説・初恋・5

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元来、人懐っこい性格の颯は、誰とでも話をするのが好きだった。村の古老達が、鳥羽伏見でどんなに勇敢だったか、池田屋の襲撃が無かったら、明治維新はもっと早かったに違いないと、同じ話を繰り返し語るのも、嬉しげににこにこと聞いた。やがて、全体の食事がほぼ終了した頃、明らかに古臭い颯の洋装をわざわざ笑いに来た者が居た。「君の衣装は、随分年代物のようだが、外国人居留地のテーラードかい?」「君。失敬だろう。」椅...

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小説・初恋・6

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静かに滑るように扉が開き・・・小姓と、数人の取り巻きを従えて、噂の如月奏が教室に入ってきた。皆、視線だけで追いかけて言葉は発しない。周囲を見渡して、まるで誰もいないかのように、当時はまだ珍しい黒板に触れ、そっと頬を寄せた。「これは、墨汁に柿渋を重ねてあるのだっけ・・・?」向き直って、誰に言うとも無く、可愛らしく小首をかしげて問うた。「なんだ、誰も知らないのか・・・」ただ、それだけのことなのに、妙にそ...

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小説・初恋・7(馬小屋)

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華桜陰高校の広い敷地内には、厩舎だけでなく十分な大きさの馬場もあった。軽いいななきと、懐かしい飼葉の匂いにつられて、颯と清輝は散歩がてら馬小屋までやって来た。世話をする厩務員は何人もいたし、愛馬と別れがたく馬車ごと馬丁も連れて来たという猛者もいた。貴人のやることは、時々考えも及ばない。ただ彼らの連れて来た馬は、どちらかと言うと馬術競技を競うための愛玩の粋を超えないもので、軍馬として連れて来たもので...

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小説・初恋・8

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颯には、それほど大したことではなかったが相手の自尊心はかなり傷ついたらしかった。「え?この馬は星龍号というのか?ぼくの馬と同名・・・あっ!」かけた言葉に、返って来たのは乗馬鞭の一振りだった。辛うじてよけたが、かわしたのも気に入らなかったらしい。先ほどの教室の花の風情など、見事に散らして激昂した。「僕の馬は、観賞用などではないっ!」しばらくかわしたが、なおもしつこく向かってくるので、仕方なく習い覚え...

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小説・初恋・9(如月奏)

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その頃、寄宿舎の自室に戻った如月奏は、荒れていた。「あいつっ・・・!」「あいつっ・・・!」怒りに平常心を失って、握りしめた華奢なこぶしがみるみる白くなる。「白雪っ。」白雪の持ってきた飲み物を乱暴にあおると、足元に叩き付けた。無性に苛立って、乗馬鞭を所かまわず振りまくり、高価な家具に傷をつけた。取り巻きは恐れをなして自室に退散し、残された小姓は機嫌を取る事も出来ず、甘んじて鞭の下に背中を晒した。下手...

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小説・初恋・10

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さすがに、医者の息子だけあって、医術の心得のある清輝はこういうとき役に立つ。「校医を呼んだほうがいい?」と、颯は問うたが、一過性のものだから必要ないでしょうと、簡単な応急処置をしながら答えた。「如月さまの方は、すぐ気がつくと思いますよ。」ただ舌を噛み切ってはいけないので、顔を横向けてハンケチを咬ませるように颯に指示をした。「これは、どう見ても、颯さまの責任ですね。」「何でだ。」「そういうところが!です...

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小説・初恋・11

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翌朝、顔を合わせた清輝は、目の下にクマをこさえてやつれていた。「あれからずっと、大変だったんですからね。」清輝は、奏をなだめすかし涙を拭いてやって髪を梳かし、何とか寝台に放り込んで帰って来たらしい。「・・・服を緩めたくらいで、あんなに泣くと思わなかったんだ。」「あれは、一体何だ?」「世の中には、色々な人種が居るってことでしょうね。かわいそうに、今朝の如月は目が溶けてるかもしれませんよ。」「そんなに、泣...

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小説・初恋・12(誘い)

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扉を開けたら、胸のところで祈るように両手を組んだ、如月奏の小姓が思いつめた顔で立っていた。白菊と名乗った。「どうした?」「あの・・・あの・・・奏さまが。」関わらないと決めたばかりの颯は、くるりと背中を向けた。「行ってやれ、清輝。」清輝がため息混じりに、ドアに向かおうとしたとき小姓が言った。「湖上さまをお呼びなのです・・・」「ぼくは、これから授業の下調べをするんだ。」「大体、用があるなら人を介さず、...

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小説・初恋・13

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颯は、すぐさま走り寄ると、白雪と呼ばれた小姓を掬って寝台に放り投げた後、厳命した。「何もしなくて良いから、今日一日、休んでいろ。」奏がきつい視線をよこした。「彼は君が打ったから、熱が出たんだ。」「見てみろ、かわいそうに。すっかり目が空ろじゃないか。」「分からないのか?」「・・・靴下を履かないと、ぼくが授業に遅れる。」呆れた颯が無言になったのに気が付いた白菊が、懸命に袖を引っ張った。「湖上さま。」「ど...

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小説・初恋・14

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「せっかく親元を離れて学生生活を送るのだから、そのくらいは自分で出来るようになれ。」「今のままじゃ、一生何も出来ない京人形で終わるぞ。」「ほら。一人できちんと出来るように、教えてやるから。」椅子に座った奏の肩越しから、釦のはめ方を征四郎に教えるように丁寧に教えてやった。「最初は釦の、端っこをつまむんだ。そう・・・」「慌てなくていいから、ゆっくり。」奏は少し、くすぐったそうにしていたが、嫌そうではなか...

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小説・初恋・15

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「君が周囲に望む支配は、友情の反対に位置するものだ。」「僕は何があっても、君と常に対等で居たいと思うよ、如月。」「友人というのは、そういうものだ。」奏は、ふと悲しそうな顔をした。「君の言っていることが・・・わからない・・」「僕の中には、その定義が無い・・・。」何でも持っているはずの如月奏は、本当は欲しいものは何一つ持っていないことに、気が付こうとしていた。そしてどんなに渇愛しても、決して手に入らない...

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小説・初恋・16(夜会前)

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如月奏と、上野博物館に行くといったら清輝はご遠慮しましょうかと、聞いてきた。「何故?」「何だか鳥の雛の刷り込みみたいですね。なついてくるのが可愛いじゃないですか。」時々、清輝は訳知り顔で意味の判らないことを言う。「言っておくけど、如月は清輝もご一緒にって言ってたんだから。」おそらく、如月は清輝が面倒を見たのを恩に着ているのだと思う、自分でも収拾つかないような荒れようだったから・・・と颯は断言した。...

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小説・初恋・17

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時の大臣よりも高給取りといわれた、外国人の教授は皆熱心で、東洋の島国での教師生活を楽しんでいた。西洋の王室では、社交界と言うものがあって貴族の子女はある年齢が来ると、王や皇帝の列席の中お披露目されるそうだ。美しく流れるようにダンスを踊ること、それは教養のひとつであり紳士淑女の嗜みであると、モンテスキュウ教授は語った。颯のは、ほとんど柔の組み手のようだと散々言われたが、練習の甲斐あって何とか形にはな...

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小説・初恋・18(夜会)

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約束どおり、奏から夜会の招待状は届けられた。驚くほど上等の借り着に身を包み、馬車すらも友人の借り物で、颯と清輝は如月邸に向かった。「怖じることは有りませんよ、颯様。」「ふ・・・ん。それで、その震えは武者震いというものなのか、清輝。」「勿論です。」こうしてみると、二人は時代の先端を行く若者らしく、恰好がよかった。元々、武道を嗜んできた事も有って、華奢な貴族とは違い、洋服を着ると薄く筋肉の乗った長身は...

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小説・初恋・19

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颯は、何もしらなかったが政財界に顔の利く「如月湖西」という人物は、余人を寄せ付けないほどの強大な人脈と広大な領地、一代では使い切れぬほどの財産を誇っていた。知らないで済むなら、颯の耳に入れたくない話も如月侯爵に関しては多く、父はその話に触れるのを止めることにした。自分にとって、必要かどうかは颯が自分で決めれば済むことだ。室内管弦楽の華やかな演奏が、大広間で始まった。紳士淑女は手を取り合って、明るいア...

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小説・初恋・20

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「卒爾ながら、一差し。」剣の代わりに黒い紫檀の細工の大きな扇子を振って、颯は衆人環視の中、短い剣舞を舞った。時代は変わり維新の動乱で大きく様変わりしたのは、その場にいる官軍に組した者、誰もが経験済みだった。流血の中から新しい時代が生まれ、勝利の美酒に酔いながらも、胸の中では無念に倒れた志士の悲哀を思う。徳富蘇峰の漢詩「京都東山」を朗々と吟詠する清輝の声は広間に響き、楽団の音がいつしか止む・・・幕末...

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小説・初恋・21

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片膝を付き、略式で頭を下げて辞そうとしたとき、西洋人が側に来て、感動の面持ちで颯に握手を求めた。「素晴らしいです!」ジョサイア・コンドルという名を、通詞が伝えた。そして颯は動転しながらも、周囲が驚くほど見事に、流暢な英語で挨拶をした。「英語はどこで?」「私立華桜陰高校で、モンテスキュウ教授に師事しています。」「コンドル、私の自慢の息子なんだ。」父がやってきて、覗き込むように話に入った。「湖上さん。」「...

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小説・初恋・22

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・・・その頃。奏は、颯の声の届かない湖西の自室で、薄闇に白蝋の胸を晒していた・・・無音の部屋に、絹の擦れる音だけが響く。はだけた絹のシャツに、小姓の白雪が焚き染めた香が、匂いたつ。階下の喧騒とは完璧に隔たれた空間で、どこから入ってきたものか西洋ランプの焔に、逃げ場をなくした羽虫がじじと焼かれていた。ぽとりと、裏向きに息絶えた羽虫に、まるで自分と同じだと思う。労働とは無縁の、老人班の浮いた繊細な指が...

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小説・初恋・23(如月湖西)

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華やかな宴は終わり、馬車や人力車が慌しく外門に付けられた。「ごきげんよう。」招待客を見送る奏は、忙しかった。いずれ爵位を継ぐ奏と、近づきになり話をしておきたいと、帰りに人々が殺到したからだ。それほど如月湖西の力は強大で、財力を頼みとするものは多かった。「実に、愉快な夜だった。また、是非お誘いいただきたい。」「ええ、必ず。」建築家コンドルと共に訪れた外務卿は、思いがけず吟詠が外国人を喜ばせたので、面目...

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小説・初恋・24

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「そうか、良かった・・・。如月に恥をかかせてしまったかと思って、心配だったんだ。」賞賛の渦中にあった自分の事を、何も分かっていない目の前の級友は、鞍を置いていない毛並みの良い若駒のようだ。声を潜めて、耳元で颯は言った。「君の舞踏が、一番美しかった、如月。」「母上の次にね。」屈託の無い笑顔で、手を振って最後の客は退出した。「あれは?」肩をすくめて、奏は湖西から話をそらした。「ただの級友です、お爺様。...

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小説・初恋・25

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如月湖西は江戸末期、動乱のさなか、困窮する多数の公達の中の一人だった。その日食べるものにも困るほどの貧困にさいなまれ、高い自尊心は苦しみもがいていた。白湯だけ飲んで、眠りに付く日が何日も続くと次第に少量の食事で我慢できるようになる。邸宅と言っても、雨露をしのぐのも怪しい代物で、実際雨の降る日は悲惨だった。年代物の御簾も、糸が切れさざらになり座布団の表もいつ変えたかわからない。そんな日々の中、雅な遊...

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小説・初恋・26

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その頃、醜女の妻女が産んだわが子は玉のように美しく、湖西は自分の血に心から満足した。誇り高い如月湖西の血は、何者にも邪魔されることなく、何があっても清らかなまま汚れたりはしないのだ。豪商の竹野家に望みどおり、高貴な血を引く跡取りをくれてやって、湖西は約束どおり離縁し自由の身となった。もう迷うことは何もなかった。次の結婚相手も、同じような相手を見つけて来ればいい。金さえ積めば誰にでもなびく男妾、陰間...

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小説・初恋・27(如月奏一郎の悲しみ )

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ほどなくして如月奏一郎は、父の精神異常に気が付いた。婚約者を失ってから数日を置いて、性急に見合わせられた遠縁の沙耶宮は、30を越えて手まりをつき、人形を抱く童女だったのだ。戦慄の婚姻を勧める父に、奏一郎は絶望し、実家に戻ろうとするが、既にそこは家屋すらない更地になっていた。全て、湖西の歪んだ思惑通りに進む・・・「お父様は、とてもお寂しい方でした。」天然痘のあばたが残り、見目は確かに人並みとは行かなか...

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小説・初恋・28

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なんとしても、この子を父に任せるわけにはいかない。そう決心した奏一郎は、湖西から息子を守るため、自分の力で乳母と養育係を必死で探した。亡き婚約者の妹が、姉の愛した人の願いを、二つ返事で引き受けてくれた。乳母は、ただ一人心を許せる執事の白雪の妻が、自分も子供を生んだばかりで、運よく名乗りを上げてくれた。側にいれば、免疫力のない赤子に自分の肺病は感染してしまう・・・ひたすら静養に勤め、好転するかに見え...

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小説・初恋・29(血の飛沫)

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翌日、颯は舞踏を指南してくれた教授にも、不首尾に終わった旨を伝えていた。「すみません。土壇場で、怖気づいてしまいました・・・。」にこやかに頷いたモンテスキュウ教授は、颯の夜会での話を既に知っていた。思いがけず、つい何故かと訊ねた。「夜会の後、料亭で政府関係の外国人の集まりが有ってね。」「侍の舞うのを見たと、コンドルが喜んでいましたよ。」頭を下げに行った颯は、世間の狭さに眼を丸くしていた。「余りに古...

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