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Category: 星月夜の少年  1/2

星月夜の少年人形 1

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ずっと、君を探していた。君が壊れた人形になっていても、この手に抱きしめたかった・・・。両手に抱えきれないほどの荷物を持って、神村優月(かみむら ゆづき)は帰宅を急いでいた。明日は、年の離れた弟の遠足がある。いつも以上に気合を入れて、最近はやりの戦隊ものキャラ弁を作るべく、学校帰りに食材を仕入れて来たのだ。優月の母親は、生来身体があまり丈夫ではない。両親は互いに子連れで結婚したが、お腹に子供が宿って...

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星月夜の少年人形 2

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少し離れた場所に、見慣れぬ黒塗りの高級外車が留まっている。「あれ、お客さんかな?」「かな~?」玄関先の父の書類を渡し、礼を言って頭を下げた優月に、羽藤は車中から声を掛けた。「優月くん。困ったことがあったら、遠慮なく言っておいで。」「はい。ありがとうございます。」羽藤は名刺の裏に素早く、私用電話の番号とメールアドレスを書いて渡した。短い間に、この子は何度「ありがとう」と言っただろうか。ぱたぱたと荷物...

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星月夜の少年人形 3

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「兄ちゃん、羽藤さんの車かっこよかったね~。」「そうだね、ハンドルが左側にあったね。」「今度、乗せてっていう~。」「一緒に頼もうか、乗せてくださいって。」い~ち、に~い、さ~ん・・・と、数えはじめると、湯船の塔矢は半分眠ってしまいそうになっている。「ほら、塔矢、お風呂でねんねすると、歯磨きできないだろう?」「う~ん・・・兄ちゃん、抱っこ~。」「仕方ないなぁ。」塔矢を抱いて湯船からざっと上がり、ふと...

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星月夜の少年人形 4

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風呂から上がった父は、ソファの上に丸くなって眠り込んでしまった優月を見た。眠ってしまうと年齢よりも幼くなって、ひどく心許なく見える。母親が入院してから、家事はこの子の肩にかかっている。気のせいではなく、少し痩(や)せたように思う。父は、ソファからそっと優月を抱き上げ、寝室へと運んだ。疲れ切っているのだろう、身じろぎもしなかった。3年前、父はパソコンスクールで出会った、優月の母、美晴と結婚することを決...

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星月夜の少年人形 5

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翌日、父が朝刊を何気なく開くと、日本の経済に影響を与える財閥のトップが、脳梗塞で半身不随になったというスクープ記事が踊っていた。闘病を隠していたのがすっぱ貫かれたらしく、テレビをつけてもそのニュースばかりだった。戦前から続く誰もが名を聞けばわかるような財閥で、戦後解体したものの、今も政財界に顔が利く「帝王」とあだ名される人物の長男ということだった。倒れたという線の細いその男は、何度も写真が出るたび...

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星月夜の少年人形 6

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優月が校長室で対面した男は、慇懃無礼な男だった。「はじめまして。土光財閥の顧問弁護士です。」と名乗り、校長室のソファを、我物のようにどうぞと優月に勧めた。「失礼します。」「ああ、君が美晴さんのご子息か。報告通り、お母さんに良く似ているね。これなら、会長の機嫌を損ねないで済むかな。」「あの・・・?報告通りって?」「失敬、神村君。なんでもない。」土光財閥という、優月でも聞いたことのあるような大企業の弁...

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星月夜の少年人形 7

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優月は顧問弁護士の話を聞きながら、もう心の内ではきっぱりと断りを入れて帰ってもらうつもりだった。長い間暮らしたわけではないが、やっと家族になったと最近思えるようになっていた。だが、優月の意見など、彼らの前には病葉の一枚にも匹敵しない。数時間後、優月はある決心を告げるために、自ら顧問弁護士に電話を掛けることになる。彼らの手で優月の外堀は完璧に埋められて、残された天守閣は無残に陥落するしかなかった。ひ...

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星月夜の少年人形 8

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学校帰り、少し浮ついた気持ちで、優月は父の会社へと急いでいた。羽藤に会えると思っただけで、顔が緩むのが自分でも笑えて来る。不動産を扱う会社と言っても色々あるが、羽藤の会社では、建築年数が経った物をうまくリメイクしたり、理由あって手放したマンションを丸ごと一棟買い取って再び格安で販売したりしていた。優月の父親が入社したころは、普通の不動産業を営んでいたらしいが、社長が代替わりしてから仕事が面白くなっ...

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星月夜の少年人形 9

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「優月君・・・?」その場に膝を抱えた優月を、羽藤がそっとソファに誘(いざな)って座らせてくれた。小さな子供のように涙が止まらなくなってしまった優月の頭を、あやすように撫でてくれる。うんと小さなころに、誰かに長い時間そうされていたように思う。父に抱くものとは違う安心感に包まれて、優月はやっと顔を上げた。「すみません。何か、子供みたいに泣いてしまった…。恥ずかしい。」「いいさ。いつも冷静で我慢強い優月君...

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星月夜の少年人形 10

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はっとつかれたように互いに顔を見合わせた。「今頃、誰かな・・・?」と言いながら、立ちあがる羽藤を優月は不安げに見上げていた。そして電話の主はこういった。「羽藤さんですか?お買い求めになったマンションに、居住権を盾に居座ってる輩がいるみたいですね?お困りのようですが、今後への打開策は見つかりましたか?」「あんたは、誰だ・・・?」「そうそう、もう一つありました。二重抵当に入った物件を掴まされたと、お聞...

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星月夜の少年人形 11

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「ぼく・・・帰ります。」「優月君。送るよ。」大丈夫と言いながら立ちあがったら、ふらついた。泣くのを我慢したのと、理不尽な出来事に腹を立てたせいで頭痛がしていた。今、きっと酷い顔をしていると思った。羽藤も、よく見れば疲れ切った顔をしている。優月に関わったせいで・・・きっと何かが起きて、仕事に追われていたのだろう。「羽藤さん、あの・・・うち、今夜は残り物のカレーなんですけど、食べに来ませんか?ぼくが作...

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星月夜の少年人形 12

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玄関で塔矢の弾んだ声がする。「兄ちゃ~~ん!ただいま~~。」「お帰り、塔矢。すぐご飯にする?」「う~~ん。ママも一緒に、帰ってきた~~。」「え、本当?」トイレ以外絶対安静というを条件に、週末だけ一時帰宅してもいいと言われたそうだ。8か月になる母のお腹は大分ふくらみが目立つ。「あ、ぼく・・・ベッド直してくる。」「いいよ、それくらい・・・社長!?」キッチンでカレーリゾットを間食した羽藤が神村に向かって...

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星月夜の少年人形 13

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「お父さん。ぼく、これから羽藤さんのところに行って来ます。」「優月?」「なんか話してると、すごい楽しくって。もう少し、話しようってことになったんだ。いいかな?」「そうか。まあ、明日は学校も休みだし、行っておいで。たまには塔矢の子守りから解放されてもいいだろう。」「うん。塔矢の機嫌、取ってあげてね。」優月は笑顔で父に告げると、さっさと支度をして玄関に向かった。思い付いてリビングに戻り、一時帰宅を許さ...

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星月夜の少年人形 14

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触れるだけのキスを交わし唇を離すと、思いがけずちゅ・・・と、濡れた音がした。思わず優月が「あ…っ。」と声を漏らす。それだけで、鼓動が跳ねて胸が痛くなる。今顔を見られたら、絶対真っ赤になっていると思う。耳まで血が上って行く気がした。羽藤に付いてマンションの一室に入った。重い扉を押すと、毛足の長いラグの上に、月明りで作られた窓枠の影が落ちている。その向こうに広がる夜景に、思わず優月は声を上げた。「星雲...

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星月夜の少年人形 15

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星が好きだという優月。羽藤は、言葉を重ねるたびに自分の心の中で、優月の輪郭がはっきりと際立って来ているのに気が付いた。儚げな風情であっても、優月は決して流されるだけのか弱い少年ではなかった。家族を思い、環境がどうあろうと、自分の好きなものを大切にきちんと持っている。それは同じ年の少年たちが欲するものとは違う気もするが、羽藤の求めるものと同じものだ。仕事に追われ、いつしか夜空を見上げることもなくなっ...

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星月夜の少年人形 16

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くるりと腕の中で向きを変えて、優月が明るく声を張った。「羽藤さん・・・あ、優成さん。あのね、何かもう涙でぐしゃぐしゃになっちゃったから、ぼくお風呂に入りたい。いいですか?」「そうだな。電気も点けずに、星を眺めているのもいいけど、取りあえず風呂に入って着替えようか?」優成が立ちあがると背中の温もりが無くなって、優月は体温が奪われたような気がした。風呂場へ湯を張りに行った優成が戻らないのを確かめて、優...

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星月夜の少年人形 17

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余りに子供っぽい行動をする優成に、優月はとうとう吹き出してしまった。その場で笑い転げる優月を、見守る優成の視線はとても優しい。「そんなに、おかしいかなぁ・・・。」「だって、羽藤さん・・・。優成さんったら大人のくせに、ぼくが塔矢にするようなことをするんだもの。」優成は不満げに優月に告げた。「塔矢くんの事、可愛くてたまらないって言ってたじゃないか。可愛いから抱き上げたり、おんぶしたりするんだろ?」それ...

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星月夜の少年人形 18 

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幼い時以外、優月が全身を誰かに晒したのは、たぶん初めてだったと思う。煌々と差す月光は、向かい合う優成の胸に優月の蒼い影を作っていた。しなやかな長い腕を伸ばして、優成は影の持ち主を胸の内へと引き寄せた。湯上がりの冷めた肌が、緊張に強張りほんの少し身じろいだ。小刻みに指が震えるのを、優月は止められなかった。部屋の空気が、優月の鼓動にびりびりと振動している気がする。「優月君。・・・怖い?」「こ…怖くはな...

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星月夜の少年人形 19

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「優月くん、可愛い・・・どこもかしこも、本当に可愛いよ・・・、君が僕を好きって言ってくれた時、僕は天にも昇る心持になったんだよ。」「優成さん、ぼくも・・・。勇気を出して、好きですって言えて良かった・・・。」突然だったから、優成は優月を抱く準備を何もしていなかった。この部屋で誰かを抱いたことがなかったから潤滑用のローションすら、用意していなかった。風呂場で抱くのなら、ボディソープがローションの代用品...

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星月夜の少年人形 20

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「ああぁーーーっ・・・」優成に穿たれた優月の身体が、のけぞって跳ねた。優成が引き寄せて胸を合わせると、お互いの鼓動も一つになるような気がする。優生の首に両腕を巻き付けた優月が、優成の胸に頭をこすり付けた。腕を上げたら、脇に薄く骨が透けるほど華奢な優月だった。体を入れ替え、そっと負担を掛けないように、優月を抱え上げた。「優成さん・・・優成さん・・・ぼく・・・。」優月が、「どうしよう・・・」と、同じ言...

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星月夜の少年人形 21

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その夜遅く優月の父、神村から優成に電話があった。「社長、神村です。優月が遅くまでお邪魔してすみません。」「え?優月君、まだ帰っていないんですか?おかしいな・・・もうすぐ、11時ですよね。」優成は、手短に優月が友人と会うからと言って、朝早くに出かけたことを説明した。神村も、電話の向こうで首をかしげたようだ。「おかしいですね、朝早くに今日はずっと社長と過ごすから、食事は要らないからって電話があったんです...

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星月夜の少年人形 22

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冷たい爬虫類の虹彩が光り、非力な獲物を追い詰めていた。優月は無言で、シティホテルの住所を握り締め、男の前から退出しようとした。この男と何か会話を交わすと、無力を思い知るばかりのような気がしていた。「ああ、優月君。ちょっと待ってください。買い物があるでしょう?すぐに必要なものは揃えてあるはずですが、足りない物がありましたら、こちらのカードをお使いになってください。」「はい・・・。」少しくらいのお金は...

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星月夜の少年人形 23

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しばらくの間、優月の住処となったシティホテルには、帰宅とほぼ同時に家庭教師が訪れ、日替わりで数時間ずつ語学の勉強を強いられた。ついていけない学校の勉強がしたくても、そちらの方はなかなか時間が取れなかった。自分で何とかしろという事らしい。予習復習、単語の書き取りに追われ、寝る時すらCDを流しながら発音に慣れるように言われた。優月は自分なりに、対策を立てて理解できるところまで遡り、判らないところは片っ...

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星月夜の少年人形 24

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優月がいなくなって二か月たち、優月の母は、やや早産ではあったが可愛い女の子を出産した。楽しみにしていた優月が知れば、どんなにか喜ぶだろうかと思う。母は過去へ繋がる場所へ電話をかけた。「美晴です。はい、ご無沙汰しております。土光の娘です。」美晴は電話口で相手をおばさまと呼んでいた。電話の向こうで華やいだ声がやがて嗚咽に変わった。ずっと行方が分からなかった姪の久しぶりの声に咽んだ。「おばさま、教えてい...

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星月夜の少年人形 25

成績表に落された視線が、やがて優月の元へと返ってくる。無能呼ばわりされるかと、自然に優月は身構えていた。「・・・まあ、こんなものでしょう。あの学校で、優月君はずいぶん頑張っている方だと思いますよ。」「えっ?」辛辣な言葉を想像していた優月は拍子抜けしてしまった。進学校の順位など気にする必要はないと、榊原は珍しく笑みを湛えて優月に告げた。「わたしもあの学校の卒業生ですけど、最初は1点違うだけで順位がか...

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星月夜の少年人形 26

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満天の星空。ゆっくりと星々が廻ってゆく。優月はじっと天井を見つめていた。優生のところで見た、小さなプラネタリウムが偽りの天体を映し出している。「気が付いたか?」声の方を見ることなく、優月はじっと星空を見つめ、静かに涙は目尻を滑り零れ落ちていた。声をあげる方法を忘れたように、どこかに感情を忘れたように長い間、顔を覆うこともなく優月は泣いていた。「おまえ、綺麗な顔してるのな。そういう泣き方してると、後...

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星月夜の少年人形 27

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優月は夢を見ていた。ホテルの居心地のいいはずのベッドよりも、薄い布団にくるまったほうが安心できるようにいで眠っていた。優月を覗き込んだ桃李と青年が、静かな寝息にふっと笑って顔を見合わせた。矢口桃李、重松紘一郎という名の二人に拾われて、その場所がどんな所かも知らず優月はまどろんでいた。夜半、熱で汗をかいたせいで喉の乾いた優月は、薄明かりの中、流しに水を求めた。細く開いた扉の向こうでくすくすと笑う声...

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星月夜の少年人形 28

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優月は、戸惑っていた。優生以外の男に、大人のキスをされた。追い詰められて吐精した。どこを触られても反応し感じ、ぶってしまった。倒れ込んだ優月の頭上で・・・カシャと機械音が響く。振り返れば、見せられた桃李か紘一郎の携帯に、固く目を閉じた自分の全身が写っていた。腹の上に吐き出したものが散っている扇情的な写真を見て、優月は焦った。「や・・・やめて。こんな写真、撮らないで。消して、桃李くん。」「何言って...

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星月夜の少年人形 29

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どうやって自分の部屋へ帰ってきたか覚えていなかった。朦朧と人垣の中を漂いながら帰ってきた気がする。余りに思慮のたりない優月だった。「ほんと、世間知らず・・・」と、自嘲するように呟いた。こんなことを優成が知ったら、なんと言うだろう。「馬鹿だな、優月。」そう言って優しく抱きしめてくれるだろうか。それとも、誰にでもついていくから、そんな目に合うのだと責めるだろうか。それでもいい、逢いたかった。通っている...

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星月夜の少年人形 30

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塔矢は優月の首に掻きついて、離れようとしなかった。「塔矢。お兄ちゃんになったら、抱っこやめるんじゃなかったの?」「・・・兄ちゃ~ん・・・。」塔矢の涙のわけを優月は知っていた。我慢をして来たのは塔矢も同じなのだろうと思う。そこに榊原がいなかったら、優月も本当はこんな風に塔矢を抱きしめて声を上げて泣いていたかもしれない。優月の荷物に、榊原が手を伸ばした。「優月君のご両親には、先にあちらへ行っていただき...

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