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Category: 狗神のわんこ ナイトの冒険  1/1

わんことおひさまのふとん 1

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俺のお母ちゃんは、俗にいう深窓のお嬢さまだった。お屋敷の奥で、悪い虫が寄ってこないように文字通り箱入り娘として大切に育てられていたらしい。美人で有名なロシア生まれの母ちゃんが、たまに外へ出かけたりすると、余りの美貌に引き寄せられてあっという間に人だかりができる。母ちゃんを溺愛していた、お屋敷の奥様は母ちゃんの事を「ジョセフィーヌちゃん」と呼んでそれこそ猫かわいがりして自慢していた。記憶の中の母ちゃ...

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わんことおひさまのふとん 2

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そして、男前の父ちゃんが母ちゃんの元を去ってから、きっちり二か月と四日後、俺たち兄弟は生まれたんだ。うんとチビの頃、温かい乳をくれながら母ちゃんは、どれだけ父ちゃんが格好良かったか、夢見るように語った。うっとりと父ちゃんの話をする母ちゃんは、初めて恋をした少女のようにどこかさみしい目をしていた。きっと、愛しい父ちゃんに会いたいんだね、母ちゃん。俺達は5匹生まれたけど、お屋敷の奥さまに大事にされたの...

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わんことおひさまのふとん 3

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「おまえ、一匹になっちまったんだなぁ……かわいそうに。」お皿に頭を突っ込んで、一生懸命乳を舐める俺の頭をそいつは撫でた。母ちゃんと違う乳の匂いだったけど、甘い匂いを嗅ぐと、ちょっとだけ安心して涙が出た。母ちゃんとは、もう二度と会えないと「本能」が覚悟を教えてくれた。俺には、もう誰もいないんだ。俺は兄弟も父ちゃんも母ちゃんも居ない子になったんだ。世間の荒海に投げ出されて俺は一人で生きてゆく。涙ぐんだ俺...

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わんことおひさまのふとん 4

夏輝の指を、いつものように吸っていると、ある日とても甘い匂いがした。肉球で押さえて思わず顔を見上げ、「きゅん~?(あれ~?)」と、聞いてみた。「あはは……、甘いだろ?」葉山夏輝は、俺が驚いたのを見て、ずいぶん嬉しそうだった。ホットケーキのメイプルシロップを塗って、俺がどんな反応をするか笑って観察していた夏輝。それから時々、指に塗ってくれる甘い密は、俺の大好物になった。炊飯器で焼いたホットケーキは、卵...

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わんことおひさまのふとん 5

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犬の成長は早い。一歳で成人する勢いだ。本当だったら、一か月にも満たない小犬の俺は3歳くらいなんだろうと思う。一度、表で同じくらいの奴に声を掛けたら「まんまと、ぶーぶー」しか言えないのに驚いた。余りの幼さにびっくりして思った。俺、少なくともわんこの世界では、お利口さんに入る部類かも。俺はちびだけど不思議と色々なことを考えていたし、自分で言うのもなんだけど俺の「おひさまのおふとん」夏輝の気持ちがすごく...

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わんことおひさまのふとん 6

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俺は一目散に霊験あらたかな白狐さまの「荼枳(だき)尼(に)神社」に走った。夏輝、待ってて。お前が大好きな文太に何も言えないで、毎日泣いているのを俺は知っている。せめて、文太に夏輝の気持ちを代わりに伝えてやりたいと思った。これが、一宿一飯の世話になった俺の漢気だぜ。全速力で駆けた町はずれの寺の境内には、「荼枳尼神社」の祠があるはずなのだ。「あれ?……祠ってどんなのだっけ……。」境内を走り回ったけど、ちゃんと...

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わんことおひさまのふとん 7

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気が付いたとき、俺の手のひらに肉球はなかった。俺のぷにぷにが大好きな夏輝。ぷにぷにのないつるりとした俺の手を見たら、夏輝はどう思うだろう。「お。気が付いたか?」白狐さま……?……じゃない、誰か知らないおっさんの声がする。「おめぇ、封印中の白狐に取り入るなんざ、チビのくせに要領の良い奴だな。ん?」俺を覗き込んだのは、偉く迫力のあるおじさんだった。俺の好きな任侠の匂いがぷんぷんする、苦み走った男の中の男と...

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わんことおひさまのふとん 8

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「おまえ、ジョゼフィーヌに似てるな。」「似てないよ。だって、俺は母ちゃんに似てないからって捨てられたんだもの……。」「何言ってんだ。そっくりじゃねーか。そこの御神鏡覗いてみな。」白狐さまの祠(ほこら)の中で、ぼうっと輝く鏡を覗いて俺はひっくりかえりそうになった。「かあちゃんっ!?」「かあちゃんだっ!かあちゃん!…会いたかったよぉ~~~え~~~ん……・」思わず、その場で俺は母ちゃんを思って慟哭した。鏡の中...

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わんことおひさまのふとん 9

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「ナイト。息を吐いて、力を抜きな。」「う……う……ぅ。」「怖くないぞ。元々、俺たちを作った神さまはな、誰も独りでは生きてゆけないように生き物を作ったんだ。」「神……さまが?」「ああ。ナイトも一人ぼっちになった時、胸に風が吹いただろう?夏輝と出会ったとき、陽だまりに居る気がしただろう?」「う……ん……夏輝は、俺のおひさまのふとん……なんだ。」俺の開いた足の間で勃ちあがった前しっぽに、白狐さまの白い手が触れ緩く上...

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わんことおひさまのふとん 10

目が覚めたらすっぽんぽんの足首に、夏輝が俺に買ってくれた、鈴の付いた紅い首輪が付いていた。「猫用だけど、ナイトにはこの色が似合うから、これでもいいよな?」「わん~っ。」ホームセンターのお姉さんが、俺たちのやり取りを聞いて、うふふ、会話してるみたい、可愛いと笑っていた。……そうだ、夏輝!うっかり気持ちが良くて、忘れるところだった。一宿一飯の恩義を果たすために、俺はここへ来たんだ。「夏輝―――っ!」俺は一...

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わんことおひさまのふとん 11

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人型になったら何でもできると思っていたのに、余りの無力に打ちのめされて、俺は鳴いた。声を殺して泣いていたが、いつしか嗚咽が漏れた。「うっ……う、うわあぁ~~~ん……。」「うわ……おい……。何だ、何だ……?」傍目には文太がふわふわした恋人を、宥めてる風に見えているんだろう。遠巻きに人が見ていた。「よしよし。大丈夫だからな。」文太は夏輝と違った汗臭い腕で、俺をぎゅっとした。心から俺を心配している優しい気持ちが流...

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わんことおひさまのふとん 12

夏輝は泣きたい気持ちを堪えて、俺のことを一生懸命、街中捜し回っていたらしい。「すみません。黄色っぽい白い毛がふわふわしたこんな小犬、見かけませんでしたか?耳の上に茶色のメッシュが入ってるんです。猫用の、鈴の付いた細い赤い首輪してるんです。」「さあ……。見かけなかったわねぇ。」「見たことないなぁ。」「そうですか。足を止めてすみません。ありがとうございました。」いつも一緒に歩いた駅周辺や、スーパーの入り...

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わんことおひさまのふとん 13

            もう駄目だ……。俺……夏輝に嫌われてしまった……毎朝食べるたまごかけごはんも、夜のぱんのみみのパン粥も、バイトの給料日にだけ買うオージービーフも……もう一緒に食べることはない。凍える夜に手を差し伸べてくれた、誰よりも大好きな……夏輝に嫌われてしまった……。傷心の俺はひたすら駆けた。周囲の人垣が開いて俺を飲み込んで、再び閉じてゆく。泣きながら走る俺に手が伸びる。「どうしちゃったの~、君、...

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わんことおひさまのふとん 14

         俺は父ちゃんと一緒に、旅に出ることにした。「本当に決心したんだな。ナイト。」「う……ん。行くよ。」夏輝と暮らせないなら、この町には何の未練もない。父ちゃんは白狐さまに別れを告げて、しゅっと犬型に戻っていた。犬種は、四国犬という奴だ。人型で居るのは、体が大きい分「燃費」が悪いんだそうだ。父ちゃんみたいに大人になると、狗神の血を引く俺も、いずれ自分で自在に人型に変身できるだろうと白狐さ...

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わんことおひさまのふとん 15

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小犬に戻った俺は、夏輝の腕の中で幸せな夢を見ていた。それは不思議な夢だった。*****父ちゃんが暗い河原で、濡れた段ボール箱を覗き込んでいる。ものを言わなくなった小さな犬の躯を抱き上げると、父ちゃんはふっと息を吹きかけた。「目覚めよ、息子たち。さあ、父が迎えに来たぞ。」ぺたんこの腹の小犬たちが、薄く目を開けた。「一度、今生の命を手放さないと、狗神の神域には入れないんだ。辛い目に合わせて済まなかった...

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わんこと夜のうさぎ 1

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おっす!俺、わんこのナイト。阿波の狗神(父ちゃん)とロシア生まれのボルゾイ(母ちゃん)のハーフで、今は葉山夏輝という人間と暮らしている。夏輝っていうのは、俺のいっとう大切な「かいぬし」なんだ。俺が苦労して仲を取り持った文太と夏輝は、今は一緒に暮らすようになっていた。由緒あるおんぼろアパートの夏輝の部屋に、月初めから文太が転がりこんで来て、夏輝はすごくうれしそうだった。アパートの大家さんが「ルームシェア...

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わんこと夜のうさぎ 2

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人型で河原に向かった俺は、そこで運命の出会いをした。……と言っても、恋の相手じゃない。河原にある小さな土饅頭の前で、立ちつくしたそいつは静かに泣いていた。ああ、誰か大切な奴が死んでしまったんだな。そいつは、本当に哀しそうにそこで佇んでいたんだ。でも、その土饅頭は俺には墓だってわかるけど、丁寧に均(なら)されていたから、誰かが埋葬されているなんて、人間の目にはわからないだろう。つか……なんで、人間なのにこ...

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わんこと夜のうさぎ 3

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見た目はすごく可愛いけど、中身はそう賢そうな感じがしないそいつを連れて、俺はそいつの自宅へ送って行った。「どうしたの、ナイト?ここだよ。ぼくとナイトの家。忘れたの……?」「あ、あのさ、まさかとは思うけど……勘違いしていない?」まじで、土饅頭の下にいるやつと一緒だなんて、思ってないだろうな。俺の名前とそいつの名前が一緒なのかどうか知らないけれど、ちぐはぐな会話にどこか違和感が立ち上る……。あのな、名前が同...

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わんこと夜のうさぎ 4

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「ただいま~!」「ナイト、どこ行ってたんだ。とっくに飯の時間過ぎてるのに。」「お肉もらった~!」俺は貰って来たタッパーを広げながら、今日の不思議な出来事を夏輝と文太に話した。川べりで妙な奴に会ったことと、そいつの家に行ったこと、そいつがいきなり消えたこと。平らな土饅頭のところに佇んでいた悲しそうな奴の事。そして、オージービーフのおばさんの話。食べながら話していると、文太が話を止めた。「……おい、ナイ...

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わんこと夜のうさぎ 5

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「白狐さまー!白狐さまー!早く出てきて。お願いだから。」必死に叫んだら、荼枳尼神社の白狐さまは、祠の奥から神々しい姿を現した。輝く髪と綺麗な顔の位の高い白狐で、俺の父ちゃんの恋人だった。「……仔犬。どうした、血相を変えて……?」まるで情事のあとという風な隠微な雰囲気の神様は、しどけなく引きずりの着物を引き上げながら出て来た。「神さま。お願いがあるの。こいつのこと、見てやってください。」「俺、こいつの飼...

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わんこと夜のうさぎ 6

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俺は何とか持ち直したうさぎのシロを連れて、七糸の母ちゃんの所へ戻った。おばさんは、心配でたまらなかったのだろう家の外で待っていた。「おばさん。シロ、大丈夫だったよ。ちょっと、悲しくてご飯食べられなかっただけだって。」「シロも悲しくて……?七糸がいなくなったこと、わかるのかしら。」「うん。動物ってね、話せないけどちゃんとわかるんだよ。七糸はこれからずっと傍にいるから、もう心配いらないよ。七糸ね、お母さ...

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わんこと夜のうさぎ 7 【最終話】

辺りに馥郁(ふくいく)と泰山木(タイサンボク)の香りが広がり、鼻腔をくすぐる。犬の嗅覚で芳しい神さまの香りをくんと嗅ぎ……俺はまた一つ大人の階段を上ったのだった。一歳を超えて、俺の前しっぽは父ちゃんほどではないけど、ささやかに大きくなってきた。神さまの腋をなぞり、白い胸にある小さな桃色の突起を触った。薄く色のついた胸の中心を手のひらでこねると、神さまは甘い吐息を吐く。白狐さまの白い肌は、人型の目で見る...

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わんこと白狐さまの一大事 1

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花菱町には「荼枳尼神社」という荼枳尼天(だきにてん)さまを祀った、小さな祠(ほこら)がある。神社の境内の隅っこにあるその祠に封印されているのは、天駆ける荼枳尼天(だきにてん)に仕える、目が覚めるように美々しい一匹の白狐だった。荼枳尼天(だきにてん)の神使の白狐(男狐)は、この界隈で生きとし生けるものの憧れの的だった。ただでさえ自分より美しいものは認めたくない荼枳尼天(だきにてん)のお気に入りの恋人と...

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わんこと白狐さまの一大事 2

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そんな平和なある日、夏輝が顔色を変えて走って来た。持ってきた回覧板を、ワンルーム(犬小屋)の前で振り回していた。夏輝ってば、子供みたいだ。「ナイト!大変だ。狗寢股神社のあの小さな祠って、今も白狐さまが住んでるんじゃないのか?」「わん。」←住んでるぞ!「取り壊されるかもしれない!」「わふっ?」←まじで!?俺は大家さんがいないのを見計らって、大急ぎで九字を切ると人型になった。「どういうこと?白狐さまは、...

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わんこと白狐さまの一大事 3

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祠が無くなる話が出て以来、白狐さまは、どこか諦めたような寂しげな顔をしていた。実際は神社の丸ごと移転だけど……入れ物は移せても、中身は無くなってしまうんだ。夏輝がレンタルで借りて来てくれた、平成狸合戦ぽん○このビデオをみんなで鑑賞しながら、俺たちは策を練った。断固失敗するわけにはいかないと頭を突き合わせて計画を練り、お社を守る為の手立てを考えたがどれほど考えても良い案は浮かばなかった。だってビデオで...

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わんこと白狐さまの一大事 4

夏輝は、文太と共に駅前で、古いお社(やしろ)を守ろうとスローガンを掲げ、ねじり鉢巻きにたすきをかけて署名活動を開始した。だけど町の人は、小さな荼枳尼神社の片隅に祠があるなんて知らない人の方が多かったし、移設するのなら、それでいいじゃないかというのが大方の意見だった。実際それがどんなに大変な事かわかる人はいなくて、署名してくれる人も、文太の仕事場のおっさん連中位で、悲しいほど本当にわずかだったんだ。努...

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わんこと白狐さまの一大事 5

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父ちゃんは、俺たちがささやかに白狐さまを助けたいと頑張っている裏で、こんな風に手を尽くしてたみたいだ。正直、かなわないと思った。さすが俺の父ちゃん。伊達に長く生きていない。血相を変えて泡を飛ばしながら大学教授が電話を掛けたのは、後で夏輝が教えてくれたけど文部科学省の外局、文化庁というところだった。電話を受けたのは、なんでも文化庁次長とかいう、お笑い芸人によく似た感じの役職の人で大学教授の教え子だっ...

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わんこと白狐さまの一大事 6  【最終話】

俺も負けずに本腰入れて,とうちゃんみたいに番(つがい)の相手を見つけなきゃ。二人を見ていて、俺は真剣にそう思った。大きく足を広げて、父ちゃんの下にいる白狐さまは、銀色の髪も輝きを増している。ついこの間までは、儚く首を落とす紅椿のようだったのが、今やまるで薄暗がりでも灯って見える白木蓮の精のようだった。元々、すごく綺麗な白狐さまだから、今は神々しいと言った方が良いのかもしれない。ぱんと腰を打ち付けた...

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