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Category: 露草の記(三部作)   1/3

露草の記 【作品概要】

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【作品概要】双馬藩嫡男、安名秀佳(やすなひでか)は藩内で頼れるものもなく、寂しく孤立していた。父が迎えた後妻は他国の女で、城代家老の養女として輿入れしてきたが、義弟ばかり可愛がり、秀佳は馴染めないでいた。一人城を出て、寮(別荘)で暮らす秀佳の元に、藩内を巡察していた父が、土産を持って突然前触れもなく訪れる。藩主が見つけ、秀佳の元に連れてきた少年は、驚いた事に秀佳(ひでか)と、瓜二つだった。少年は秀佳...

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露草の記 (壱) 1

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血なまぐさい戦国も終焉に近づいた、安土桃山時代。天正の終わり頃の話である。関ヶ原で東軍に組し領地を安堵された藩は、小藩ながら善政を敷き、内憂のない豊かな国として知られていた。これで長かった戦乱も終わると、民百姓、商人も活気にあふれていた。その双馬藩、嫡男、安名秀佳(やすなひでか)は、今、零れ落ちそうな涙を懸命にこらえて縁にいた。庭に降りる三和土に、義弟が遊ぶ馬の玩具が転がっている。その横で、小さな...

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露草の記 (壱) 2

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自室に戻り深いため息をつく秀佳にむかって、守役の秋津は、いつも同じ事しか言わない。「若。ご辛抱なされませ。」他に掛ける言葉はないのかと思う。「ささ、涙をお拭きなされ。お世継ぎは紛れもなく、秀佳さまでありますれば、ご心配には及びませぬ。」「……ん。」「若は武勇に名高い双馬藩の男子(おのこ)でありましょう。むやみに、涙はなりませぬぞ。」「わかっておる!泣いてなどおらぬ。」そう言いながらも、一人になるとぽ...

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露草の記 (壱) 3

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秀佳が老臣秋津と寮に籠ってから、数日が過ぎた。その頃、自分の目で藩内をくまなく見分すると言って、長く城を留守にしていた藩主が、やっと城へ帰還してきた。「秀佳はどこへ行った?姿が見えぬようだが?」いつもなら、真っ先に走り出てくる愛息の姿が見えないのを、何が有ったと訝しげに問う。顔を見合わせた家臣たちは、視線を逸らし誰も返事をしなかった。登城してきた守役の秋津を呼び出し、留守中に起こった出来事を知ると...

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露草の記 (壱) 4

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藩主は、優しく笑っていた。「さあ。恥ずかしがることはない。面(おもて)を上げてみよ。」領主の声にも、いやいやと頭を振って、まるで大八車に轢かれた蛙のようにぺたりと畳に張り付いていた。「ほら、怖がることはない。秀佳におまえの顔を見せておやり。」藩主に促されて、やっと上げた顔を見て秀佳は目を瞠った。思わず、腰が浮いた。「ちっ、父上……。この者は……。」父は、秀佳の驚いた顔を見て、楽しげに破顔した。似ている...

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露草の記 (壱) 5

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「そらっ!そっちへ逃げたぞ。」「若さま。魚は、お足元です!そこっ!」川魚は、貴重な蛋白源になる。川遊びといいながら、少年たちは各々、必死で魚を追った。中でも、この地方で獲れる「なまず」のような、ギギという魚の甘露煮は藩主の好物だった。秀佳も懸命に魚を捕まえた。竹を編んでこしらえたざるを川底に沈め、ギギが横切るときに思い切り引き上げる。すばしこい魚が上手く取れるたび、河原に歓声が響いた。*****「...

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露草の記 (壱) 6

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周囲はいつしか、影のように秀佳の傍にいる於義丸の存在に慣れた。義母は、秀佳と瓜二つの子供を城に入れた夫の軽挙に呆れはしたが、人畜無害な飾り物と知り、文句は言わなかった。彼女には、腹を痛めて産んだ倖丸の処遇だけが重要だった。義理の祖父の城代家老は、さすがに一言嫌味を言ったが、藩主は笑い飛ばしてしまったらしい。「秀佳さまには、藩内の重臣の子弟が小姓としてお傍に居りますれば、あのようなものは置かずとも良...

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露草の記 (壱) 7

秀佳は、義母が国許から連れてきた中間どもに、小草履取りの事をからかわれ、腹立ち紛れに「どうにでもせよ」と、於義丸を手渡す約束をしてしまった。義母が秀佳に冷たく当たるのを見て、連れてきた家臣も倣ったように横柄な態度をとる。さすがに双馬藩の家中の者がいる時は、そのようなことはなかったが、通りすがりに癇に障ることを囁いた。売り言葉に買い言葉、魔が差したとしか言いようがなかった。絵草子を広げている於義丸に...

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露草の記 (壱) 8

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田んぼで跳ねる蛙の腹を膨らませて遊ぶように、ミミズに小便をかけてのたうつさまを面白がって騒ぐように、二匹の蜻蛉を藁でつないで遊ぶように、秀佳は残酷だった。於義丸を、感情の無い自分の玩具のように扱った。紅い紐で縛めた手をそのまま引っ張って行って、最後に戸口で身を捩り抗うのを中間部屋へ、とんと……押し込んだ。約束を守った秀佳に、中間どもの野太い驚きの喚声が、わっと上がる。斜に振り返り秀佳を見つめる目が、...

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露草の記 (壱) 9

中間どもの手を振り払い、秀佳はぐったりとした於義丸を必死におぶって自室に帰ってきた。驚いて布団を延べに来た腰元に、敷くのは於義丸の布団だけでよいと告げた。「茶を頼む。目が覚めたら、おギギに飲ませるゆえ。」「はい。若さまの夜具は、いかがいたしましょう。」「今日は、おギギの傍についているから要らぬ。急ぎお医師を呼んでくれ。」青ざめて横たえられた於義丸の、眉は強くひそめられ両目は固く閉じたままだ。額に油...

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露草の記 (壱) 10

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翌日には床を上げて粥をすする於義丸を見て、ひとまず安堵した秀佳であった。秀佳は人が変わったように甲斐甲斐しく於義丸の世話を焼き、医師に話を聞いて叱咤するつもりでやってきた老臣秋津も、機を逃したようだった。夕刻になると、他藩に乞われて長らく治水工事に当たっていた叔父が、事業の目途が付き、帰り次第登城すると知らせが届き、ぱたぱたとお引きずりの女中達が色めいて忙しげで、何やら城の中は浮き立つように華やい...

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露草の記 (壱) 11

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「叔父上。しばらくは、このまま双馬に落ち着かれますか?」「そうだな。まずは取り急ぎ、義兄上を見舞う事にしよう。風邪の具合はどうだ?義兄上が文を寄越すなど滅多にないから驚いたぞ。」「頑健な父上が、此度の病には難儀しております。叔父上をお呼びになったのは、きっと御心細くなられたのでしょう。お医師は、風邪の性質の悪いものではないかと言っておりますが……、わたしは、お見舞いしたいのですが、合わせていただけな...

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露草の記 (壱) 12

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手桶が何杯も運ばれてきた。繰り返し大量の水を飲ませては、一気に吐かせた。一時以上、嘔吐と酷い下痢を繰り返し、やっと夕餉に混ぜられた胃の中の毒が外に出たらしい。蒼白だった秀佳の顔色が徐々に戻り、薄く目が開いた。「おお、気が付いたか。秀佳。もう大丈夫じゃな。」「……叔父上……。わたしは、助かったのですか……。目の前が、いきなり真っ暗になりました。」「命があるのは小草履取りのお手柄じゃ。於義丸が一番に気が付い...

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露草の記 (壱) 13

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やっと、落ち着いた秀佳の元に、城代家老の側小姓が現れると、他人事のように告げた。「これより料理方(りょうりかた)と、台所に野菜を持ってきた百姓を探し出し、すぐさま厳罰に処します。」「誰がそのようなことを、命じた?」「若さまのお命の危険にさらした者を探し出し、急ぎ処断せよと城代家老さまの御下知でございます。」こうなった以上、誰かに責任を取らせようと、いう事らしい。「殺生は、好かぬから……もう良い。捨て...

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露草の記 (壱) 14

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騎馬は一路、寮へと駆けた。双馬藩は、領地の隅々まで治水工事が行き届き、実際よりもかなり表石高の高い豊かな藩として有名である。肥沃な土地ではなかったが、新しい港が要となり金を落とした。代々藩主が家訓に従い、極力無駄な戦を避けてきたのもあって、双馬藩は他藩から見ると領民も潤い、魅力ある国に違いなかった。近隣の藩が多数の餓死者を出した飢饉の時でさえ、双馬藩では備蓄した藩米で耐えた政治力がある。「蕎麦しか...

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露草の記 (壱) 15

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義弟の倖丸は、多くの家臣にかしずかれ、後添えは北の方さまと呼ばれ家の全てを取り仕切り始めた。秀佳についていた小者たちも、いつか倖丸の世話係になった。「秀佳さまは、間もなく元服を迎えるお年なのですから、いつまでも家臣に頼らず、何でもお一人で出来るようにならなければ……ねぇ、お父上さま。」「左様。戦場では何が起きるか分かりませんからな。例え、最後の一騎になっても戦えるだけの、強いお心と頑健な身体を持たね...

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露草の記 (壱) 16

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「わたしの自慢の姉上が、こんな男に惚れていたとはねぇ。呆れて涙も出やしませんよ、まったく。」兼良はそう言いながら、甲斐甲斐しく藩主の夜着を着替えさせていた。「はは……許せ。兼良が後ろに控えているから、無茶もできる。」「……で、その乳のでかい愚かな北の方は、我子を跡取りにしてくれと、義兄上に寝物語にねだりましたかな?」「ああ。だがなぁ、あれはわたしの子ではないから、いくら欲しがっても、双馬の家をやるわけ...

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露草の記 (壱) 17

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兼良は藩主より先に、城中の居室へ自分を訪ねて来た「草」と対面していた。寮へ入る前日、武人は部屋に入るなり人の気配にすぐさま気づき、部屋の片隅へ明かりを向けた。「何者じゃ。よくぞ、この堅牢な城の奥まで入り込んだものよ。」その場に手をついて、涼しげな顔の少年は答えた。「安名兼良さま。御目文字したことがございます。」女ではないが、見覚えのある派手な小袖を身につけて、姿に似合いの柔らかな女言葉を使った。「...

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露草の記 (壱) 18

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約束通り寮に来ると、小草履取りは丸腰で藩主に対面した。藩主は夜具に寄りかかったまま、黙って自分の拾った於義丸の話を聞いた。「草」の話は驚くものだったが、腑に落ちるところもある。双馬藩を手に入れようと、忍び寄る画策の全容が明らかになった。しかも、敵の先鋒隊は既に国境まで迫っていると言う。於義丸が打ち明けるのが遅くなったのも、周囲に潜む間者に裏切りを気取られないようにするためだったと告げた。既に城中深く...

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挿絵

此花、絵を描きました。病鉢巻の藩主と、それを支える兼良。話のほうが先に進んでしまって、このままだとお蔵入りしそうになってしまいました。上手になりたいんですけど、なかなかうまくいきません。難しいね。デッサン狂いもわかっているけど、あえて見ないふり。この次、がんばる!(`・ω・´)...

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露草の記 (壱) 19

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兼良と段取りを整え、於義丸は夜明け前に再び城へと戻った。双馬藩に残された平穏の時間は短かった。裏切り者は、掟に従いいつか必ず始末される。自分の息の根を止めるまで、地の果てまでも執拗に組織は追って来るだろう。それでも初めて得た主君の為に一命を賭そうと、於義丸は既に固く決意していた。残り湯を使い一度顔の作りを落とし、もう一度支度にとりかかろうと自室の化粧前に座った時、心臓が凍り付きそうになった。まだ休...

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露草の記 (壱) 20

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「何と、つれない若さまですこと。これ程お慕い申しておりますのに……。」於義丸は音もなく立ち上がると、すっと側に身を寄せた。低い声で秀佳の耳元にささやいた。「しっ!若さま。決して無用のお手向かいはなりませんよ。しばしのご辛抱。」背丈も変わらぬ於義丸に、いきなり抱きすくめられ、夜具に倒れこんだ。「あっ!は、離せっ!おギギっ!やめよと言うにっ!」「おギギっ!」華奢な「草」に押さえつけられたのは、まだ昨夜の茸毒...

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露草の記 (壱) 21

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やがて懐の印籠から取り出した小さな丸薬を、転がった秀佳の口に一粒つまみいれると、於義丸は慣れた手つきで口移しに水を含ませた。「しばしのご辛抱です、若さま。お目が覚めた頃には、皆終わっておりましょう。」秀佳の手足を優しく緩く縛めて、大切に抱き上げると、蒲団部屋に運び入れた。まもなく、相馬の軍神と言う二つ名を持った兼良が、手筈通り城中に巣食った獅子身中の虫を退治しにやってくる。高揚する気持ちを抑え、於...

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露草の記 (壱) 22

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双馬藩嫡男が初陣を飾った日から遡って、およそ二年前。三河の地には、後に於義丸と呼ばれる草の姿があった。関ヶ原の大戦後、まだ子供にしか見えない「草」は、徳川の懐刀と呼ばれる本多の屋敷に呼ばれていた。庭先に控えた華奢な少年は、露丸という呼び名はあるものの、身分はどこで倒れても屍を拾う者もない儚い「草」である。又、西国から文が届いた……と、本多が弱音を吐いた。「関ヶ原で武功のあったものが、約束の褒美はまだ...

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露草の記 (壱) 23

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本多の軍勢は、国境から双馬藩を取り囲むように、他藩の旗印や馬印を立てて静かに整然と進軍していた。一万を超える大軍は、見事なまでにその正体を隠していた。東軍に組したものを何の咎もないまま攻め落とそうとするのだから、ことが露見した場合、天下人が目前の徳川と言えども、他藩のそしりを免れないだろう、慎重にならざるを得ない。国境で軍を止め、声を荒げて、顔を隠した本多は周囲に何度も問うた。「露丸の狼煙(のろし...

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露草の記 (壱) 24

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精鋭部隊に守られた双馬藩嫡男が、大怪我をした報は瞬く間に戦場を駆けた。敵も味方もざわめいた。本多は万事首尾よくいったと思い、ほくそ笑んでいる。「よくやったぞ。露。」未だ、露丸が裏切っているとは欠片も思っていない。おそらく潜入した露丸の仕業に違いないと、踏んでいた。様子を見に行った草は戻ってこないが、嫡男の死を見届けたら、変化を解いた露丸を伴い、程なく合流するだろうと思っていた。そうすれば双馬藩と和...

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露草の記 (壱) 25

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強い焼酎を、気付けに無理に流し込み、傷にたらすと痛みに呻いて身体が跳ねた。戦場では深手で意識を失うと、そのまま死んでしまうこともある。麻酔や痛み止めの使用は、そのまま死を意味した。「我慢せよ、於義丸。そちを、このまま死なせる訳には行かぬ。」「耐えろよ。」「うーーーーっ……!」乱暴な傷の手当にうめき、「草」は白い拳に筋を浮かせて耐えた。数人がかりで手足を抑えつけ、絹糸で傷口を縫い合わせる。叔父、兼良は...

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露草の記 (壱) 26

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傷ついた草の傍らで、秀幸(秀佳)は父と叔父に話を聞き、やっと色々なことを理解した。双馬藩が徳川に狙われているという噂を聞いたのは、兼良が、遠く仙台藩に乞われ治水工事の指南に出かけた折だという。兼良を気に入っていた仙台藩主が、実は双馬藩主の義兄弟であると知り、褒美代わりに情報をくれた。元々、伊達藩主は天下取りには縁がなかったが、機を見るのには長けていた。兼良を気に入り、高禄で召し抱えたいと何度も士官を...

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露草の記 (壱) 27

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「叔父上。おギギは、生まれ付いての草なのでしょうか?だとしたら、余りに哀れな身の上です。」「そうかな。於義丸がどう思っているか、目覚めたら聞いてみると良い。こやつが草でなければ、そなたとこうしてめぐり逢うこともなかったはずじゃ。」「はい……。でもこうして、死地を彷徨う事もありませんでした……。」元服を済ませたと言うのに、秀幸はまだ涙もろかった。「よくご覧。こやつ……秀幸殿の着物をしっかりと握っておるわ。...

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露草の記 (壱) 28

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やがて、家中に入り込んだ敵が引き出され、仕置きが始まった。まず北の方が、庭先に引き据えられた。その顔は血の気が無く真っ白で、すべてが露見した今、ただ事ではすまされないとさすがに観念しているようだ。「於喜代。」藩主は常のように優しく声をかけた。「そなた。倖丸と共に、城を出るか?」北の方は驚いて、じっと藩主に視線をすえる。倖丸の真の父親の元へ落ちるなら、同道してやろうと兼良も言うが信じられなかった。恐...

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