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Category: 露草の記・弐(忍び草)  1/1

露草の記 (弐) 【作品概要】

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命がけで弟の命を守った兄は、父母と共に有名な天正伊賀の乱で命を落とした。生まれたばかりの露草は、敵の手に委ねられ、忍びとして育てられることになった。養母と、血の繋がらない優しい兄の愛情に包まれて、育ってゆく露草。だが、兄と慕う人との別れが、露草の人生を変える。過酷な修行と立場に、徐々に感情を失い、徳川の殺戮兵器となって行く露草。感情の無い傀儡が、片羽のような主君に出会う前のお話です。露草の記(壱 ...

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露草の記・(弐) 1

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全身に酷い火傷を負った少年は、燃え盛る炎の中を逃げ惑っていた。「……だ、誰か……!」「誰か生きておるものはお……らぬか……。」隠れ里の家は焼け、逃げる当てはどこにもなかった。眸を焼かれ、既にほとんど見えていない。足元もおぼつかず、命の火が消えかかっていた。それでも、仲間を探して声を絞り、必死に叫んでいた。仲の良かった「はこべ」の姿も、「なずな」の姿もとうにない。皆、物言わぬ骸(むくろ)に変わってしまった槍は...

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露草の記・(弐) 2

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腕の中で息絶えた少年を抱え、男は呆然としていた。人質であった自分を引き上げてくれたわが主君(織田)ながら、ひとたび敵となれば、女、子どもにも容赦なく向けるその残虐な仕打ちには怖気が走る。火ぶくれの小さな両手を合わせてやり、その場で板を拾い組みあげると荼毘に付した。小さな軽い骸だった。「蘇芳。つゆは必ず預かったぞ。」井桁に組んだ燃え残りの薪が、蘇芳の魂を父母の待つ彼岸に運ぶ。「草の生まれゆえ、これから...

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露草の記(弐)3

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玄太は母親から赤子を受け取ると、慣れた手つきで背中をポンポンと叩き、乳と共に飲み込んだ空気を吐かせた。「けぷっ……」「よしよし。露草、上手く空気を吐いたな。」何も知らない三月ばかりの赤子は、腹がふくれたものか、この先の残酷な運命もしらず機嫌よく笑う。玄太は、血のつながらない弟に夢中になった。*****露草を抱いた玄太は、身のこなしも良く12の割に既に手練れであったが、大きく育ち陰忍になるしかなかった...

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露草の記(弐)4

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露草の厳しい忍者修行は、言葉通り義父の手で行われた。玄太の兄弟と共に、露草も修行することになった。*****「さあ、露草。両の足を揃えたまま、ここまで跳んでみよ。」浅く掘られた穴の中に、数え三歳の露草が入れられていた。まだ、露草には早いのではないかという母の言は、即座に却下された。「できるか出来ないかではない。露草の修行は、親方さまよりの下知じゃ。」穴の深さは、露草の腰上まであった。露草よりも一回...

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露草の記(弐)5

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高い屋根も地べたと同じように走り、ムササビのように空を滑空する。その姿は闇に溶けて、決して日の当たる場所に出ることはない。拙いながらも、そんな忍の敏捷性は、生まれながらに露草に備わっていた。いつしか兄弟と同じ速さで野を駆けられるようになった。「さて……次の訓練は、少しばかり痛い目を見るぞ、露草。」「……痛い目……?」井戸端で身体を拭く露草は、掛けられた義父の声に、思わず身を縮めた。*****暗がりの部屋...

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露草の記(弐)6

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露草が縄抜けの訓練に入ったと聞いて、使いから戻った玄太は顔色を変えた。「縄抜け?父者。いくらなんでも露にはまだ無理じゃ。」見かねた玄太は、露草に余りに厳しい父に、少し手加減するわけにはいかないだろうかと、話をした。「いきなり両肩を外されたのは、わしでもきつかった。朱音たちのように、片方ずつに慣れてからでよかろう。父者はいつも、露草には格別厳しく当たりすぎる。あれでは露が可哀想じゃ。」父親は、露草に甘...

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露草の記(弐)7

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一つの修行が終わりほっと安堵したものの、すぐに次に進めると父は言い出した。既に「次」を経験していた玄太の顔は、曇った。「玄太にぃ?どうしたの……?」「ん?何でもないぞ、露。修業はつらくはないか?」「玄太にぃがいるから、大丈夫。つゆも早く、玄太にぃのようになりたいから、頑張る。」「そうか。」腕の中で、ひな鳥のように信頼しきった露草が、じっと玄太を見つめていた。*****やがて、父から無造作に放られたク...

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露草の記(弐)8

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その日から玄太は、思い詰めたように口を聞かなくなった。ずっと考え事をしているようで、ぼんやりと高い物見の上で風に吹かれている。露草の誘いにも乗らなかった。「玄太にぃ。もう遅いよ!寝よう。」「まだ、すべきことが有る。先に休め。」「待ってるよ。一緒に寝ようよ。」「先に休めと言っただろう。くどいぞ、露!」「玄太にぃ……。」もう一人前になったのだから露草は一人寝をするようにと、玄太はそっけなかった。一人で薄...

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露草の記(弐)9

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玄太には陽忍が何をするか、分かりすぎるほど分かっていた。鍛練を積んだ忍びと言えども、声も変わらぬ幼い身で、色をしかけ肌を寄せるのは精神にも肉体にも大変な苦痛を伴う。きつく決心はしていても、蹂躙されて後、心が壊れるものもいる。男根を受けるだけの、売女のようになってしまい、「草」に立ち返れないものも居た。男なしではいられなくなった、陽忍のなれの果てが物狂いとなり、閉じ込められた、「溜まり」の格子から男...

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露草の記(弐)10

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別れの前日。父親は珍しく露草の鍛練を切り上げ、二人きりになる時間をくれた。おそらくもう今生では会うことはないと、父も思ったのだろう。哀しい義兄弟の、別れの時間だった。息せき切った露草が、屋根の上に飛び上がってくる。「玄太にぃ!」「露。ここへ来い。久し振りに抱いてやろう。おお……、重うなったな。」今だけは、幼い時のように愛おしいと思っても誰にも遠慮はいらなかった。兄の膝の上でにこにこと頬を染めて笑う少...

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露草の記(弐)11(挿絵付き)

短い別れの儀式は終わった。「露草――!!達者で暮らせ!」薬売りの格好をして任務に就く血のつながらない兄は、何度も振り返り露草に向かって大きく手を振った。高い杉の木の梢に上り、たった一人の味方を失った露草は、じっと去ってゆく姿を見つめていた。「さよなら。玄太にぃ……。」夢のように甘い金平糖を、露草の口に一つ放り込んで兄は去った。もう、修行が辛くて泣いても、庇ってくれる優しい腕は無い。その日一晩中、露草は...

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露草の記(弐)12【最終話】

時代は移り、残酷な天下人の命は腹心の裏切りで潰えた。織田が滅び、秀吉の天下となり、やがて徳川が牙をむき反旗を翻す。蒲生も彼岸の人となった。徳川の懐刀として仕える本多が、伊賀の忘れ形見を雇い入れることを望み、儚い露草の名を露丸と変え傍に置いた。自在に顔を変え年齢や性別すらも偽って、仕込んだ養父も驚く変化(へんげ)の技は、本多が抱えた各地の忍びも舌を巻くほどのものだった。露草は、後にその手口から「郭公」...

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