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Category: 嘘つきな唇  1/4

嘘つきな唇 【作品概要】

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(先輩×後輩 再会物)片桐里流(かたぎりさとる)織田彩(おだひかる)***織田朔良(おださくら)野球部の夏季大会の予選が終わり、三年生の織田彩は引退することになった。里流は次期キャプテンとして、彩の後を受け部活をまとめる事になる。野球漬けの日々から一転、大学受験に向け、放課後は塾通いで帰宅を急ぐ彩は、ある日、同じ学校の陸上部一年生織田朔良(おださくら)が熱を出したのを家まで送り届ける事になる。彩の遠...

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嘘つきな唇 1

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盛夏思い出すだけで、胸が締め付けられる切ない過去があった。今も色あせる事のない情景が、倒れそうな里流を支えていた。*****白球が弧を描き、スタンドに吸い込まれていく。暫しの無音の後、勝者側の割れんばかりの歓喜の声と、敗者側の落胆のため息が交差する。毎年、全国のあちこちで繰り返される、悲喜こもごもの夏の風景だった。二回戦。5回裏、相手チームの走者一掃のホームランで、コールドゲームが成立した。最後ま...

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嘘つきな唇 2

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二人の在籍する高校は、県下でもいわゆる進学校として名を知られた、偏差値の高い公立高校だった。弱小野球部に籍を置くのは、部員にとって、大学進学のための内申点を良くするつもりもあったかもしれない。当初、里流も周囲にそう思われていただろうと思う。何しろ野球部に入部当時、里流は今よりももっと線が細く、持病のせいで全員が揃ってこなす5キロのロード練習さえまともに完走できなかった。余りの体力不足に、数少ない上...

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嘘つきな唇 3

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潮時……という言葉を、里流の母親も口にし心配していた。母一人、子一人の家庭だった。「あんたはスポーツ万能のお父さんとは違うのよ。喘息持ちで身体弱いんだから、もう野球なんてやめたらどうなの?夏の試合が終わったら、少し考えなさい。」「わかってるよ。」「そうやってはぐらかしてばかりなんだから。野球でご飯食べられるわけじゃないんだから、お母さんはそろそろ勉強だけに専念したほうが良いと思うけど?運動も勉強も何...

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嘘つきな唇 4

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里流は彩の作ったメニューどうり、毎朝の走り込みから始めた。自宅から学校まで、4キロ余りの道のりを最初は半分歩くようにして走っていたが、やがて次第に走れる距離とタイムが伸びた。数か月経ったころ、いつか自然に、俺も一緒に走ると言い出した彩がジャージ姿で玄関に迎えに来た。「先を走るから、背中を追って来いよ。目標が有った方が走りやすいだろ?」彩は里流に合わせ、ゆっくりと先を走り始めた。*****遠かった背...

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嘘つきな唇 5

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彩は自転車置き場まで追って来た里流の言葉に、少し驚いていた。面倒を見て来た後輩が、最後に自分の事を好きでしたと打ち明けた。どこまでも生真面目な必死の瞳に、彩もはぐらかさずにきちんと答えた。「里流。俺は自分がしたいことをやっただけだ。忘れるなよ、頑張ったのは里流自身なんだからな。里流は自分の力で、ここまで来たんだ。」「はい。」「里流が頑張ったから、他の奴も続いたんだ。練習試合も組めなかったチームが、...

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嘘つきな唇 6

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幸せな余韻に浸りながら、頬を染めた里流がゆっくりと部室に戻ってゆく。その時、自転車置き場の影から、火を噴く嫉妬の視線で背中を見つめる少年がいたのに、里流(さとる)は気付かなかった。そこにいたのは、彩の遠縁でもある陸上部の織田朔良(おださくら)だった。体育館裏の陸上部の部室に行くには、自転車置き場の脇を通らなければならない。二人の交わす言葉を聞き、その場に立ちつくした織田朔良にとって、彩(ひかる)は...

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嘘つきな唇 7

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朔良は運が悪かった。どんな高校にもはみ出し者は存在する。程度にもよるだろうが、公立の進学校も例外ではなかった。彩の後を追って同じ学校に入学した朔良は、中学から始めたハイジャンプを続けようと陸上部を選んだが、そこで島本と粗暴な友人たちに出会ってしまった。彼らが籍を置く陸上部は活動実績がほとんどない部で、部室が溜り場と化していたのを朔良は知らなかった。朔良に一緒に校内を回る友人がいなかったのも影響した...

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嘘つきな唇 8

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数日たって、意を決した朔良は島本だけに声を掛けた。「……話があるんだけど。」「なんだ?」島本がグループのリーダー格と知った朔良は、考えた末に交換条件を出した。「あんたが一応部長なんだろ?陸上部としての体裁を整えてよ。陸連に参加するには、顧問も必要だし色々やることあるんだ。ぼくはハイジャンプの練習もしたいし、新人戦にも出たいんだ。」「なんだよ、何を言いだすかと思ったら。……めんどくせぇなぁ。真面目に部活...

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嘘つきな唇 9

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里流はいつも通り玄関を開けて、待っている彩に声を掛けた。「彩さん!おはようございます!」「おはよう、里流。」一つ微笑みを寄越すと行くぞと手を上げて、彩は先に走り出した。後を追う里流には昨日と同じ景色のはずだが、色鮮やかに見えた。頬を弄る空気さえ澄んでいる気がする。振り返って思えば、最後の朝。何も知らない里流の足取りは軽かった。*****「里流!」友人たちとの昼食が終わったころ、彩が誘いにやって来る...

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嘘つきな唇 10

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何度めかのキスの後、彩はぽんと頭を撫ぜた。「駄目だ。これ以上里流の顔を見て居たら、キスだけじゃ物足りなくなる。やばい。」いくらなんでも部室で押し倒したらまずいと、彩はごちた。原案を作って来ると口の中で呟いて、部室を出て行こうとした。思いついて里流は彩の背中に声を掛けた。「あ!彩さん~。」「なんだ?」「そう言えば、これまでの新歓の時っておれ参加できてないんですけど、野球部は何をやったんですか?」「新...

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嘘つきな唇 11

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大通りに向かう救急車両とパトカーのサイレンが、けたたましく鳴り響いていた。思わず沢口と顔を見かわした。「近いな、里流。行ってみるか?」「そうだな。何か手伝うことが有るかもしれない。」彼等は駆け出した。そしてトラックの下部から引き出された、ありえない曲がり方をした自転車に、自分たちの高校のステッカーを見つけた。アスファルトには、漏れたオイルで黒い染みが出来ていた。細長いタイヤの跡が、細長く蛇行して焼...

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嘘つきな唇 12

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帰校した里流は、担任を探した。とにかく事実だけを冷静に伝えなければと、必死だった。「先生。交通事故です。救急車で織田朔良が病院に運ばれる所を見ました。織田先輩が一緒に救急車に乗り込んだのを確認しました。どこの病院に行ったかはわかりません……」「ああ、片桐。近所の人から学校に電話があった。詳しいことはまだ何もわからないんだ。」「そうですか。」里流は落胆した。少しでも早く詳細を知りたいと駆け戻ったのに……...

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嘘つきな唇 13

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「朔良が怪我をしたのは、俺のせいです。すみませんでした……。」医師の話の後、深々と頭を下げ続ける彩の横に並び、父親と母親も共に頭を下げた。「運が悪かったんだ。彩君がそこまで自分を責める事はない。先生の話だと、生活に困るようなことはないらしいじゃないか。」「でも……あなた。」「リハビリを諦めずに続けさせよう。いいね。若いんだ、時間はいくらでもある。」「ええ、そうね……ただ……」朔良の母親は、まだ何か言いたそ...

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嘘つきな唇 14

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やがて日が暮れ、ぽっと裏口の明かりに照らされて人影が出て来たのに気付いた。「あ、彩さん……」だが、里流はその横顔に声を掛けられなかった。心の内でどうかここにいる自分に気付いてくれと念じたが、そんな他愛もない願いがかなうはずもなく、あっけなく影は去った。*****「里流?どうしたの?食欲ないの?」箸を下ろした里流に、母が気付いた。「あ……うん。ちょっと風邪ひきかけたみたい。大丈夫、すぐに風呂行って寝てし...

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嘘つきな唇 15

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がんがんと頭痛がする。それでもいつも通りの時間に目が覚め、身支度をした。彩が朝のランニングにもう付き合う事は無いと理解していても、頭の片隅でもしかしたらこの扉の向こうに彩がいたら……と思ってしまう。「おはようっす。」「あ……」ドアの向こうにいたのは、副キャプテンの沢口だった。沢口は里流の顔を見るなり、やっぱりと口にした。「また、くよくよ考えてたんだろ?」「またって……なんだよ。」「織田先輩の事が心配で、...

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嘘つきな唇 16

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そして里流が思った通りの言葉を、彩は口にした。「俺はこれから朔良を支えようと思う。リハビリは酷い苦痛を伴うらしいんだ。あいつは弱いから、きっと一人では立ち向かえない。」「それは彩さんが決めたことですか?それとも、織田が望んだこと?」「俺が決めたことだ。それに朔良も不安だったんだろう。薬で朦朧としている時に、俺に傍に居てくれと言ったんだ。あれは本心だと思う。」「傍に……」「俺は……俺に出来ることが有れば...

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嘘つきな唇 17

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教室に泣き顔で帰るわけにもいかず、里流は少しの間、用具置き場で時間をつぶした。何度か、手のひらに転がるUSBスティックが滲んだ。*****しばらく経って教室に帰ろうとした里流は、用具置き場の傍を通る数人の話声を聞いた。「なんで今頃……?」会話の中に出てきた「サクラ」という名前に思わず聞き耳を立てる。扉の隙間から覗くと、悪ぶってつるんでいる顔に見覚えがあった。制服を着崩した三年生は、確か籍だけは陸上部...

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嘘つきな唇 18

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沢口は里流の話を聞き、振った本人が何も知らないのに驚いたようだった。「へっ?里流……お前何も知らなかったの?朔良姫の事は、校内じゃ有名な話だぞ。」「織田朔良が陸上部ってことくらいは知ってるよ。いつも一人でグラウンドの片隅で柔軟とかしてたじゃないか。でも、だからって何が有名なの?」沢口は困ったなという風に、視線を外してがしがしと頭を掻いた。「ん~……里流にこういう話をするのは、どうかと思うんだけど……ほら...

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嘘つきな唇 19

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翌日から扉を開けると、沢口がジャージで待っていた。「うっす!」「おはよう!」それは日課になった。扉の向こうで彩が手を上げる日を想像し、毎日あえなく期待は打ち砕かれたが、いつしか里流は慣れた。勉強道具は課題以外はすべて部室に置き、試験前の数日以外持ち帰ることもなく毎日のランニングは続いた。「お前ら。学校に何しに来てるんだ?そんなんで大学通ると思うのか?せめて教科書位持って来い。」「引退したら頑張りま...

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嘘つきな唇 20

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生活に疲弊し、汚れたシャツは皺だらけで昔の面影の欠片もない彩に、一体何があったのか。……里流が知るのはずっと先になる。*****里流が壇上の姿を見て涙したその頃、彩はずっと朔良に付き添っていた。朔良はほんの少しの間も、彩が傍を離れるのを嫌がった。卒業式に出席できたのは、最後だからと朔良を根気よく宥めたりすかしたりして、やっと小さく諾と頷いたからだ。それでも制服に身を包んだ彩が、行って来るからと病室を...

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嘘つきな唇 21

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痛みに耐えかねて呻く朔良を励ましていた彩だったが、正直言って朔良の機嫌を取るのは骨が折れた。朔良は彩が傍に居る事のみを求めているように、側から離れることを極端に嫌がった。父親から、彩がその年の大学受験を諦めたことを聞かされても、そうなんだと返事をしたきり気の毒がったりもしていない風だった。それほどの犠牲を払っても、彩が傍に居さえすればいい、歩けなくても構わない……そんな風に思っているのではないかと思...

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嘘つきな唇 22

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彩はやりきれなかった。拳を握りしめて、鈍色の空を仰いだ。「……俺のしてきたことはなんだったんだよ。何の意味もないじゃないか……」勝手に転院を決めた朔良にも腹が立ったし、それを許した親も理解できなかった。傍に居て欲しいと縋るように望まれ、苦痛が少しでも和らぐのであればと、全てをなげうった。自分のせいで朔良が怪我をしたと、いつも彩は自分を責めていた。完全に元通りと言う訳にはいかないだろうが、頑張り次第では...

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嘘つきな唇 23

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久し振りの自宅での夕食時、彩は自分の両親に朔良の現状を説明した。この先、朔良の面倒を見るのは止めようと思うんだと、核心に触れるより前に報告をしておかなければと思った。家は近いが、まだ両親は朔良が退院したことさえ知らなかった。母の心づくしの料理に、心がほぐれる気がする。「朔良はリハビリセンターのメニューがきつくて逃げ出したんだよ。あの根性なしの面倒を見るのは、もう嫌になっちゃった。あいつ、全然頑張ら...

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嘘つきな唇 24

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彩は部屋にこもった。部屋の中央には、昨年の地方予選の時全員で撮った写真が大きなパネルになって飾られていた。キャプテンとしてチームを率いた自分が、入場行進の後貰った参加賞のメダルを掛けて少し気恥しげに中央で笑っていた。その横には緊張して顔が強張った里流がいる。この頃、まだ里流は可哀想なほど体力が無くて、まともに捕球すらできず身体中傷だらけだった。「あ~、ボールがイレギュラーして顔面に当たったころだな...

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嘘つきな唇 25

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それに、この話を受けてしまったら枷(かせ)になるのではないかと、心の片隅に引っかかるものがあった。「仕事のことは分かりました。それで伯父さんの会社にお世話になったとして、仕事の合間に俺に朔良の面倒を見ろと言う事ですか?それだったら、バイトの合間にでも出来ると思います。コンビニとかだったら、時間ごとにシフトが組めるから大丈夫なはずです……。」「いや。朔良の面倒を見る代わりに、仕事として日当を受け取ると...

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これまでと、今後のあらすじ

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(先輩×後輩 再会物)片桐里流(かたぎりさとる)織田彩(おだひかる)***織田朔良(おださくら)自分のせいで怪我をしてしまった朔良の足が治るまで、傍に居ると決めた彩。我儘に手を焼きながらも少しずつ良くなってきた朔良に、彩はふと自分の夢を思い出す。いつかは大学に行って、子供達の手助けをしたい……そんな夢を話す彩に母は彩の知らなかった現実を語る。思いがけない父親の多額の借金に、彩は打ちのめされ、夢が遠のく...

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嘘つきな唇 26

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結局、彩は朔良の父親の申し出を受ける事にした。考えた末に決めた彩の報告を、母親は涙を浮かべて聞いた。無理をしていると分かっていても、朔良の父親が提示した条件は大卒と同じもので、彩の家にとってもありがたい申し出だった。「そう……。そうすることにしたの。彩はそれでいいのね?」彩は肯いた。「俺も今のままだと身分は高卒でしかないわけだし、伯父さんの所みたいな企業にはなかなか入れないからね。でも、いつになるか...

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嘘つきな唇 27

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すぐそこに看板が見えているスポーツ用品専門店まで行くのに、45分も掛けて二人は到着した。すっかり朔良は疲れ果てていた。靴売り場に置かれたソファにしゃげつくように腰掛けた朔良に、見繕って来てやるからここで待ってて、と彩は声を掛け、売り場へと一人向かった。ふと彩は同僚の姿に気付く。右も左もわからない途中入社の彩に、講師としてのノウハウを教授してくれた親切な二人だった。声を掛けようとして近付いた時、彩は...

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嘘つきな唇 28

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気付けば、あの事故から三年の月日が過ぎていた。週三日のリハビリは少しずつ効果を上げ、朔良は流れる足を引きずりながらではあったが、杖の助けを借りて何とか自力で歩行していた。彩が傍に居る事で落ち着きを得て、朔良の親も喜んでいた。しかし、以前のように普通に歩けるようになるには、痛めた足にもう少し体重をかけて歩く訓練をしなければならない。痛みに弱い朔良に、それはかなり困難だった。一度変な歩行癖がついてしま...

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