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Category: 漂泊の青い玻璃  1/3

漂泊の青い玻璃  【作品概要】

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再婚によって、兄弟となった三人の物語。 5歳の時、父を病気で失った大槻琉生(おおつきるい)は、不遇な環境で育った聞き分けの良い少年だった。生活を担う母が夜の勤めに出ている間は、入院している父の病室でひっそりと過ごした。やがて父が亡くなり、母は知り合いの勧めに応じて、二人の男児を持つ寺川というライターと再婚する。寺川の妻は子供を置いて、家を出ていた。金の苦労は無くなったが、なさぬ仲の子供たちは多感な...

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漂泊の青い玻璃 1

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バイトを終えてアパートに帰った琉生は、部屋に入るなり妙な違和感に襲われた。独り暮らしで誰も訪れるものなど無いはずの部屋に、誰かの気配がある。4畳半二間しかない奥の部屋に、点けた覚えのない灯りがついていた。「……あれ……?」そっと窺って寝台の上に誰かが横たわっているのを確認する。顔の方に毛布が掛けられ、血の気の無い足先だけが見えていた。鼓動が早くなり、昏い不安が広がってゆく。もしかすると、この場所を父に...

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漂泊の青い玻璃 2

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数時間後、ドアを叩く激しい音に、琉生はやっと気付いた。痛む頭を押さえ、這いながら何とかドアを開けた琉生は、今度はいきなり罵声を浴びせられた。「てめえっ!琉生っ!いるならさっさと出て来い。何分待たせるんだ。」「ごめん、ちょっと頭痛くて……」「で、親父は?」「……お父さんが、どうしたの?つか、何でここがわかったの……?」「親父から、動けないからからここへ迎えに来いって、メールが有ったんだよ。何かあったら言っ...

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漂泊の青い玻璃 3

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急ぎ自宅に帰ると、数台の赤色灯が回っていた。近所の噂雀が門から覗きこみ、家の様子を伺っている。「あ、この家の子よ。」「揃って帰って来たわ。」何か言いたそうなご近所のご婦人方に一瞥をくれたきり、言葉を交わすでもなく二人は玄関に入った。「兄貴。親父はどうしたんだ?警察と救急車が一緒なんて……酔っぱらって階段からでも落ちたのか?」「隼人……。父さんが自殺した。俺が救急車を呼んだ。警察にも電話したから、おそら...

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漂泊の青い玻璃 4

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検死の後、担当刑事は何度も寺川家に足を運んだ。刑事の訪問は、普通の家の者にとっては余り嬉しいものではない。隼人などは、くたびれたコートを着た渋谷という刑事に向かって、露骨に嫌そうな顔を向けた。「刑事さん?まだ何か?」「しつこくてすみませんね。現場に日参するのも仕事のうちでしてね。お邪魔しても?」「断ってもいいんですか。」「ああ、琉生さんもいらしたんですか。」「ええ。父の四十九日の法要が済むまでは、...

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漂泊の青い玻璃 5

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確かに琉生には、どこか浮世離れした雰囲気が有った。サイズの合わないシンプルな白い麻のシャツを無造作に着た琉生は、華奢な体つきのせいか、一見したところ男か女か分からない中性的な雰囲気がある。髪が伸びたのを緩く後ろで一つにまとめているせいで、余計にそう見えるのかもしれない。琉生は絵を描くのに熱心なあまり、自分の事にはかなり無頓着だった。様子を見る限り、血の繋がりがないという二人の兄とは、確かに上手くや...

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漂泊の青い玻璃 6

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12年前、母は琉生を、寺川は男の子二人を連れて再婚した。新しい父は、若い妻に逃げられ男手ひとつで二人の息子を育てるのに苦労していた。家政婦を雇うことは思い至らず、周囲も勧めなかったらしい。琉生の母は経済的に追い詰められ、心身ともに疲れ果てていた。互いに利害の一致した再婚だったと言える。しばらくは互いに気を遣い合っていた。新しい父は文筆業を生業にし、殆ど自室にこもって仕事をしていた。職業のイメージ通...

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漂泊の青い玻璃 7

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尊の首に必死にしがみついて、琉生は頭の中のドーベルマンを追い払おうとした。「隼人っ!いい加減にしろよ!」「ば~か!ちび琉生の泣き虫。がう~っ!」「うわ~~~~あぁ~ん……」「よしよし……琉生。大丈夫だ。後でお兄ちゃんが隼人の事、ちゃんと叱っておくからな。近藤さんちのドーベルマンは、琉生の事を噛んだりしないよ。」尊はしゃくりあげる琉生の背中を、ぽんぽんと宥めるように撫でた。「ひっ……っく……ほんとう?」「あ...

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漂泊の青い玻璃 8

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琉生は覚えている。寺川の父と結婚する前、明るい髪をかき上げながら、歌うように母は言った。頬を染めて少し嬉しそうな母は、その日初めて、琉生に再婚相手の話を告げた。「ねぇ、琉生。お母さんね、琉生に紹介したい人がいるの。新しいお父さん欲しくない?」「新しい……お父さん……?」「そう。紹介していただいたの。その方が一度、琉生と会ってみたいっておっしゃったの。どうかな。」「琉生くんは……」そんなものは欲しくなかっ...

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漂泊の青い玻璃 9

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※琉生と闘病中の父親の悲しい別れの描写があります。ご注意ください。廊下を歩く微かな足音に、琉生の父親は直ぐに気付いた。紫煙と脂粉の入り混じった妻の香りがする。「あなた。気分はどう?」「……ああ、美和さん。お帰りなさい……」「琉生はぐずらなかった?」「全然……今日も琉生はいい子だったよ。ずっとお絵かきをしててね……後、琉生が絵本を読んでくれたんだ。この子は賢いね。もう、ひらがながすらすらと読めるんだよ。」「...

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漂泊の青い玻璃 10

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小さな子供がいる琉生の母は、思うような職に就けず、結局近くのスーパーにパートの職を得た。地域の民生委員の骨折りのおかげで、琉生は何とか公立保育園に編入することができた。私立の無認可保育園では、預けるお金が高くて、とても親子2人やっていけない。たまたま転勤する人がいて、空きが有ったのが幸運だった。琉生と母は、しばらくは朝型の生活になれるのに苦労した。慌ただしく時は過ぎてゆく。保育園のお迎えは、いつも...

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漂泊の青い玻璃 11

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母がどうやって新しい父と知り合ったのか、琉生は詳しいことは知らない。きっと母も父が亡くなった後、あれこれ悩んでいたのだろう。母に身寄りがないことは、琉生も知っていた。保育園の敬老会に、琉生には誰も来なかったから。ある休日、母は琉生に一番いい服を着せて、遊園地に行こうと誘った。「ゆうえんち……?保育園は、お休みするの?」「先生には、お母さんが電話したから大丈夫。」琉生は遊園地に行ったことが無かった。父...

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漂泊の青い玻璃 12

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遊園地の入り口で、琉生と相手の家族は初対面の挨拶をした。「こんにちは。琉生くん?」「……こんにちは。大槻琉生(おおつきるい)です……。」母の後に半分隠れて、何とか初対面の三人に挨拶をした琉生の目線に、上の兄だと言う少年が降りた。「お利口さんだね。きちんと、ご挨拶できるんだ。僕は、尊(たける)って言うんだ。こっちは、隼人(はやと)とお父さん。あっちに、ソフトクリームを売ってる売店があるんだよ。一緒に行っ...

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漂泊の青い玻璃 13

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琉生は母と別れ、尊と隼人と三人で、前方の席に座った。「琉生くん、ほら、こっちこっち。」「お~、やるなぁ、隼人。いい席じゃないか。」「きゅうこうじゃーが好きだって言ってたからさ、前の方が喜ぶって思ったんだ。ほら、ここならレッドがすぐ傍を通るだろ。琉生くんは、ここの通路側に座るんだよ。」「うん。」「おれたちは、すぐ横の席にいるからね、何かあったらすぐに隣りの尊お兄ちゃんに言うんだよ。」「わかった~。」...

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漂泊の青い玻璃 14

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公演後、戦隊ショーの半券を手にした琉生は、尊に抱き上げられて、初めて間近で見たテレビの中でしか会ったことのない正義の味方と、握手をした。舞台に参加した記念に貰った、きゅこうじゃーの特別な帽子をかぶった琉生に、レッドが気付いた。「琉生くん。今日は一緒に戦ってくれて、本当にありがとう。おにいちゃんとこれからも仲良くね。」「うん。……あの、レッド。手は痛くない?」「きゅうこうじゃーのスーツが守ってくれたん...

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漂泊の青い玻璃 15

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馴染みのラーメン屋に紹介された寺川という男は、最初は無口で神経質な印象だった。むしろ無愛想と言ってもいいかもしれないくらい、口数は少なかった。だが、ありったけの勇気を振り絞ったのだろうか、二回目に会った時いきなり、もしあなたさえ良かったら子育てを手伝ってくれませんかと、素直に頭を下げて美和を驚かせた。高学歴で自尊心の高い男だと、認識していたから意外だった。美和自身は釣り合いが取れないような気がして...

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漂泊の青い玻璃 16

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母は胸騒ぎを感じた。隼人は俯いたきり、顔を上げなかった。「あの、お隣の奥さま。……隼人君が何か……?」「あら、寺川さん、いらしたのね。何でもないのよ。前の奥さんと、わたし達仲良しだったから、今どうしているのかと思って話を聞いたのよ。でも、隼人君は知らなかったみたい。お邪魔しました~。」「いえ……」「そのうち、お茶でもしましょうね。寺川さん。」「はい、よろしくお願いします。」琉生の母親は、そそくさとその場...

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漂泊の青い玻璃 17

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塾から帰って遅い食事を取る長男に、思い詰めた母親は声を掛けた。「尊君……食事中にごめんなさい。ちょっと話をしてもいいかしら.」「お母さん?大丈夫だけど……何かあったんですか?」「実はね……隼人君の様子が、ずっとおかしいの。最近、わたしとも琉生とも話をしてくれないの。身体の具合が悪いわけではないようなのだけど……お父さんは仕事が忙しくて話を聞いてくれなくて。どうしていいか……わからないのよ。きっと何か悩んでい...

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漂泊の青い玻璃 18

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仕方なく尊は、琉生を連れて隼人の部屋を後にした。これ以上の言い争いは、琉生の居るところですべきではないと思ったからだ。頑なな隼人が何故あんな風になってしまったのか、もっと詳しく聞くしかないと考えていた。「ねぇ、琉生。たまにはお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ろうか。頭洗ってやるよ。」はっと瞠目した琉生は、尊の誘いをあっけなく蹴った。くるりと背を向けてしまう。「……いい。琉生くん……ぼく……後で一人で入るから。...

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漂泊の青い玻璃 19

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琉生が朝、顔を洗っている時、隼人が背後から近づいてくる。顔色も変えないで、すれ違いざま隼人は、柔らかい二の腕をつねり上げた。「いたっ……!」驚いて怯えた目を向けた琉生に、薄ら笑いを浮かべた隼人は、直も手を上げようとする。「や……めて。隼人兄ちゃん。」思わず琉生は自分の顔を庇った。「隼人!何をしている。」見守っていた尊に、全てを見られたと知った隼人は狼狽した。思わず視線が泳ぐ。「罰だよ……。こいつの母親と...

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漂泊の青い玻璃 20

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隼人は二階に駆け上がると、懸命に書斎の扉を叩いた。「どうしたんだ。」「お父さん!大変なんだ!お母さんが、倒れた!お母さんが……」「美和っ!?」隼人のただならぬ様子に、驚いて部屋から出てきた寺川は、直ぐに救急車を呼んだ。意識を失くしたままストレッチャーに乗せられた蒼白の顔に、さすがに隼人は責任を感じ顔をこわばらせていた。尊にしがみついて泣く琉生の背中に、小さな声で「ごめん。」とつぶやいたが、琉生には聞...

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漂泊の青い玻璃 21

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幸いなことに母は、琉生が中学にあがっても直、しばらくは永らえた。少しでも琉生の傍に居てやりたいという願いは、何かに届いたのだろうか。季節は幾度も、木々の色を変えた。*****その頃を思い出すと、琉生の記憶の中の母は、西洋のお伽噺に出てくる少女のように静かに横になっていた。快活に家事をする母の姿はもうなかった。ゆっくりと時は過ぎ、花がしおれるように母は床につくようになっていた。広いリビングの陽の射す...

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漂泊の青い玻璃 22

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遅かれ早かれ、いずれその日は誰にも訪れる。それは琉生にも、十分すぎるほど分っていた。母の肌は、石膏の彫像のように白く美しく透明になり、琉生に別れを予感させた。細くなった腕には、血管から注射液が漏れて青紫の痣を作り、訪問する看護師が注射をする場所がないわと嘆いた。琉生はできるだけ明るい話をした。「お母さん。先生がね、子供美術協会に送った絵が特賞になったって教えてくれたよ。県下ではぼくだけが特賞だって...

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漂泊の青い玻璃 23

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父への不満もあって、強くドアを閉めたら自分でも驚くほど、大きな音がした。「琉生。帰ってたのか。」部屋から出てきた隼人に呼び止められた。「……お母さんの具合はどうなんだ。少しは良いのか?」「お父さんに聞いた方が良いんじゃない?ぼくは傍に居ると、すぐに追い払われるんだ。」すねたように、琉生は口をとがらせた。「なんだ、機嫌悪そうだな?生意気な口を叩くようになったじゃないか、ちび琉生。犬が怖くて泣いてたくせ...

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漂泊の青い玻璃 24

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隼人は声を潜めた。「あのな、武の彼女ってな、武以外の奴とも付き合ってるんだ。むしろ、本命の相手が構ってくれなくて暇だから、映画とか買い物とかカラオケとか、遊びたいとき誘ってる。言わなくても友達の分までお金出してくれるから、お財布代わりで超便利~って言ってたぞ。」「ひど~……!隼人兄ちゃん、相手の人を知ってるの?」「まぁ、ちょっとな。」琉生は目を見開いたまま、言葉を失ってしまった。「まさか、隼人兄ちゃ...

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漂泊の青い玻璃 25

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琉生は、肩越しに優しい声を聞いた。「寂しいか、琉生?」「うん……」尊が家から居なくなると考えただけで、涙が出そうになる。「でもね……僕は早く収入のある大人になりたいんだ。どんな時も琉生を守れるようにね。だから、寂しくても少しの間、我慢するんだよ。僕も琉生に会えないのは寂しいけど、しばらくして落ち着いたら、時々は戻って来るから。」「尊兄ちゃん。ぼく、もう6年生だから大丈夫。我慢する。」尊の言葉の裏にある...

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漂泊の青い玻璃 26

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尊の進学は、すんなりと許された。家を出てゆくことにも、父は別段難色を示さず、母だけが心配そうだった。「まあ、若いうちは何事も経験だ、家を出て自炊するのもいいだろう。やりたいことが見つかったのなら、後の事は気にしなくていいから、好きにしなさい。」「はい。次の土曜日にでも、下宿先を探そうと思ってます。」「そうか。来月になったら込み合うだろうから、早いほうが良いだろうな。」「あなた。最初は色々買い揃える...

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漂泊の青い玻璃 27

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見上げたまま、どれくらいそうしていただろう。「あの……何かご用かしら?今日は病院はお休みですよ。」声を掛けて来た看護師に、しばらくの間琉生は返事を返せなかった。それほど絵に見入っていた。青い空を浮遊する、大きな虹色のシャボン玉の中心で、健やかに眠る赤子は、きっと自分に違いない。柔らかな光に包まれて浮かぶ儚いシャボン玉は、もしかすると母の胎内で育ってゆく自分の事を描いたのだろうか。そこにいる女性は、琉...

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漂泊の青い玻璃 28

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帰りを待ちわびていた母の元に、琉生は息せき切って走った。「お父さんの絵、すごかった~。ぼく、見に行って良かった。また、絶対見に行くんだ。」孤独な老人が絵を眺めて涙した話を、琉生は母に教えた。琉生の話は、母を喜ばせた。「そう。その方はそんなに喜んでくださったの。良かった。」「お父さんはいないけど、絵の中に三人でちゃんといたよ。お父さんと話した気がしたんだ。お母さんも一緒にいけたら良かったね。いつか、...

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漂泊の青い玻璃 29

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哀しみの中に居ても、人は前を向いて生きて行かなければならない。成長した子どもたちは、それぞれに母のいない寂しさに慣れ、日常を取り戻しつつあった。琉生も抱えた空虚にいつしか慣れ、兄たちは懸命に琉生を支えた。しかし父だけはいつまでも、捕らわれた暗闇から脱出できなかった。仕事と称し、書斎に引きこもって物思いにふけるばかりだった。中学に上がった琉生は、朝、サッカーの練習に出かける隼人の為に食事の用意をする...

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