番外編 赤べこ 2
日々は瞬く間に過ぎてゆく。
「急ぎ支度せよ、杏一郎。若君がお呼びじゃ。」
真夜中、城中から使いの者が来て、急ぎ登城するようにとの沙汰が有った。
「……何事です……こんな夜更けに。」
「若さまが、泣いておられるそうじゃ。」
「またですか……」
12歳になった杏一郎は顔を歪めた。
「もう赤子ではないのです。若さまも泣き疲れたら眠るでしょう。明日、藩校に行く前に登城いたしますから、お使者様にはそのようにお伝えください。」
「これ、杏一郎。そうはいかぬ。この前のように泣きすぎて引きつけが起きたら何とする。お前も慌てたではないか。」
「あれは……癲癇(てんかん)かと思って、いささか驚いただけです。なれど子供の痙攣はよくあることだと藩医殿が申しておりました。杏一郎は余り甘やかしては、若さまの御為にならないと思います。」
そう言いながら、杏一郎は夜着を脱ぎ捨て袴を身に付けた。
「では……行ってまいります。」
父は苦笑している。なんだかんだ言っても、結局、鶴千代に甘いのは誰がどう見ても当の杏一郎だった。まるで血のつながった本当の弟のように、接していた。
*****
「……鶴千代さま?」
寝間に入ると、何故か鶴千代は部屋の片隅で、掛け布団をかぶり震えていた。
「若さま。どうされたのです。」
「……しらぬ……どうもせぬ……」
「わたしをお呼びになったのではないのですか?」
「……」
杏一郎は知っていた。
武家の子供は、早くから親と離されて養育される。
幼い時から人質となり親と別れることも多い為、あえて余り情を掛けないようにするのだ。鶴千代も藩主夫婦と過ごす時間は限られていた。
主な世話は数人の侍女と乳母がし、家中で選ばれた剛の者が守り役として付く。藩主として厳しく躾けられる日々の中で、藩校帰りに城に立ち寄り相手をしてくれる杏一郎と過ごす短い時間だけが、鶴千代のかけがえのない時間だった。
もう少し、傍に居てくれと全身で訴える鶴千代を、毎日城に残し杏一郎は自宅へと戻る。正直、同い年の友人たちと過ごす方が楽しいと思う事もある。鶴千代は聞き分けの良い子供ではあったが、時に杏一郎はつれなかった。
杏一郎は家に帰れば、甲斐甲斐しく母が世話を焼いてくれ、父が晩酌をしながら毎日話を聞いてくれる。
そんな恵まれた自分とは違う、幼い鶴千代の寂しさを、今一つ分かっていなかったのかもしれない。
掛け布団の中の鶴千代に、そっと声を掛けた。
「鶴千代さま……杏一郎も鶴千代さまと同い年の頃、よく怖い夢を見ましたよ。」
「……ほんとう……?」
「大きなだいだらぼっちが追いかけて来るのです。わたしは泣きながら一生懸命逃げるのですが、向こうは体が大きくて足が速いので、捕まってしまうのです。」
「つ、鶴も……逃げたけど……捕まってしまうの。杏一郎はそれからどうしたのじゃ……」
「だいだらぼっちはわたしを摘み上げて大きな口をあけました。あ~んとあけた口は火が燃え盛るようで、ちりちりと着物の裾が燃えるのです。」
「…………」
「それでわたしは大声で父上の名を呼んで、目を覚ますのですが、そのときにはもう粗相をしてしまって、下帯が濡れているのです。若さまも、一生懸命お逃げになったのですか?」
「う……ん。でも、乳母やが……おこるの。もう五つの袴着のお祝いもお済みになったのに夜尿(よばり)をなさるとは……って……でも、目を覚まして呼んでも、誰もこないの。宿直(とのい)の間はここからは遠いし、それにお廊下は暗くて……鶴は……一人で厠(かわや)にはいけないの。」
「お廊下にも明るい行燈を置いていただきましょう。」
くすん……と洟をすする音が聞こえた。
BL……ベイビーラブもちょっとだけ成長しています。
夜が怖いちび殿さまは、杏一郎が来るのをじっと待っていたみたいです。
( *`ω´) 杏一郎 「まったくもう~、みんなが甘やかすから……」
(´;ω;`) 鶴千代 「……くすん……」
「急ぎ支度せよ、杏一郎。若君がお呼びじゃ。」
真夜中、城中から使いの者が来て、急ぎ登城するようにとの沙汰が有った。
「……何事です……こんな夜更けに。」
「若さまが、泣いておられるそうじゃ。」
「またですか……」
12歳になった杏一郎は顔を歪めた。
「もう赤子ではないのです。若さまも泣き疲れたら眠るでしょう。明日、藩校に行く前に登城いたしますから、お使者様にはそのようにお伝えください。」
「これ、杏一郎。そうはいかぬ。この前のように泣きすぎて引きつけが起きたら何とする。お前も慌てたではないか。」
「あれは……癲癇(てんかん)かと思って、いささか驚いただけです。なれど子供の痙攣はよくあることだと藩医殿が申しておりました。杏一郎は余り甘やかしては、若さまの御為にならないと思います。」
そう言いながら、杏一郎は夜着を脱ぎ捨て袴を身に付けた。
「では……行ってまいります。」
父は苦笑している。なんだかんだ言っても、結局、鶴千代に甘いのは誰がどう見ても当の杏一郎だった。まるで血のつながった本当の弟のように、接していた。
*****
「……鶴千代さま?」
寝間に入ると、何故か鶴千代は部屋の片隅で、掛け布団をかぶり震えていた。
「若さま。どうされたのです。」
「……しらぬ……どうもせぬ……」
「わたしをお呼びになったのではないのですか?」
「……」
杏一郎は知っていた。
武家の子供は、早くから親と離されて養育される。
幼い時から人質となり親と別れることも多い為、あえて余り情を掛けないようにするのだ。鶴千代も藩主夫婦と過ごす時間は限られていた。
主な世話は数人の侍女と乳母がし、家中で選ばれた剛の者が守り役として付く。藩主として厳しく躾けられる日々の中で、藩校帰りに城に立ち寄り相手をしてくれる杏一郎と過ごす短い時間だけが、鶴千代のかけがえのない時間だった。
もう少し、傍に居てくれと全身で訴える鶴千代を、毎日城に残し杏一郎は自宅へと戻る。正直、同い年の友人たちと過ごす方が楽しいと思う事もある。鶴千代は聞き分けの良い子供ではあったが、時に杏一郎はつれなかった。
杏一郎は家に帰れば、甲斐甲斐しく母が世話を焼いてくれ、父が晩酌をしながら毎日話を聞いてくれる。
そんな恵まれた自分とは違う、幼い鶴千代の寂しさを、今一つ分かっていなかったのかもしれない。
掛け布団の中の鶴千代に、そっと声を掛けた。
「鶴千代さま……杏一郎も鶴千代さまと同い年の頃、よく怖い夢を見ましたよ。」
「……ほんとう……?」
「大きなだいだらぼっちが追いかけて来るのです。わたしは泣きながら一生懸命逃げるのですが、向こうは体が大きくて足が速いので、捕まってしまうのです。」
「つ、鶴も……逃げたけど……捕まってしまうの。杏一郎はそれからどうしたのじゃ……」
「だいだらぼっちはわたしを摘み上げて大きな口をあけました。あ~んとあけた口は火が燃え盛るようで、ちりちりと着物の裾が燃えるのです。」
「…………」
「それでわたしは大声で父上の名を呼んで、目を覚ますのですが、そのときにはもう粗相をしてしまって、下帯が濡れているのです。若さまも、一生懸命お逃げになったのですか?」
「う……ん。でも、乳母やが……おこるの。もう五つの袴着のお祝いもお済みになったのに夜尿(よばり)をなさるとは……って……でも、目を覚まして呼んでも、誰もこないの。宿直(とのい)の間はここからは遠いし、それにお廊下は暗くて……鶴は……一人で厠(かわや)にはいけないの。」
「お廊下にも明るい行燈を置いていただきましょう。」
くすん……と洟をすする音が聞こえた。
BL……ベイビーラブもちょっとだけ成長しています。
夜が怖いちび殿さまは、杏一郎が来るのをじっと待っていたみたいです。
( *`ω´) 杏一郎 「まったくもう~、みんなが甘やかすから……」
(´;ω;`) 鶴千代 「……くすん……」
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