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Category: 落日の記憶  1/1

落日の記憶 【作品概要】

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今回は、平成大江戸花魁物語の主人公、澄川東呉の祖父の若いころの話です。美老人、澄川財閥当主、澄川基尋が戦後、大江戸へ行った前後の頃の物語です。公家華族として何不自由のない暮らしを送っていた、柏宮基尋の生活は戦後一変しました。お金に困った多くの華族たちと同じように、苦労する父親(柏宮子爵)の窮状を見かねて、基尋は大江戸に行く決心をします。小姓の柳川浅黄を供に連れ、花菱楼の裏木戸をくぐった基尋の運命は...

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落日の記憶 1

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通いなれた洋館の螺旋階段を慌ただしく駆け上り、澄川財閥の直系、澄川東呉(すみかわとうご)は当主の部屋を訪ねた。大学を卒業してから、系列会社に入社以来既に数年の時が経っている。少年の面影を残し、東呉は26歳になっていた。「柳川さん。じいちゃんの具合はどうなの?」「ああ、東呉さま。少し高い熱が出ましたので、連絡させていただきました。今はお薬が良く効いて熱も平熱まで下がったようです。驚かせて申し訳ございま...

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落日の記憶 2

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かつて、華族と言う階層が有った。*****明治新政府が、公家、藩主諸侯、そして自分たちが特権を得る為に新しく作った華族制度は、大戦後GHQによって廃止され、それ以来華族階級の生活は一変することになる。平安時代から続く由緒正しき高貴な柏宮子爵家も例外ではなかった。50人もいた使用人も財政難で今や櫛の歯を抜くようにすっかり減っている。10万円以上(今の価値だと約5000万円以上)の財産を保有する華族に課せら...

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落日の記憶 3

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基尋は父の部屋の前で、一つ大きく息を吸った。普段、めったに直接顔を合わせることはない親子だった。「失礼いたします、おもうさま(お父さま)。基尋です。」「ああ、お入り。」「……とうとう、進退窮まってしまったよ。先祖伝来の土地を全て物納することになりそうだ。金庫の中に在る金は、価値の無いただの紙くずになってしまった。」「……そうですか。暎子お姉さまから頂いたお金を納めても、足りなかったのですか?」美貌で名...

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落日の記憶 4

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意を決して、ついに基尋は父に心の内を打ち明けた。「お父さま。基尋(もとひろ)に出来る事はありませんか?光尋(みつひろ)お兄さまは、戦場からやっとお帰りになりましたけど、ひどいお怪我をなすって療養中ですもの。ぼくが御家の為に何かできるのなら、おっしゃってください。……柏宮の屋敷を守る為なら何でも致します。おもうさま(お父さま)おたあさま(お母さま)に、これ以上のご苦労をおかけしたくありません。」「優し...

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落日の記憶 5

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基尋は記憶を探った。「花魁……?光尋お兄さまがお連れになっていた綺麗な方でしょうか。あの、前で帯を結んだ儚げな方……?」「そうだ。ああいう席に男芸者を上げるのはどうかと思ったのだが、光尋が今生で最後になるかもしれないから逢わせてくれと、頭を下げたのでな。遊びも知らない堅物だと思っていたが、たまに大江戸へ出かけていたようだ。」基尋はその時、酒席を離れた兄に紹介されて、雪華花魁とわずかに言葉を交わしていた...

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落日の記憶 6

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公家華族として何不自由のない暮らしをしてきた、柏宮男爵家の二男、柏宮基尋は思い詰めた顔をまっすぐに父親に向けていた。「もう、全てお話下さい。お父さま。基尋(もとひろ)は、何を聞いても驚きません。」「……しかし。」「よく考えた上で、お返事いたします。帝大病院に入院しているお兄さまの病院代のお支払いに、蔵の骨董品を二束三文で手放したのでしょう?お金が必要なのは基尋にもわかります。玄関の古伊万里の大皿もい...

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落日の記憶 7

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家を思う基尋は、何も知らなかった。基尋の手を曳きながら笑顔を向ける、本郷の宮と呼ばれる伯父には、昏(くら)い思惑があった。実は、縁戚の本郷宮は正室の子ではない。嫡男の早逝で、成人してから本郷宮を相続はしたものの、商家の出の側室腹風情と散々陰口をたたいた華族社会に溶け込めず、彼らをひどく憎んでいた。中でもその頃ずっと思い続けていた公家の姫君に、求婚しようとした矢先、あっさりと横合いから攫うように射止め...

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落日の記憶 8

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基尋は本郷宮と別れ、浅黄と二人、花菱楼の建物を見上げた。「ねぇ、浅黄。大江戸は明治のころに建てられたと言う話だけれど、花菱楼ってずいぶん立派な建物なんだね。」「若さま。浅黄は何だか胸がどきどきいたします。」くすっと基尋は優しく笑った。「ぼくもだよ。でも、大丈夫。こうして手をつないでいれば怖くないよ。お行儀はよくないけれど、ここで一つ金平糖をおあがり。」「はい。」「おいし……」金平糖の甘さに、思わず二...

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落日の記憶 9

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風呂の外へ放り出された浅黄と、他の男衆が揉めていた。「いやですっ!若さまに何をする気ですか!若さまー……」「ええっ、小雀がぴいぴいうるさいねぇ。ほら。おまえは雑用係だ。男衆の所にお行き。若さまには、「検め」が待ってるんだよ。」「若さまーーっ!いやだ、若さまーー!」「放して!放して!若さまーーっ!」きつく閉じられた板戸一枚が、主従を遮っていた。やがて、浅黄の泣き喚く声が遠くなってゆくところを見ると、ど...

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落日の記憶 10

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身体の左半身をすのこに付けて、言われるままに膝を抱える。「こ…、こうですか?」「ああ、そうだ。」排泄される場所にぷつと侵入して抜き差しされる、油に濡れた指が気持ち悪く、基尋は思わず身を捩った。「じっとしてな。」言われるまま、動くまいとしても叶わなかった。身体を固くして唇をかみしめ、基尋は耐えたが抱えた膝が小刻みに震えた。。「……ううっ……」……ふと、男の背後に硝子の大きな注射器が満たされて、金属の盆の上...

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落日の記憶 11

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やり手が「恨むなよ」と、一人ごちながら湯屋の引き戸をからりと開けると、そこには怒りで唇を震わせる雪華花魁の姿があった。「ぅあっ。こ……これは花魁。何か御用で?」「ああ。……何でも新参の男衆が庭でぴいぴい泣いていたのでね、詳しく訳を聞いたんだよ。大事な主人の若さまが、あちらの湯屋で惨い目に遭っているのです、お助け下さいと、可哀想に泣き崩れていたよ。」男の顔色が変わった。「こ、これはその……」「この花菱楼で...

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落日の記憶 12

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……基尋は、白く靄(もや)のかかった広い庭を歩いていた。人影はなかった。見えない足元はふわふわとしていて、まるで伸びた芝の上を歩いているような気がする。丈の短い五色の撫子の花が、こんもりと群れになって所々で咲いている。「若さま~!若さま~……」「……浅黄……どこなの?」振り返っても、そこには小姓の浅黄はいない。「おかしいなぁ……浅黄はどこにいるんだろう。一緒に、花菱楼にやって来たのに……」おお~~い……と、遠くで...

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落日の記憶 13

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鋭利なガラス片のたちこんだ足は、結局、何針も縫う事になってしまった。医者はいずれにしても傷は残るだろうが、傷を目立たなくするために現に戻って入院するようにと勧めたが、既に世間を知った基尋は肯かなかった。自分はもう逃げ場の無い籠の鳥になったと、基尋は理解していた。*****それから程なく、傷の癒えた基尋は、浅黄と二人改めて花菱楼楼主と対面した。楼主は雪華花魁に話を聞いて居たらしく、基尋に同情的だった...

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落日の記憶 14

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雪華太夫は、登楼した馴染みの客に自慢げに新しい弟分の話をした。「わっちは心底驚いたのでありんす。本郷の宮様が連れてきたあの子は、真に思わぬ拾い物でござりんす。何もわからぬ若さまを哀れと思って、様子を見ておりんしたが、どうしてどうして……」嬉しそうに話をする雪華花魁を見やり、うんうん、と馴染みは肯いた。「器量もいいし、心映えもいいと言うんだろう?この頃雪華は、あの子の話ばかりだね。一度逢わせてほしいも...

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落日の記憶 15

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馴染みの澄川は、そっと雪華花魁の頬に大きな手で触れた。「現に大事な間夫(こいびと)がありながら、情が深いね、雪華。いつでも代わりに身請けしてあげようと言っているのに諾とは言わないのだね。わたしに借りを作るのはいやかい?」「勿体無いことと思っておりんす。なれど、そこまで主さんに甘えては、申し訳もありんせん。わっちの、突出しも水揚げも花魁道中も、みんな主さんが、たんと御金を使って下さいんした。主さんの...

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落日の記憶 16

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ささめと六花は、こうして無事に禿の時期を過ごしていた。六花の働いた分は、ささめの借りた分にしてやろうと、楼主の粋な計らいで僅かではあったが少しずつ借金は減ってゆく。六花は行儀見習いということになっていた。高級娼館花菱楼では、花魁に付いた座敷で、客がくれる駄賃だけでも相当な金額になった。雪華は中でも最上級の花魁であったから、時代は不景気でも客も金離れがよかった。二人してもらった小さな部屋の押し入れに...

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落日の記憶 17

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坪庭の八重桜が、ほころび始め季節の移り変わりを告げている。瞬く間に4年の月日が流れていた。花菱楼の禿、ささめは少年の面影を残したまま、美しく成長していた。鏡の中のささめは、髪結いと化粧師の手で華やかな姿に変えられていた。雪華花魁は、出来上がってゆく新しい振袖新造に微笑みかけた。「ささめ。綺麗にできたね。」「あい。ありがとうございんす。兄さんのおかげで、この日を迎える事が出来んした。」巷では、天子様...

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落日の記憶 18

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「もう……現にはわっちの身内はおりんせん。とうに……亡くなったと思っておりんす。」雪華花魁は不思議だった。誰にも秘密にしていたことを、なぜこの子は知っているのだろう。「だれかがお前に話をしたかい?もしや……本郷の宮さんが袖を引いて、お前の耳に入れたかい?男衆には決して、あの方を取り次がないように、きつく言い置いたのだけれど。」「いいえ。実は……わっちは足を怪我したときに、三途の渡しまで行きんした。お父さま...

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落日の記憶 19

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大江戸の大門が開くと同時に、澄川はささめの水揚げの為に、花菱楼へ登楼してきた。共に禿だった六花は、本来なら現に帰れるが、今は男衆見習いとなり様々な雑用をこなしている。どうしてもささめの傍にいたいと言い張って、見習いが終わっても基尋の年季が明けるまで本名の浅黄として花菱楼で働いていた。「細雪花魁。澄川さまがお越しになりました。」「あい。ありがとうございんす。お待ち申しておりんした。」細雪はやっと伸び...

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落日の記憶 20

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細雪は頬を染めて肩をすくめ、その場に固まってしまった。細雪は、うっかり気付かないで粗相をしてしまったと思ったらしい。声が上ずってしまった。「あ……の、旦那様。わっちは何かいけないことを申しましたでしょうか?どうぞ、お許しくんなまし。」「いや、いや。余りにすれていないお前が可愛くてね、どうしようかと思ってしまったんだよ。ここにきて、お前をよぉく見せておくれ。」「あい。ご存分に検分しておくんなまし。」打...

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落日の記憶 21

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高級娼館花菱楼でも、時々は一人の男女郎を奪い合って客通しが喧嘩沙汰になったりもする。酔客は大門で断りを入れるが、中で飲んだ分にはどうしようもない。そんな時は花菱楼の男衆が自警団として、ならず者は直ぐに処断する。場合によっては、現の警察に突き出すこともある。だが聞こえて来たのは、どうやらそんな雰囲気ではなく、まっすぐ細雪花魁に向けられたものだった。聞き覚えのある声で現での名前を呼ばれ、思わず細雪は部...

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落日の記憶 22

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相手が聞き分けるとは思わなかったが、雪華は毅然として伝えた。「本郷様。細雪には、もうお相手が決まっておりんす。」「だから話をしている。なぁ……徳子は元々俺のものになるはずだったんだ。少しばかり見目良いからと言って、柏宮が横合いから掻っ攫って行ったんだ。基尋は徳子に瓜二つなんだ。金ならいくらでも積んでやるから、ここに連れて来い。俺があいつを身請けする。」「そのお申し出は、きっぱりお断りいたしんす。」「...

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落日の記憶 23

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懐から黒光りのする拳銃を取り出すと、本郷は一発天井に向けて撃った。銃声を聞き、細雪は思わず部屋を飛び出した。自分の為に、わざわざ時間を作り登楼してくれた澄川の身が心配だった。「本郷の宮様。何をなさっておいでなのです。こんなところで、そんなものを振り回すなんて……おやめください。」「徳子……あんたに贅沢させてやるために、俺は馬車馬のようにがむしゃらに働いたんだ。いっそ、一緒に死のう……な?……なぁ、それだけ...

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落日の記憶 24

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伸ばし続けた髪に、ばさりとはさみを入れ、細雪花魁は慌ただしく男姿になった。年齢に似合わない細身の背広は、澄川からの贈り物という事だったが、今は疑問を抱く間もなく、湯を使い化粧を落とした。浅黄が時折鼻をすすりながら、支度を手伝ってくれた。仕立ての良いもので寸法も合っていた。「お父さん。支度が出来んした。」「細雪。今からは名前をここに返してもらうよ。」「?……あの……わっちはまだ年季が明けておりんせん。」...

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落日の記憶 25 【最終話】

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現の帝大病院の外科に担ぎ込まれた雪華は、すぐに緊急手術を受けた。弾は貫通していたが、至近距離から撃たれた為に傷は大きく、縫合に時間がかかり澄川の血が輸血された。本郷はGHQに賂(まいない)を贈り、多くの仕事を手に入れたらしいが、澄川もまた大物実業家として進駐軍上層部と付き合いがあった。澄川が手を尽くし、希少なペニシリンを手に入れたおかげで、傷も膿むことなく雪華は無事本復したという。雪華花魁の現での名...

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今更、挿絵とあとがきなど

図書館に、お取り寄せをお願いしてあった、戦後の華族の本が届きました。[元華族たちの戦後史]、[華族たちの昭和史]、[華族]の三冊です。連載終ったけど、読んでみるとなかなか興味深いお話しが転がってきます。いつか、また書きたくなった時のために、___φ(。_。*)メモメモ……上記の絵は、細雪の水揚げの日の艶姿です。お絵かきって、さぼるとどんどん下手くそになってゆくのね。がんばろう、このちん。(`・ω・´)...

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