Category: 鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 1/1
鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 1
ポストの中に待ちわびた合格通知を見つけて、都築陽太(つづきひなた)は小さくガッツポーズをした。「よっしゃ!サクラサク!」それは行きたかった本命の大学から送付されて来たもので、これでやっと家を出る口実が出来た。既にネットで合格は確認済みだったが、こうして書類が届くと現実に動き出す口実になる。一度家を出てしまえば、自由に生きられる……それだけを望んで、これまで懸命に机に向かって来た。何の不満があるわけで...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 2
「あの、隣に座ってもいいですか……。」と言葉を続けて来たのが「桜口鏡弥」(さくらぐちきょうや)との最初の出会いだった。重ねてきた言葉に、しつこいなと思い、意識して嫌そうな顔を作り視線を向けた。目に入ったのは、清潔な細いストライプのシャツに、濃紺のカーディガン。それが、少女のようにはにかんだ鏡弥との出会いだった。「一人のご飯は味気ないから……。隣りいいかな。」ごくり…と、知らずに喉が鳴る。ずっと思い描い...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 3
息を吐く。息を吸う。初めて本気で愛した青年とのセクスはどこか歪な気がして、陽太は最初戸惑った。「こうすれば、一番陽太を感じるんだ。だから、ね……。ぼくは、きっとローマの皇帝だったんだよ。」鏡弥は陽太の分身が自分の中に埋められると、首を絞めてくれとねだった。牢の中に薔薇の花を降らせ窒息させた、ローマ皇帝の名を鏡弥は口にした。そんな所さえ、陽太の好きな所だ。「ぼくはヘリオガバルスになって、陽太を愛するん...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 4
「あの人たちだ。」「陽太……どうしたらいい?お金、ない…………どうしよう。」「大丈夫だ。鏡弥。」黒いスーツの猛々しい男たちの目に触れないように、陽太は車椅子を押して、鏡弥を自動販売機の横に隠した。状況を知ることの方が先だ。「修理代はいくらだって?」「軽く見積もって65万円だって。でも、ほんとにほんの少し、当たっただけなんだよ。爪の先でちょっと削ったくらいの……きっと何かで擦ればわからなくなると思う位の、小...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 5
つくづく考えが甘かったと、陽太は思う。早く事件を公にし、警察に足を運び、法に照らすべきだった。思えば最初から全て間違いだらけだった。やがて、ポストを開けずとも、督促状が何通も溢れるように入るようになっていた。返済期日を知らせる葉書の束を握り締める陽太の実家は、田舎の旧家で資産も多い。だが、学生だからと言って、遊ぶ金を惜しみなく与えるような愚かな親ではなかった。正当な理由があれば納得して、ぽんと出し...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 6
夕暮れの校内は、二部の学生がそろそろ入って来るころだ。そこに、知った者はいない。かさ……。足音にふと視線を巡らせば、そこには見知った顔がある。「え?鏡弥……。」病院にいるはずの鏡弥が、ここにいるわけはない。だが、驚くほど似た面差しだった。「……鏡弥がお世話になっています。」深々と頭を下げた青年は、鏡弥と服の趣味も違い、雰囲気こそ違うが、体つきも首の細さも鏡弥によく似ている。何より長い睫のけぶる小さな顔が...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 7
「鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス」 以後の話は展開上、予告なく加虐描写などが出てまいります。ご注意ください。興味のない方、理解できない方は、速やかにお帰り下さい。通いなれた事務所に入り、頭を下げた。奥の続き部屋に繋がる扉が、わざとかどうかほんの少し開かれて声が漏れていた。聞き覚えのある声が、悲鳴に変わった。「ぃ、いやぁーーーっ!」「鏡弥っ?」顔色の変わった陽太を愉快そうに、そこにいた金融業者が...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 8
「鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス」 以後の話は展開上、予告なく加虐描写などが出てまいります。ご注意ください。興味のない方、理解できない方は、速やかにお帰り下さい。「陽太さん。……鏡弥は君を騙したんだ。ごめんね……ぼく、知っていても何もできなかった。内側で、じっと見ているしかできなかった。」「内側で見てた……?」「う……ん。ぼくも……鏡弥も、最初から、陽太さんを騙すつもりで近付いたんだよ。」「最初から全部...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 9
阿鼻叫喚の凌辱の宴に放り込まれた生贄のように、充弥は男たちの間で、翻弄されていた。ありえない体位で、まるで劣情を受け止めるだけの入れ物になってしまった青年を、陽太はじっと言葉も発せず見つめていた。ひくひくと酸素を求めて喘ぐ魚のように、薄い胸が上下する。痛ましくも目の離せない光景だった。やがて……痙攣の止まった恋人が、ぐいと半身を起こし身を捩ると、おさまっていた男の物をずるりと抜いた。「ああっ!もう~...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 10
桜口充弥の二重人格の要因は、分かりやすく説明できる。肉体を苛まれる現実から意識を切り離し、作り上げた違う人格に意識を開け渡すことは本能的な防衛反応だ。精神的、肉体的に与えられる激しい苦痛を、快楽と感じる新しい人格(鏡弥)を作り、充弥は現実から逃避した。充弥は痛みに耐えかねて、自分のすべてを丸ごと鏡弥に手渡した。……だから、ここに居るのは充弥の作り上げた別人格の「鏡弥」だ。中学生の充弥よりも少し大きくて...
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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 11 【最終話】
大学を卒業後、陽太は表向き総合病院の嘱託外科医の仕事に就いた。その気になれば借金はすぐに返済できたが、あえてそうしなかった。組とも縁を切らず、けが人が出た時は直ぐに駆け付ける便利な存在になった。その代り、白い肌の少年を報酬として貰った。「陽太さ~ん。」「おお。今日は、特別可愛いな、充弥。」「ありがと。お誕生日だから、がんばっちゃった。」陽太の腕に縋りつくのは、めかし込んだ充弥だ。小さな顔に薄く白粉...
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情人よ、深く眠れ 1
陽太の腕の中に、最愛の人が居た。精神科で催眠療法を受け、深く眠ってるのは、心の中に別の人格を持つ「桜口充弥」だ。充弥は中学の時に、父親の抗争に巻き込まれ犠牲になった。生まれ付いての清楚な美貌に目を付けられ、父の命の対価として求められ、反目する組の構成員たちから激しい暴行を受けた。陽太が自由な身にするまで、扱いやすい手駒の一つとして充弥は扱われていた。「鏡弥。聞こえるか?上がって来い。」陽太は、充弥...
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情人よ、深く眠れ 2
鏡の中に、充弥は鏡弥を見ていた。「……こうして話すのは初めてだね。鏡弥なんだ……?」「ああ。」独り芝居のような二人の会話を、陽太は見つめていた。「鏡弥は、ぼくが酷い目に遭った時だけ出て来るんだよね。記憶が飛ぶから、大分前から薄々は気付いていたよ。ぼくが気を失って、覚えていなくても、あいつらがいつも満足してたのが不思議だった。」「ぼくは充弥が気を失った時だけ、表に出てこれるんだ。あんなひどい目に遭って、...
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情人よ、深く眠れ 3
それは、これまで実際に存在するかどうかわからなかった、第三の人格の出現だった。ISHは、全ての人格の観察者であり、理解者でもある。その口調は柔らかく、どこか女性的な印象を受けた。充弥と鏡弥に起こったすべての事柄を知っている、慈愛に溢れ包容力のある存在だった。どんな多重人格者の中にも、ISHは存在すると、今は広く知られている。一人の時もあれば複数存在する場合もある。交代人格の作り出した問題を知り、極...
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情人よ、深く眠れ 4 【最終話】
鏡弥は満足げに微笑むと、別れを告げた。静かに、そしてゆっくりと、眠りの世界へと沈んでいったようだった。知らずに自分の頬も濡れているのに陽太は気付いた。自分だけの肉体を持っていなかったが、確かに鏡弥は存在した。最愛の恋人との別れは、陽太にとっても胸が痛むほど切なかった。*****「鏡弥は、あなたをとても愛していたのね。統合はうまくいきました。充弥と鏡弥は互いに必要な人格だったと認め合いました。」明良...
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情人よ、深く眠れ 【あとがき】
作中、時々出てきました「ヘルマプロデュートス」という両性具有の別名に関しては、おそらく此花の作品を読んでくださる皆さま方には、よく御存じのお話ではないかと思います。「ヘルマプロデュートス」とは、神話の世界、ヘルメスとアフロディーテという超美形カップルの息子、へルメスにしてアフロディーテという名の美少年の名前です。彼は、あまりの美しさに、あちこちから求婚されていました。ニンフ(妖精)にも、告白されまし...
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