番外編 赤べこ 3
「寒くはありませんか?」
「……あい。」
「ちょっとお待ちになってくださいね。」
そっと触れてみても、たいして濡れていない。恐らく部屋の外が暗くて厠に行けず、我慢しきれずに失禁しただけなのだろう。
僅かに濡れたふとんをひっくり返して、鶴千代を入れようとしたとき、布団の中から何やらころりと足元に転がり出てきた。
「あっ……」
初めてお目見えしたときに、杏一郎は自分のお気に入りのお古のおもちゃを、鶴千代に持って来た。赤い牛の頭が揺れるのを小さな鶴千代は気に入って、いつも一人で遊んでいると、大分前に守り役に聞いて居た。
「もう、壊れてしまっていたんですね。それに、すっかり赤い色も剥げている……」
「……す、捨ててはならぬっ!」
「これは、鶴のじゃ……」
鶴千代は壊れた赤い牛のおもちゃを、奪うように胸に抱いた。
「若さま……」
杏一郎の目頭がふと熱くなった。
大切な赤牛を抱えて丸くなった鶴千代が、哀れで愛おしくてならなかった。
厳しく躾けられて、5歳になってからは、お一人で寝間にお行きなさいと言われた鶴千代には、きっと杏一郎に貰ったこの小さな赤牛だけが心の拠り所だったのだ。
「さあ、お寝間にお入りください、鶴千代さま。杏一郎はずっと、お傍に居りますからね。」
「……ほんとう?杏一郎……帰らないで鶴の傍に居るの?」
「鶴千代さまが眠るまで、襖の向こうに居られるように、殿さまにお願いしてみます。鶴千代さまの夢の中に入って、杏一郎が魔物をやっつけて差し上げます。」
「……杏一郎がいっしょなら、鶴も泣かずに退治する……」
「では、げんまんしましょう。武家の子は強くあらねば。」
「……げんまん……」
体温の高い子供が、懐で杏一郎を見上げて、濡れた頬でにっこりと笑った。
おでこをくっつけて小さな小指を絡め、鶴千代と杏一郎は約束の指切りをした。
忠義な国家老の子息の申し出に、藩主は異例の許しを与え、廊下ではなく寝間の中に衝立を置き、それからしばらくの間、杏一郎は鶴千代が一人で眠るまで傍に居た。
*****
二人の絆は、互いが藩主となり国家老となっても、揺らぐことはなかった。
藩主の居室には今も、色の剥げた赤い牛の玩具がある。
不器用な子供の手で修繕した赤い牛は、元通りにはならなかったが、触れるとぎこちなく首を振った。
番外編 赤べこ -(完)-
お読みいただきありがとうございました。
小さな郷土玩具は、二人にとっても大切なものになりました。
(`・ω・´)杏一郎 「鶴千代さま。直して差し上げますから、お貸しください。」
(´・ω・`) 鶴千代 「……やだ……」
次は、もう少し成長し、婚儀を迎える杏一郎と揺れる鶴千代のお話しを書きたいと思います。
もう少しお付き合いください。 (*⌒▽⌒*)♪此花咲耶
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