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Category: 淡雪となりて  1/1

淡雪となりて 1

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大久保家嫡男、大久保是道が華桜陰高校を中退後、優秀な成績で陸軍士官学校に入学してから、早三年の月日が流れていた。陸軍士官学校に入学してから翌年すぐに開戦した日露戦争の戦火は広がり、何度も兵士の増員が求められている。卒業確定後、慌ただしく大久保少尉候補は騎兵として戦地に赴くことになっていた。出征を祝う宴は、戦時下でありながら、華族の大久保家にふさわしく高級料亭を貸切にして開かれた豪勢なものだった。上...

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淡雪となりて 2

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このまま是道が出征して詩音と二人戦死してしまえば、自分の犯した大久保家の秘密は永遠に守られ家は安泰に続くと義母は思って居た。日露戦争が始まってすぐに、義母は大久保家の当主をたきつけた。今こそが、「華族は皇室の藩塀」と示す最大のご奉公の時ではないのかと……。「悠長に華桜陰高校などで学ばせていないで、呼び返して陸軍士官学校へでもやっておしまいになってはいかが?ご維新から勇名を馳せた大久保家の面子というも...

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淡雪となりて 3

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本来ならば馬に乗り戦うはずの騎兵が、馬から降りて歩兵として決死隊に参加する。騎兵といいながら二人は馬を下り、砲兵、歩兵としてコサック兵とも戦った経験があった。満州の騎兵隊から志願してこの地で決死隊に合流した二人は、寒さに強い北海道旭川の精鋭部隊(15000人)に参加を許されていた。矢玉に限りのある決死隊は、夜陰に紛れ奇襲攻撃に打って出ることになる。騎兵の使う銃は、簡単に分解出来て携帯するのに都合が良...

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淡雪となりて 4

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「若さまーっ!」動けないはずの詩音が、どっと是道に覆いかぶさり土の上に押し倒した。どんどんと腹に弾のめりこむ感触が伝わる。おそらく腕を立てたまま詩音は背後から銃弾を食らっている。是道は下から魚のように跳ねる詩音を見上げる格好になって、壕の底に転がっていた。戯れのような露兵の短い攻撃の後、静寂が訪れていた。「詩音っ!詩音っ!?」どっと被さって倒れ込んだ血の気のない真白い顔が、必死に問う。「わ、若さま...

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淡雪となりて 5

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是道は単身、敵の陣近くに駆け上がった。菩薩と言われる顔に美々しい笑みを浮かべ、見張りの兵に声を掛けた。驚いて訝しげな顔を向けた相手兵に、おもむろに軍刀を放り投げ自分は丸腰だと教える。上着を脱いで振ったら、向こうから手招きをした。おそらく「ここへ上がって来い」と言っているのだろう。投降してきた見目良い将校に、露西亜兵が興味を持った……そんな風だった。*****明治時代の戦争は、それ以降の世界大戦とは違...

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淡雪となりて 6 【最終話】

一個師団の中の小隊を率いた大久保是道の挙げた小さな戦果は、苦戦続きの帝国陸軍にとっては大きなものだった。屍の山を築いていた日本軍は、ここに一つの糸口をこじあけ、蟻の一穴に28cm榴弾砲と共に肉弾攻撃を注いだ。弾薬も尽き、従軍した兵士の夥しい(おびただしい)肉体を犠牲にして203高地は、やっと陥落した。「大久保少尉。気が付かれましたか?」覗き込む下士官の顔が、詩音じゃないのに気が付いて是道は顔をしかめた。...

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