番外編 変わらぬ想い 1
藩の重役、5人いる家老職の一人の娘、琴乃との婚儀が進められていた。
国一番の美姫と言われる琴乃には、いくつもの縁談が持ち込まれていたらしいが、琴乃は
双馬杏一郎さまをお慕いしておりますと、頬を染めたらしい。
当の杏一郎はすっかり失念していたが、いつか雨の日に琴乃が神社へ詣でた折り、鼻緒を切ってお付きの者と二人で難儀していたのを、すげてやって以来慕っていたという。
「父上。わたくしは、双馬杏一郎さまと添いとうございます。」
「うん、そうか。双馬殿のご子息ならば、家の格も釣り合ってよろしかろう。しかし、すでに琴乃と知り合いであったか。」
「いいえ、父上。杏一郎さまは、琴乃のことなど覚えておられぬかも知れませぬ。でも、雨の日に、袴の裾が濡れるのも構わずに鼻緒をすげ替えてくださった杏一郎さまの御優しさは、本物だと思います。鶴千代さまにも慕われていると聞き及んでおりまする。」
「そう言えば、城内で鶴千代君(ぎみ)を乗せる馬にもなっておったな。」
「まあ……お馬に?」
「なんでも、馬の背は高いから慣らしておくのだと申して、肩車をして庭を走っておった。」
「お優しいこと……」
琴乃は楽しげにころころと笑った。
*****
杏一郎が馬になった甲斐あってか、すでに鶴千代は自由に一人で馬に乗れるようになっていた。
鶴千代と鞍を並べ、国境まで遠出をした杏一郎は、近々嫁取りをすることになりました、と主人に告げるつもりだった。
眼下には広く御城下が広がっている。
山が迫り平野は少なく決して豊かな国ではないが、季節の移ろいは美しかった。
春は梅、桃、杏、桜と花色を変え、里の野山は今も薄桃色に染まっている。
「美しゅうございますね。杏一郎はここからの眺めが、藩内で一番綺麗だと思っております。」
「うん……鶴も、ここからの眺めは好きじゃ。空が広く見えて、気が晴れ晴れとする。」
「鶴千代さま。今日は御報告が有って、遠乗りにお誘いいたしました。実は、殿のお許しを頂戴して、杏一郎は近々妻帯することと相成りました。」
「……父上から聞いておる。いつまでも、杏一郎の手を取ってはならぬと言われた。武家は妻女をめとって子をなしてこそ一人前。……これからは、杏一郎はご妻女のものとなるのじゃな……幼い頃のように、後を追って泣いたりはせぬから、心配いたすな。」
聞き分けの良すぎる10歳になる鶴千代の寂しげな視線は、じっと眼下に広がる風景に向けられていた。温んだ風が前髪を弄る。
こうして二人で眺める事も、これからはそう幾度もあるまいと頑なに思っていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
前後編でお届けしまっす。 此花咲耶
(´・ω・`) 鶴千代 「……鶴には赤べこがあるから、一人でもだいじょぶ……」
(`・ω・´) 杏一郎 「またそのような強がりを……」
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