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隼と周二 恋人たちの一番長い夜 3 

救急車が来ても、周二は同乗しなかった。
「何もできずに隼の側にいるより、俺は俺のすべき事をするから。おまえ、行ってくれ。松本」
「……わかりました。何かありましたら、すぐに連絡入れます」
今はぐったりと物言わぬ恋人を松本に託して、赤色灯は忙しなく大学病院へと走り、周二は気合を入れて両手で顔をぱんと張った。
「ふんっ!!」
そして、傍に居る木本に一言掛けた。
「さ、行こうか」
「どこへです?」
「出し惜しみするなよ、木本。もう、掴まえてんだろ?バラしに行く」
薄く若者らしい笑みさえ浮かべて、周二は飄々としていた。
だが、守役としてはここは本心を隠して、とめねばならない。

「周二坊ちゃん。後はこちらに任せてもらって、坊ちゃんはねんねが目覚めたときに側にいてやった方が良くないですか?」
「隼が死にそうな目に合ってるときに、側にいてやれなかった俺が、どの面下げて目が覚めたとき会うんだ?逢うのは、片付けてからでいい」
「駄目です、周二坊ちゃん。」
自暴自棄とも取れる言葉に、木本は思わず本気で止めにかかった。
「何言ってるんです。ねんねはマル暴の沢木のせがれですよ、そんな報復求めません。周二坊ちゃんが、両手を血に染めちまったら、自分のせいだと知ったねんねの傷口がもっと広がってしまいます」
周二は子どものように木本に食い下がった。
「何で止めるんだ!?だったら何で隼は、病院に運ばれなきゃならないんだ?あいつの仇は沢木にゃ、ぜってぇ討てないだろうがよ!沢木の代わりに、俺が消してやろうってのが何で悪いんだ!!え、木本!俺を納得させてみろ!」

木本は周二の姿に見惚れていた。
そのまま、喉笛を噛み切らせてやりたいと、本心が疼く。
「おまえも、知ってるんだろ?隼は、ガキの頃のトラ……のせいで、親しいヤツとのしゃべりがガキみたいだったり、チンポもちっこいままホーケーだったりするんだろ?それって、成長が止まってるってことなんだろ?」
だからこそ今でも沢木は隼の動向に目が放せず、追跡機能もはずせないでいるんじゃないか、と周二が言う。
周二の理屈は、確かに的を得、恐ろしいほど理にかなっていた。
大方の話は沢木に聞いていたが、普段の会話や些細なやり取りの中で、周二はそこまで自分なりに情報を拾っていたのかと木本は驚いていた。
とうとう腹を割って、真面目に向き合って話をすることを決めた。
ここで引き止めなければ、周二は正真正銘の犯罪者になることを厭わない。
自分が法律となって、愛するものを貶めた輩を本気で抹殺しようとしていた。
返り血を浴びる周二を、密かに心裏で見たいと願っている木本には決してとめられないだろう。

「周二坊ちゃん。いっそこれを機に、ねんねと別れちまえばどうです?」
瞬時に顔色が変わり、野生が牙を剥いた。
「てめぇ、木本っ、親父の付けた守役だからって、ふざけたこと抜かすんじゃねぇ」
「生憎、木本は至極、本気ですがね。何度もこういうことが起こると、この先、ねんねは周二坊ちゃんの荷物になりかねない。坊ちゃんは、ねんねが絡むと理性がどこかへ飛んじまうようですからね。危うすぎるんですよ、端で見てると」
ぎりと奥歯をかんで、周二はあまりに正論を語る木本をねめつけた。
「木本っ、隼は俺が手に入れたくて、無理矢理連れてるんだ。これ以上、俺と隼のことに口出しするな。聞かなかったことにしてやる。終いにしろ!」
周二の瞳の奥に燃え上がった青い焔に、何を言ってもより勢いが増すだけなのだと知り、木本は口をつぐんだ。

内心、恐怖しながらも、周二の纏う殺気を恍惚とずっと眺めて居たかった。
視線を外した周二の背後に、気圧が迸っていた。
もう、この狼を止めるのは、隼の父親の沢木か、実父の三代目しかいないだろう。
手に負えないどころか、止めようとすればきっと自分も致命傷を負って、もろともに赤い海に沈む。
「周二坊ちゃん。ばらすなら、後始末はこちらでやります。ただ、いつかは考えなきゃならないって事だけは含んどいてください。それと、沢木の旦那がねんねのことで話があるから、今すぐ病院に来いとメールが着てます。バラシはそちらを先に済ませてからに」
「わかった」
「隼坊ちゃんを酷い目に遭わせた野郎が恐怖に怯える時間は、沢木の旦那にとっても長いほうが都合いいんでしょうよ」
沢木の呼び出しにどこか落ち着かない周二に、木本は大丈夫だと頷いた。
「ご心配なく。サツには渡しませんし、こうなった以上、こちらも乗りかかった船です。わたしも、本当のところ、食っちまいたいくらいねんねは可愛いですからね。これでも、内心煮えくり返ってんですよ。」

渡された携帯を床に叩きつけて踏みつけると、周二は病院へと向かった。




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