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隼と周二 恋人たちの一番長い夜 5 

周二は傍らの椅子に、崩れるように座り込んだ。
やりきれなかった。
恨み言も泣き言もないなんて……
「その後、隼は長いこと苦しんだじゃないっすか。なのに何で、そんな……犯人を庇うようなこと、言うんだよ。俺、仇を討ってやるって決めたのに」
「最初、聞いたときは俺もそう思った。警察も、今の地位もどうだっていい、やったやつを同じ目にあわせてやるつもりだった。そのことしか、考えられなかった」
その場で拳銃で犯人を撃った後、自殺しようかと思ったと沢木は語った。
だが、一人残された息子はどうなる?と、ほんの少し残った理性が沢木を現実に引き戻した。

「病院で気が付いたとき、一人ぼっちになってしまった隼が、俺を恋うて泣くんじゃないのかと、思ったんだ。まあ、俺にはこいつを独り残して、死ぬ勇気は無かったって事だな」
周二は、隼の手を握って沢木の話を黙って聞いていた。
「隼な・・・、自分が裂かれてるときに、犯人が泣いてるのを見たって言っていたよ。だけど、いろんなことを受けとめられなくて、精神と身体がうまくバランス取れなかったんだろうなぁ。身体が良くなった後も、時々意識が戻らなくなったり、些細なことで、今と同じような状態になることが何度も有ったよ」
この小さな身体で、受けとめられ無いほど辛い目に遭って、想い人は固く目を瞑る……
「みんな、俺のせいなんだ」

可愛い顔と声で、いつも「周二くん」と少し恥ずかしそうに名を呼んだ。
「あいつの言葉で犯人は目が覚めたみたいだった。すまないって床に額をすりつけて、裁判の間も詫びをいい続けたな」
「そいつ、今は?」
「罪を認めて、今はちゃんと更生して社会復帰している」
何で、そいつが普通に生きてるんだと、椅子を蹴立てて思わず周二は叫んだ。
「俺はあんたと違うっ!ぜってぇ、許さない!こいつをこんな目に合わせたヤツが、これからのうのうとお天道さんの下を大手を振って歩くなんざ俺は認めねぇ!見つけたら同じ目にあわせて、頼むから殺してくれというほど後悔させてやる」
「まあ、落ち着けよ」
「サツの沢木さんじゃ、隼の仇は取れねぇだろ?だったら、俺が代わりにミンチに刻んで海に沈……っ!」
「馬鹿野郎っ!!」
沢木の怒号と共に、周二は病室の床に叩きつけられた。
「わかんねぇやつだな。おまえは、バカか?考えろ。おまえが年少だの刑務所だの実刑くらって入っている間、誰がこいつを守るんだ?おまえの覚悟は、そんな薄っぺらな物なのか。本気でこいつを、護るんじゃなかったのかよ。」
「隼……だって俺は、こいつの仇を討ってやりたいっ!」
どっと、涙が噴くように溢れた。
「俺は、隼をこんな目に合わせたやつを許せない。ちくしょうっ、どうすればいいんだよーーっ!」

肩を震わせて、周二は男泣きに泣いた。
たった一人の愛する者も護れないで、何が恋人同士だ。
唯一、本気の愛だと、自分でも思っていた。
甘く愛を語るだけの関係じゃなく、魂で繋がっていたかった。
だが、隼を独りには、できない。
……したくなかった。
「隼」
隼の枕元に這い上がって、小さな恋人の顔を眺めた。
幼い頃から隼は強かったのか。
こんな酷い目に遭わされても、相手を許せるほど強かったのか……
おたおたと翻弄される俺のほうが弱いのか?
隼の顔が新しい涙で滲んだ。

「隼、俺、どうすればいい?俺、おまえがいうとおりに何でもするから。おまえ、俺にどうして欲しい……?言ってくれよぉ、なぁっっ!」
静かな病室に、周二の慟哭が響いた。
隼の枕が、周二のとめどもない涙を吸った。
「隼、頼むから、俺を一人にするな、隼。何か言えよ、隼。ずっと、一緒にいるんだろ?今日もめのほよう、するんだろ……?」

理不尽に倒れた恋人は過去に囚われて、綺麗な顔を歪め苦しんでいた。
油断すれば、足元から精神を喰らい尽くそうとする黒い恐怖と闘っていた。。
話を聞いただけでも背筋に冷たいものが流れる、隼の過去だった。
周二は祈った。
「一度、勝ったんなら頼むから、もう一度勝ってくれ。もう一度、俺の元に帰って来い、隼。俺、おまえが居なくなるって考えただけで、まともに立ってられねぇんだ……」

浅い息をつき、穢れのない天使が、薄く目を開ける。
しばしばと何度も瞬きが繰り返された後、やがて光が宿り目の焦点があった。
細い指が緩く弧を描いて、周二の髪に軽く触れた。
「隼ー……っ、隼っ……」
「……は……い……」
信じられない思いで、ばっと濡れた顔を上げた。
「泣かないで……しゅう……じ、くん」
「隼っ、大丈夫なのか?」
「だって、周二くんが泣くんだもの……ぼくが側にいないと、駄目なんでしょう?泣き声が聞こえたよ……あんまり辛そうなんだもん、心配」
ふる……と、周二の唇が歪んだ。
もう、いい……
生きてるだけでもういい……
誰が何を言おうと、子連れ大魔神、沢木の目の前だろうと周二は隼の胸元に顔を埋めた。
「隼ーーーーーー・・・っ!!うっ・・・うっ・・・う”ーーっ!う”ーーーっ!う”ーーーっ!」
客観的に見れば、可愛くも何ともない野獣の唸りと咆哮が、病室中に響いた。
傍らに所在無く困ったような表情を浮かべている父親と目が合い、自分のために周二が泣いていると、隼は気付いたようだった。
静かに熱く胸に零れてくる周二の滂沱の涙に気付いて、隼は聖母の微笑を浮かべると、ピエタのように想い人の頭を優しく抱えた。
「いい……こ。……周二くん、いい子。」

いい子はおまぇだろうがよーーー!と、子どものように頭を撫でられながら、声にならずに周二は吠えた。
熱っぽい隼の肌が、いつもの白桃のような瑞々しさを湛え、鼻先で誘うように甘く匂う。
そうされるのさえ、夢心地で決して嫌じゃなかった。
「よし、よし……もう、泣かないの。周二くんはぼくが、ずうっと護ってあげるからね」
そこも違うーーー!と、叫びたかったが、頬に添う愛おしい手に軽く懐柔されていた。
今や腑抜けのようになって、周二は恋人の胸に抱かれ、半分蕩けていた。
目の前にある、薄い桃色の突起に気が付いてそっと口に含もうとして、思いっきり病院スリッパでぶん殴られた。
「ぃでっ!!くそ親父っ!何すんだよっ!」
「どあほうっ!!親の真ん前で手を出すなっっ!」
病み上がりだろうが!と、沢木はわめき、殴られた痛みで涙は出たがどこか心地よい痛みだった。

病室の外で風に舞う銀杏が、夕陽を受けて黄金に輝いていた。
「綺麗ねぇ。夕陽でできた三角の波が降って来るみたい」
「ああ」

凪の水面に煌く、金波銀波のように散る銀杏を、ふたり寄り添って眺めた。
二人を残して病室から出てゆくとき、沢木はもう一発、周二に拳骨をくれるのを勿論忘れなかった。



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