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隼と周二 学園の狂騒 4 

結局、ドッキリの映像と隼の妖しい朗読劇のCD-Rをセットにして、希望者に予約販売と言う形をとった。
男子も女子も、先生方も購入希望に〇を入れた。
校長には秘密にしていたが、君、後で並んで写真を撮ろうと隼に声をかけていた所を見ると、校長特権で手に入れたらしい。
今なら、先行予約者に限り、写真部が隠し撮りした隼の生写真5枚付きなのだそうだ。
もちろん周二も、個人的に生徒会長を半分脅して注文した。
牛乳瓶の厚底眼鏡から一転、醜いあひるの子もびっくりの変貌を遂げた沢木隼は、周囲の羨望と驚愕の視線に晒されていた。
それまでの影の薄さが信じられないほど、艶めいた美しい少年人形に、皆、息を呑んだ。
「何で、コンタクトに許可なんて出したんだよ。心配じゃね~のかよ」
空いた時間に、茶を飲みにきた隼の父親に聞いてみた。
「あいつ、学校でいきなり有名人になって、大変だぞ」
「どあほう。おまえと一緒にいるようになってから、めがねパーにしたの何回だと思ってるんだ」
「え~と。二回くらいっすかね」
「4回以上だ。あいつのは近視度数が強くて、高圧縮レンズってのを使ってるから、レンズだけでも一枚二万円以上するんだ。両目とフレームで毎回、6万以上だ。こちとら、市民の公僕とはいえ安月給だから、思い切ってコンタクトにさせたんだ。お前がそばにいるから、大丈夫だと思ったんだが、俺の買いかぶりだったか?元の黒縁に戻すか?」
「いえ、大丈夫っす。隼は、絶対俺が護ります」

そう沢木パパに約束したものの、周二はこの最近の周囲の雰囲気が少し気になっていた。
金魚のふんではないが、どうもここ最近取り巻く人間が多い。
考えすぎなら良いのだが、放課後、他校の生徒もちらほら目立つのが気になった。
学校にいる間は、執行部なので一人になることはないが文化祭当日が心配だった。
何しろ、隼は人を疑うことを知らない。
そこも魅力の一つなのだが、一度知らない人にくっついて行って痛い目に遭ったくせに、やっぱり今ひとつ危機感はないように見えた。
「少しは、気をつけろよ」
「周二くんが、いるから大丈夫~」
そういって、肩に頭を預ける隼に優しい目を向けながら、周二の中の野生が危険を告げていた。
往々にして、そういう予感は外れない。

胸騒ぎの、文化祭が始まった。
文化祭当日、父兄席に木本と松本がいるのを見て、周二は噴きそうになった。
「うわ~、何だあれ。浮いてる~」
普通の親父にしちゃ、えらく目立つな、あそこと思ったら木本だったのだ。
どうやら蒼太に絶対来てねと、誘われたらしいのだが、木本の姿を学校でみるのは周二が小学校の参観日以来なので、どこか新鮮だった。
多くの来賓の前で壇上に上がった生徒会長、樋渡蒼太は揺るぎのない自信に溢れていた。
おそらく、挫折と言う文字を知らないでここまで来たのだろう。
年上の恋人との仲も、今は順風満帆に見えた。
隼は結局、まるで芝居心もないので、お姫さまの恰好だけさせられて、希望者と写真を撮られまくっていた。
「白雪姫」
「シンデレラ」
「赤ずきん」
「眠り姫」
30分単位の数々のコスプレで、沢木隼はまるで本物の儚い女の子の演じるお姫さまになって、そこにいた。
さすがに生徒会長の童話の朗読は当然却下となり、周二は密かに胸をなでおろした。
演劇部の女子の手でメイクされた隼の顔は、どうみても毛穴もない肌理の細かい陶器(ビスク)で出来た人形のようで、アイラインは引いたものの自前睫毛はばさばさ、マスカラを塗っただけだというと、他の女子が驚いて卒倒しそうになっていた。
口を聞かなければ、オートマタドール(超絶精巧な中世の機械人形)だといっても誰も不思議には思わないだろう。
石華石膏(アラバスタ)の肌とは、こういうのを言うのだろうと思う。
薄くラメ入りパウダーをはたいただけなのに、なめらかな艶のある透き通るような白い肌に、滲んで浮くようにほんの少しの赤みがほんのりと恥らうように差す。
密かに周二も驚いていた。
薄化粧一つで、隼が生きた人形になってしまった。
衣装を着る前そうっと腕の中に抱えたら、思い切り妄想の中で、あんあん言わせてしまった。

周二の妄想の中で、シンデレラになった隼は散々に虐められた。
かぼちゃの馬車の中で、二人の御者に前後から弄られ、もう舞踏会で王子さまに逢えないと涙ぐんだ。
「いや、いや。王子さまに一目お会いしたかったのに……どうしよう。こんなに感じやすくては、ダンスも踊れない」
奪われたパニエの下の、ぴんくのぞうさんが悲しみの余り、薄い涙を零した。
逃げようとして、ドレスが足に絡まり捕らえれて、再び御者の腕の中に倒れこんだ。
「いやあっ。周二、くん……たすけてっ」

「やめた。あいつのコスプレこれ以上見てたら俺、萌え死ぬわ」
執事は喫茶室に逃亡した。
「ふう~」
疲れてため息を小さくついた隼だったが、並んだ人にもうお終いです、とは口にできなかった。
慣れないコンタクトに目が疲れて、とうとう今は外してしまって、殆ど周りが見えていない。
金髪のかつらをつけて、フリルやリボンの貸衣装を着ると、女の子にしか見えないが隼には自分が見えていなかった。
どれだけ可愛くて、どれだけ嗜虐心を煽るかも。
一緒に並ぶはずの女子が全員、沢木くん一人で良いんじゃないの~といって、逃亡してしまった。
「え?ぼく、独りなの?こんな大勢並んでいるのに、誰か一緒に居てよ~」

誰しも、引き立てられるのはごめんなのだ。



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