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隼と周二 学園の狂騒 6 

隼が野生の巨象に襲われそうになっている、少し前。
休憩時間が終わり、捌ききれない客を待たせて、周二は隼を連れにきた。
食堂のテラスの風の通る、長いすの上、眠り姫が王子の訪れを待って……いない。
「隼っ!」
周二の顔色が変わった。
その後。
誰かが玄関先に取材に来ていたテレビクルーのモニターを見て騒いだ。
「沢木っ?なんでこんなところで、写ってるのーー?!」
同級生が騒いでいたが、なんでそんなところに隼がいるのか、誰にも分からなかった。
本人にすらわからなかった。
眠り姫の長い金髪の隼が、頭に小さな宝冠を載せて街角を彷徨っているのが写っていた。
「あいつ。何やってんだ」
周辺のビルと、道路から見当をつけるとすぐに木本を呼んで車を出してもらった。
あの恰好で、キャバクラの立ち並ぶ通りを歩いた日には、厄介な事になりそうだ。
全世界に治安を誇る日本は、案外裏に入れば抜け道はいくらでもあったりする。
家業のせいで、少しは裏のことも分かっている周二だった。

「お嬢ちゃん、今日何のイベント?」
まだ少し早い時間、繁華街を行く人が声をかける。
一々、「文化祭です」と馬鹿丁寧に応えながら、隼は路地裏に迷い込んでいた。
歩きなれないヒールにとうとうマメが潰れて、泣きそうになって座り込んでしまった。
「周二く~ん、来ない~、えっ~ん」
知らない誰かに押さえこまれて、野生のゾウに襲われる寸前まで行ったが、作業員が仕事で呼ばれているうちに運よく逃げおおせた。
何とか逃げ出せたのと、発作が出なかったのに一安心していた。
どこかの店の裏口だったのか、あ、面接した子ね。そのままでいいから、こっち来てといわれ、どうしていいかわからなくなった。
「違うんです。このかっこはお仕事じゃなくて、文化祭のだから……」
「はじめは、みんな不安なんだよね。大丈夫だよ。ほら、ここの店は、初めての子には優しいから手取り足取り教えてあげる。そのまま、座っていればいいからね。君ならすぐに売れっ子に……?え?まさか、ちょっと、君。おいで」
すぽんとドレスをたくし上げられ、うわ~まじ?とため息をつかれた。
すぐ傍に、熱い息を吐く顔が迫っていた。
「可愛いから、ま、いいか」
そっと長い髪に長い指が入り、かきあげられるとぶるっと背筋が震えた。
丸い肩を引き寄せられて、顎をついと持ち上げられた。
「やっ。周二く、ん」

小さな声でも助けを呼べば、いつも来てくれる。
確かな確信を持って、隼は硬く目を瞑った。
早く、来て。
来て。

「周二って彼氏の名前なの?可愛いから、もしかしてそっち系かなと思ったけど、やっぱりか」
「そっち系ってなに?」
「ちょっとくらいなら、つまんでも良いよね。いただきまーす」
滑らかな薄い胸にそっと指を伸ばして、若い男が遠慮なく隼の突起をなで上げた。
「あっ。つまみ食いは、だ、駄目です~」
「あれ?これ、見たことあるかも」
ぺったんこの胸に、見目良い青年に見覚えのある銀のペンダントが揺れていた。

余りに心細くてとうとう隼は困り果ててしまった。
置かれている状況が分からない。
コンタクトも眼鏡もない今、隼の視界はないに等しかった。
知らぬ間に、のどの奥から嗚咽がこみ上げた。
「周二くぅんっ、えっえっ~ん」
周二くんと名前だけを呼んで泣く、人形のような男の子に、相手はやがて「ああ~、周二かぁ!」と、一つ頷くと、携帯を取り出した。
「もしもし、周二?迷子のお姫さま、一名捕獲してます。泣いてるけど、どうする?」
相手が電話に向かっているのを知って、そうっと隼はその場を後にした。
少しは経験上理解していた。

『世の中、そんなに甘くない。知らない人は危険がいっぱい。逃げるが勝ち。』
「あ!おい!ちょっと待てって!」
「やです~!」
追いかけてきた若い男の声を振り切って、逃げた。
掴まれたイベント用の貸衣装のマジックテープがぺりと剥がれて、男の手に眠り姫の衣装が抜け殻のように残った。
「きゃあ」
長い髪で身体を隠して、長いフリルの付いた下穿き姿のしどけないお姫さまは、王子を求めて彷徨していた。
「何だ、これ。シンデレラなら、硝子の靴じゃね」
友人に電話を貰って、飛んできた周二は、受け取った見覚えのあるドレスに憮然としている。
隼が居なくなる前、着ていたものだった。
「あいつ、まさか真っ裸(まっぱ)ってことはないだろうな」
銀のペンダントを共に作った友人が、ペンダントのデザインを覚えていて電話をくれたものの、そこで捕まえていてくれという願いは叶わなかった。
小動物系は、意外に逃げ足が早かったりするのだ。
周二は持っている野生の感120パーセントで、近くで震える隼の気配を感じ取った。
店の裏口のビールケースの間に、まるで野良の犬猫が暖を取るように小さく丸くなって隼がいた。
「周二くん、周二くん」と呪文のように繰り返しながら怯えていた。
「隼。見つけた」
頭を抱えて隠れているつもりかもしれないが、白いフリルの下穿きに包み込まれた、丸い尻が丸見えだった。
桃だなと、隼の内心の不安を他所にふと思った。
やばい、可愛い。
「あ、ここ」
ふと気が付くと、そこの路地裏は周二と隼の始まりの場所だった。

あの夏の日から、隼と周二の「狂った季節」が始まったのだ。
周二にとってはうんと子供の頃の出会いで始まった、「狂おしい季節」だった。
「迷子の犬じゃないんだから、ほら、隅っこでぷるぷるしてないで、こっち向きなって」
「う~……すぅじぐ、ん~……」←どうやら、泣いてたらしい
迷子の犬じゃなくて、こりゃ雨の日に捨てられた犬だな~と思いながら、胸にかき付いて次々転がり落ちる涙をそっと吸った。
「何で、ここにいるのか、わ、かんないのっ。ぼくね、ラブシートで休憩してただけなんだよ。なのに、野生のぞうさんは来るし、見えないし。こわかった、周二くんっ」
秋の風が肌寒くて、隼は小さくくしゃみをした。
金色の髪が、緩く波を打って小さな顔を直、小さく見せた。
「誰かに、ドレス引っ張られちゃったから、着ていた物もなくなったの」
背後から包み込んで、清らかなお姫さまが胸で交差する腕をそっと下ろした。
「そうしてると、今度は人魚姫みたいだな。そんな風に隠すなよ、隼」
「つまみ食いは、いけませんよ~」
「馬鹿。本気で食うんだよ」
やっと安心できる場所に戻ってきた少年人魚姫の、豊かな金色の髪が丸い肩に滑り落ちた。



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