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隼と周二 番外編 青になれ!2 

校庭練習を早めに切り上げ、いつものように砂浜を走っていた。
どうすれば速く走ることができるかを知るには、浜辺を走るのはもってこいの練習方法だ。
速く、速く、速く。
空の青さに溶けるまで。

「あ、来た」
淳也の砂浜練習はいつも一人なのだが、その日も向こうから走っている人影に気がついた。

いつも手にバンデージを巻いて、減量のためなのか、サウナスーツでずっと長い浜を走ってくる。
以前見たジャージが、同じ学校のものだったから、たぶん同じ高校なのだと思うが、校内であったことはなかった。
通り過ぎるとき、お互いが起こす風でかすかにシトラスの匂いがする。
いつの頃からか、毎日すれ違うたびいつしか手だけ上げて、挨拶するようになっていた。
目が合うと、なぜか鼓動がとくんと跳ねたが、その理由は淳也にはわからなかった。

浜に来る時間が早かったりすると、腰を低くして、たまにシャドーボクシングをしていた。
ボクシング部に、アマチュアボクシングで国体優勝候補がいるといっていたから、もしかすると彼なのかもしれない。
眺めていると視線が絡み、しなやかな動きに思わず見とれている自分に気がついて慌てて目をそらした。
まじまじと眺めたボクシング部の人は、どこか野生の黒豹を思わせる精悍なイメージだった。
言葉も交わさないが、向こうも休憩するときには砂浜に座って、淳也が淡々と走る練習風景をずっとみていた。
400メートルのリレーメンバーに選ばれたんだといったら、もしかすると喜んでくれたりするだろうか。

「まさか……ね。話したこともないのに」
顧問の指導方法の評価は、部内でも意見が割れていた。
先輩の中には一年生がメンバーに選ばれたことで、推薦入試がだめになるかも知れないと言って、頭を抱えたものも入るらしい。
直接顧問に考え直すように、頼みに行ったものもいたらしい。
確かに大きな大会に、出場している、していないの差は大きい。
有名大学への進学で人生が変わるといっても過言ではないから、その必死さにも理解はできる。
だが、気持ちはわかるが意地でも辞退はしない。
そんなことでだめになるような実力なら、例え推薦で入っても大学の厳しい陸上部で上手くいくわけがないと思う。
淳也はそんな風にいつも潔癖で、融通が利かないのが常なのだ。

「いいよなぁ。かわいい顔をしているやつは、えこひいきされてさ」
「どんな手を使ったんだか」
顧問にリレーメンバーに入れてくれと頼みに行ったと噂の、先輩が砂浜にやってきて淳也をとんと、小突いた。
「たまたま、予選会で一度タイムが良かっただけで、そのまま選手に選ばれるなんて何かあるとしか思えないな」
「普通は、トータルで見るだろうが」
向けられた視線に、敵意が含まれているのを感じた。
これまでは、軽くからかっている程度だったのに何か、あったのだろうかと思ってしまう。

「ここで一人、特別な練習してるってのはどういうつもり?この後、どなたかと待ち合わせですか、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんには、何か、違うお願いの仕方でもあるのかな~」
「どうやって、顧問を落としたのか俺にも教えろよ」
ぐいと、練習着の胸元を引っ張られた。
「……ぼく。先生に何も頼んだりしていません!」
腕を振り払い、とうとう口を開いてしまった。
流してやりすごすつもりだったのに。

顧問は経験は少ないが、スポーツで有名な高校に来て必死でメニューを組み立て、自分のプライベートな時間を削って懸命に部活動に力を入れていた。
顧問の練習メニューを、何も分かっていない素人の付け焼刃だと馬鹿にして、彼らは真面目に練習をしていない。
伸び盛りの後輩が、寝食を忘れて放課後暗くなるまでダッシュを繰り返していたころ、学外のハンバーガーショップにたむろしていたのだ。
自分たちのことは棚に上げて、何で絡むんだと腹が立った。
「先輩こそ、おかしいです。陸上ってタイムがすべてじゃないんですか?」
「なっ……」
「スポーツ推薦枠で有名大学に入れると思っているのは、創設者の孫という肩書きがあるからじゃないんですか?」
相手の顔色が変わった。
沢木淳也は、自分が地雷を踏んでしまったことにやっと気がついた。
ざっと数人が、周囲を取り囲んだ。
誰かを挑発すれば、こうなるとは薄々分かっていたのに、頭に血が上った短気をわれながら反省した。
「すみません……言い過ぎました」
「はぁ。言い過ぎた~?で済むのかよ。ちゃんと詫びろよ」
「先輩に対する態度じゃねぇだろ?」
「大体、普段から気に食わねぇんだよ」
多勢に無勢で、詰め寄られた淳也はどっと砂浜に押し倒された。
夕暮れ時分は、犬の散歩をする人にもたまに出くわすが、そんな時間はとうに過ぎていた。
密室ではないが、辺りに誰もいないのが不安だった。
「あっ!」
「頭、下げろよ」
「ほら、悪いと思ってるなら、きちんと下げろ」
足を払われ、砂にじゃりと顔を押し付けられた。
ショートパンツから伸びた薄い筋肉の乗った足が、もがくように跳ねた。
足に押しつけられた、金属のひんやりとした感覚が、背筋をぞっとさせた。
「なぁ。練習中の事故なら、仕方ないよな~。アキレスにするか?」
「じょ、冗談……っ、やめろっ」
「すかした面しやがって」
「一回挫折してみろよ、そうしたら、俺らの傷ついた気持ちも分かるんじゃね~?」
「片方だけにしてやるから、ありがたく思え。ちゃんと押さえてろ!」
「うっわ~、こいつの足、つるっつるっで女みてぇ」
「やっ、やめろっ、放せよっ!いやだーーーっ!あーーーっ……」

叫んだ声は、脱がされ突っ込まれた練習着が、吸った。
振りかぶったバットが、足に振り下ろされる絶対絶命のその時、たったっ……と小気味よい足音が聞こえた。
淳也は、その足音の持ち主を知っていた。
「おいっ、何やってんだ?陸上部。一年だろ、そいつ」
薄暗くなった砂浜で、理不尽に数人がかりで襲われて、淳也はほとんど半裸といってもいいような格好で転がっていた。
練習着を口に突っ込まれ、ショートパンツは半分脱げかけ、スパイクもとられてひどい有様だった。
拘束された真っ白な肢体が、夜目に光っているようだ。
馬乗りになって両手を押さえたやつが、低い声で告げた。
「行けよ。ボクシング部の仙道には関係ない。陸上部内のちょっとした揉め事でね」
「可愛いやんちゃな後輩に、少し礼儀を教えてやっているだけだ」
「行けったら!」
ちらと視線を落としたその人は、ずいと先輩の間に割って入った。
「なあ。陸上部の礼儀ってのは、こうやって何人もが押さえつけて、金属バットで教えるものなのか?俺には、やっちまう寸前に見えるけどな」
「うるさいな、さっさと失せろよ。おまえには関係ないだろっ!」
「毎日挨拶を交わすお友達っていうのは、助ける理由にならないか?」
「はん。お前も、こいつに色目使われたのか?やるなぁ、この淫乱」
「ぼく、顧問だけじゃがまんできませ~ん」

げらげらと笑いながら、むき出しの尻を叩かれ、そんな罵声を浴びた。
何も知らない彼に、そんな話を聞いて欲しくはなかった。
反論しようにも、口がふさがれていて言葉が出なかった。
こんなやつらが、同じ陸上部だと思うとたまらなかった。
心の中の綺麗なものが、ずかずかと土足で踏みにじられている気がした。
拘束されたまま、悔し涙だけが滂沱と頬を伝った。



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