プリンス・マーメイドの涙 後編【R-18】
弟人魚の願いを聞いてやったばかりに、とんでもないことになってしまったと、兄上たちは嘆きました。
やがて、隣国の女装姫(男)が王子の舞踏会にやって来ました。
傍に置いたプリンス・マーメイドの透明な白い肌が、羞恥から薄紅に染まるのを愛おしいと思いながら、王子は小鳥のようにさえずる隣国の姫(男)の声にどんどん惹かれて行きました。
声を失ったプリンス・マーメイドは、腕を絡めて仲むつまじく未来を語る二人の様子を、遠くから悲しげな瞳で見つめるばかりだったのです。
プリンス・マーメイドの愛する王子は、隣国の黒髪の女装姫(男)にすっかり夢中になっていました。
みどりの黒髪の姫(男)にも、プリンス・マーメイドが魔魚にもらったような可愛らしい腹鰭(ひれ)がくっついていて王子さまの深い口付けを受けると、小さく震えて喘いでいるのを人魚は密かに見てしまい絶望に打ちひしがれました。
プリンス・マーメイドの切ない喘ぎと吐息は、王子さまの耳に届くことはなくプリンス・マーメイドはいつまでも衛兵たちに凌辱され続けたのです。
お傍に行こうにも、王子の愛してくれた双球には誰ともわからぬ歯形が付き、腹びれはきつく縛めを受けたせいで、紫色に変色した擦り傷ができていました。
夜ごと苛まれた傷だらけのみじめな姿を、愛する人の前に晒すわけにはいきませんでした。
寄せては返す波の音を子守唄代わりに、王子さまは眠っています。
プリンス・マーメイドが手に入れたかった王子の胸には、今はプリンス・マーメイドではなく隣国の美しい女装姫が抱かれているのでした。
抱き合った二人は、この上なく幸せそうに見えました。
プリンス・マーメイドはいたたまれずに、その場から立ち去りました。
ああ・・・王子さま・・・
プリンス・マーメイドはたまらくなって、ぽろぽろと真珠の涙を零しました。
床を転がる涙は、数え切れないほどの煌く美しい真珠となったのです。
プリンス・マーメイドは心の中で叫びました。
どうぞ、ぼくの姿を見てください。
あなたのお傍にいるために、こうして銀色の尾を足に変えました。
人間の少年となり、見慣れぬ形の双球と腹びれも付けました。
双球と腹びれは今も夜ごと、ぼくを苦しめています。
人間の足で一歩歩くたびに、激しい痛みがぼくを襲います。
それでも王子様。
ガラスの破片の上を歩くような痛みでも踊れといわれたら、ぼくはもういいといわれるまで一晩中でも、笑顔で王子さまのためにワルツを踊るでしょう。
海月になりきれない可哀想な白い液体を、どれほどの思いでぬぐって来たかしれません。
あなたのお傍にいる、隣国の美しい男の姫を本当に愛していらっしゃるのですか。
嵐の夜に、あなたを助けたのは、このぼくですとあなたにお伝えしたいのに、ぼくは真ん中に双球と腹びれの付いた足と引き換えに声を失いました。
愛する王子さま。
あなたの愛が得られないと、ぼくは明日の朝、海の泡になってしまうのです。
あなたの胸をナイフで突いて、その温かな血を足にかければ魚の尾になるのです。
でも・・・愛する王子さまにそんなことは、できません。
王子さま。
どうか、お願いです。
その方でなく、ぼくを見てください。
ぼくの全てをかけてあなたを愛する真実に気付いて・・・・。
・・・お願い、ぼくをもう一度、愛して・・・ください。
心配する海の兄たちがそっと近づき、肩を震わせて泣く弟人魚の白い肌にそっと口付けを落としました。
「さあ。そのナイフを、早く王子の胸に突き立てておしまい。」
「わたしたちの長い髪と引き換えに、魔魚から貰って来たのだから。」
「お前を、失いたくない。可愛い弟よ・・・」
「勇気をお出し、弟よ。」
兄上たちの長く美しい髪は、今や無残にも耳の下までしかありませんでした。
哀れなプリンス・マーメイドは、兄上たちの勧めにもいやいやと首を振りました。
もがきながら、泣きながら、この世から先にいなくなる赦しを海神に請いながら、人魚は足を開くと、王子の名を呼びながら涙と共に白い精を零しました。
悲しむ兄たちは、人魚姫の零したものを認めると、とうとう諦めてさめざめと泣いたのです。
海月(くらげ)にならない陸上での吐精は、人魚にとっては決して許されない禁忌だったのです。
声のないプリンス・マーメイドは、最後まで人間の姿で居ることを望み、悲しみの中で白々と明けてくる朝を迎えました。
朝日に当たった足が、じわりと気泡に包まれました。
もう、王子さまのお傍で、凛々しい姿を眺めることもできません。
プリンス・マーメイドの終わりの時が近づいていました。
最後に、そっと眠る王子さまに口付けると、プリンス・マーメイドは王子の胸の血を吸うはずのナイフで、自分の胸を突きました。
高い塔の上から、大好きな海に向かってプリンス・マーメイドは儚く気泡になる前に身を投げたのです。
『さようなら。さようなら。人間の王子さま・・・後悔はしません。』
『人の世でどんな目に遭おうとも、ぼくは命の限り愛していました・・・』
『どうか、幸せになってください。それが、ぼくの最期の願いです。』
そのまま朝陽を浴びて、海の泡になったプリンス・マーメイドの魂は救い上げられました。
その身体は朝陽に包まれて、ぐんぐん天上に昇ってゆくようでした。
「ぼくは、海の泡になったはずなのに・・・どこへ行くんだろう・・・?」
どこかで神さまの声がします。
「それが、真実の愛だよ。」
「心の清らかなお前は、誰よりも美しい真実の愛の結晶を手に入れたのだ。」
「真実の愛・・・」
今は、満ち足りた気持でプリンス・マーメイドは天国の花園にいるのです。
天使たちは、海月(くらげ)ではなくふわふわと丸いお菓子のような雲を作るプリンス・マーメイドを愛しました。
どこか王子に良く似た大天使の膝の上で愛されて、小さなプリンス・マーメイドは名を呼ばれると頬を染め、可愛らしい声で啼くのでした。
「さあ、もうすぐお前は生まれ変わるのだよ。お前の大好きな王子の元へお行き。」
「今度こそ、王子は自分を助けたのが誰か気が付くだろう。」
「お前の輝く金色の髪と鈴を転がしたような綺麗な声に、祝福を贈ろう・・・。」
**********
天蓋をすり抜ける柔らかい日の差し込む中、王子の腕の中には彼が優しく「わたしの人魚」と呼ぶ少年が眠っていました。
波打ち際で倒れているのを見つけた王子は、懸命に自らの手で介抱したのです。
束になった長い金色の髪、深い海の底を思わせる蒼い瞳、薄い桃色の桜貝の肌を持っていました。
少年は、王子がずっと探していた、嵐の夜に出会った人にそっくりでした。
哀しい夢を見ているのでしょうか。
固く閉じた目蓋から、零れるものがありました。
目を開ければすべてが夢になってしまうのが怖かったのです。
「わたしの人魚。さあ・・・婚礼の朝が来たよ。」
優しく口づけられて、青い瞳が煌めき長い睫が光を弾きました。
「王子様。」
小さな唇が王子の名を呼びました。
あれほど傷んでいた身体はどこも傷ついていませんでした。
今度こそ、幸せな物語の糸車はからりと回り、人魚は幸せの涙をこぼしたのです。
転がる涙が真珠に変わったのを知ると、王子は目を細めました。
それこそが、人魚の証しでした。
「やはり嵐の夜に、わたしをすくい上げたのはそなただったのだな。」
「わたしのプリンス・マーメイド、必ず幸せにする・・・。」
「そなたの輝ける涙に誓って。」
祝福のキスが額に贈られると、深い海の底の人魚の国でも歓喜の鐘が鳴り響きました。
いじめっ子疑惑、回避~(*⌒▽⌒*)♪
明日から、金糸雀の二部が始まります。
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