杏樹と蘇芳 17
BL KANCHORO・春企画参加作品
【杏樹と蘇芳 17】
平安のころの話である。
館の主、山椒大夫は説明のつかない苛立ちにさいなまれていた。
原因は分かっていた。
弟、次郎は、何が気にいったのか館に売られてきた杏樹という少年に入れこんでいる。
確かに見目良い童子ではあったが、その美童の持っている何かが太夫の気に掛かるのだった。
思えば兄弟二人、人買いに騙されて初めて屋敷に連れてこられた時からそうだった。
杏樹は迷うことなく身を棄てて弟を守り、自分だけが責めを負うと真っ直ぐに答える。
涼やかな顔の余りに正しい眼差しが、人買いに金の小粒を渡し兄弟を手に入れた自分を責めているような気がして、無性に腹が立つのだ。
凛と顔を上げて、神仏の加護を信じないのか?と自分に問うて来たのにも、どうにも腹が立ち女子(おなご)に飢えた奴婢どもに引き渡した。
おそらく昨夜中、日ごろ内に溜めた不満や鬱憤を、華奢な肢体にぶつけられたのだろうが、さすがに心身ともに傷付いて、自分を恨み泣き伏しているだろうと想像がつく。
この世に神仏の加護などどこにも無いと、過去の悲しい事件以来、山椒大夫は思っていた。
*******
美しい妻と、結婚してやっと授かった一粒種。
山椒大夫は、たった一夜で全てを失った。
襲われた妻の亡骸は、山椒大夫の手元に戻って来た時、もう人としての姿すら保っていなかったのだ。
裂かれた着物は、汚れた布きれになり山椒大夫の愛した美しいうりざね顔は、血に染まり苦悶の表情を浮かべていた。引きむしられた、豊かな黒髪も流れた血で身体に張り付き固まっていた。
束の間の幸福を与えた挙句、全てをもぎ取り水泡に帰してしまったのが、これまで信心してきた神仏の功徳かと呪った。
守れなかったわが身を呪い、山椒大夫は慟哭した。
そして、山椒大夫は変わってしまったのだ。
人の皮を被った悪鬼と言われようとも、争いが終わった後も戦で敵対した相手方を決して許さなかった。
奴婢に売りとばし、女も子供の片っ端から奴隷商人に引き渡した。
乳房を求めて泣く赤子の顔に、水で濡らした紙を貼り付け、母親は遊び女として連れて行かれた。
去りゆく母親が「鬼」と叫び、唾を吐く。それでも、やめなかった。
女子を見れば妻を思い出し、赤子を見れば愛し子を思い出した。
里から女子が消えてから十数年余り経つが、この里に移ってきてから、やっと辛い記憶が薄まってきた所だったのだ。
次郎の部屋の前で、山椒大夫はなんというべきか迷っていた。
おそらく倒れ伏している美童に、なんと声を掛けるべきか・・・。
そっと様子を伺うと、杏樹は薄く目を開け起き上がろうとした。
「もう、懲りたか?」
「お・・・館、さ・・・ま。・・・つっ・・・!」
起き上がろうとし、身体の痛みに小さく悲鳴が漏れた。
「神仏などは、お前を守ってくれないと良く分かっただろう?」
山椒大夫の言葉を默って聞く杏樹に、意を得たりと思ったのだろう、片頬を上げた。
「いいえ・・・、天は・・・神仏は、全てをご覧になっております。」
「うぬは、そんな目にあっても、まだそういう事を言うのか?」
襟首を掴まれ、強く前後に搖すられた。
知らず、気付けが緩み着物がはだけた。
許してやろうと思ったが・・・と、山椒大夫は杏樹を次郎の布団に叩きつけた。
「奴婢の分際で、このような場所でぬくぬくと暮らすのは許さぬ。」
「兄者!何という無体なことを。杏樹は、熱があって粥も啜(すす)っておらぬのに。」
布団から体を起こそうとして、杏樹はその場に倒れはだけた着物から肩口が覗いた。
白い肌に零れる5枚の赤い花弁が、目を引いた。
「杏樹の背をよく見ろ、兄者。」
「背?なんだ?」
次郎は杏樹の前に回ると、着物をずらし背中を見せた。
「この赤い痣に、見覚えがあるだろう?兄者!」
山椒大夫が目を剥き、杏樹の背中を食い入るように見つめる。
一歩、一歩と、よろめきながら近附いた山椒大夫が、膝をついた。
「まさか・・・香月(かつき)・・・の背に有った痣と似ておる・・・?」
「14年前、杏樹は由良川の川下で、父御に拾われたそうじゃ。蓋のある長持ちにしっかりと隱されて、川面を下って来たらしい。」
「由良川・・・?香月が野犬に殺された場所だ・・・」
「遺骸の見附かったのは、義姉上のものだけじゃ。義姉上は大層、知恵のある方だったから、香月を長持ちに入れて流したのではないのか?」
幾つもの符号があった。
妻の着物には両袖がなかった。
「守り袋を持っておるか?」
「はい。これに・・・わたしが流された長持ちに敷かれてあった布地で、母が作ってくれたものです。」
亡き妻に良く似た顔で、杏樹がじっと山椒大夫を見つめていた。
Σ( ̄口 ̄*)山椒大夫:「ま、まじで・・・?」
ヾ(。`Д´。)ノ杏樹:「知るか~~~!ぼけ~、かす~~!」
(°∇°;) 次郎:「杏樹、熱は大丈夫か・・・?」
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