わんこと白狐さまの一大事 4
だけど町の人は、小さな荼枳尼神社の片隅に祠があるなんて知らない人の方が多かったし、移設するのなら、それでいいじゃないかというのが大方の意見だった。
実際それがどんなに大変な事かわかる人はいなくて、署名してくれる人も、文太の仕事場のおっさん連中位で、悲しいほど本当にわずかだったんだ。
努力の甲斐もなく、ついに工事の着工日時が三か月後に決まった。俺たちは、自分たちの非力を認めるしかなかった。俺は、行方知れずの父ちゃんに向かって、悪態をついた。
白狐さまはどんどん儚くなって、向こうが透けて見える勢いだ。重ねた羽二重のおふとんに寄りかかり弱りきった白狐さまは、次々見舞いに現れる動物たちを、儚げな優しい笑みを浮かべて帰らせた。
「何で……父ちゃんじゃないとダメなんだよ。俺だって、俺だって!狗神のはしくれだぞ!」
俺が涙目でどんなに怒り狂っても、もう白狐さまは決めてしまったことだからと言って今生への別れを告げて、行き場のなくなった神様たちが眠る魂魄の海へと還ってゆくつもりだった。
ただ、誰も知らなかったんだけど、その頃父ちゃんは、驚くほどかなり男前な行動をとっていたんだ。
******
ある大学の考古学の研究室に父ちゃんはいた。その道では有名な「権威」の教授に会いに来たらしい。
父ちゃんは「発掘物」を手土産に引っ提げて、教授の元へ来ていた。
「突然ですが、実は先生に視ていただきたいものがあるんです。」
「なんですか?」
何しろ、父ちゃんは狗神だから鼻が利く。その気になれば、考古学者が驚くようなものを掘り起こすことも容易いらしい。だが、父ちゃんはそういうものは普段の生活に関わり合いがないからと言って、大抵は埋め直してしまうのだった。
今回、父ちゃんが持ち込んだものは大きな家型埴輪と言われるものだった。銅鐸や人型埴輪と共に発掘されることの多い大きな埋葬品だ。……というのは、あとで夏輝に教えてもらった。
「これは……っ!?」
カビの臭いのする研究室の一室で、木箱から取り出された大きな埴輪に、教授は目を剥いていた。
「実は私の家は花菱町で、先祖代々農業を営んでおりまして…。これは、町はずれの神社の傍の畑で出ましてね。マスコミに公にしろと周囲は騒がしいのですが、まずは先生にお目に掛けようと思いまして、持ち込んだ次第です。」
教授はそわそわと落ち着かない様子で、家型埴輪が気になって仕方がないようだ。
「なぜこれをぼくのところに?」と、上ずった口調で問いかけた。
「古代の発掘物なら、まず先生に見ていただいて、真贋を確かめていただいた方が良いと思いました。何しろ先生は、わたしのような田舎者でも知っているくらい高名な方ですから。」
教授は自尊心をくすぐられて、ほんの少し相好を崩した。
「どうぞ、手に取ってごゆっくり見てください。これは、花菱町にある小さな神社の傍の畑から見つかりました。わたしは、農家の三男坊で、家業を継ぐ気はなかったのですが、時々こういうものが出るので、気になって売る気にもなりません。」
一体いつごろの時代の物でしょうか?といいながら、父ちゃんは土器の欠片や銅鐸や、銅鏡の写真を見せた。教授は興奮して次第に前のめりになり、写真を食い入るように見つめていた。それはそうだろう、見る者にとってはそれは宝の山の写真だった。
「わたしは考古学に興味が有って、近くの県立博物館に良くいくのですが、これと同じものが重要文化財として展示されているのを見たことがあります。先生もご存知でしょうか?」
「ああ、うん……まあ、専門だから知っているがね。」
知っているに決まっている。その埴輪が長年のライバルの手で発見されて重要文化財指定を受けた時、教授は悔しさのあまりやけ酒をあおり、ひどい二日酔いで寝こんでしまったくらいなのだ。喉から手が出るほど欲しい、発見者の名誉がそこにあった。
教授は、ルーペを取出し、隅から隅まで偽物ではないかと疑う事から始めていた。過去に、そういった贋作を掴まされ、研究費名目の大金を失って、大学を追われたものも一人や二人ではなかった。骨董品にはわざわざ新品を古く見せる方法があり、専門家でも偽物を掴まされる事例が多かった。馬糞と化学薬品を混ぜた特殊な土を作り、そこで二、三年寝かせれば見事に縄文土器が出土すると言う話だった。
もし本物ならば、重要文化財は間違いない品だ…ごくりと、教授の喉が鳴ったのを、父ちゃんは見逃さなかった。
「先生、無理なお願いをしても宜しいでしょか?」
埴輪に視線を向けたまま、教授が「何だ?」と返事をする。
「もし差支えなければ、発掘者としてお名前を使って下さいませんか?小さな畑の持ち主ってだけで素人のわたしよりも、先生のお名前で発表してくださった方が「箔」が付くというものです。」
目を皿のようにして、どこかに偽物の証拠がないかと探る教授に、父ちゃんは「しばらくお預けしますから、良く調べてください。」と言って、席を立った。
その時、父ちゃんがはらりと落とした数枚の写真は、無傷の銅鏡が重なり合って緑青にまみれて土から顔を覗かせているものだ。
「あ、すみません。これは、がらくたみたいです。ついでに撮ったんですが、錆びだらけでなんなのか……。教授?」
「ひぃーーーっ…、君、君っ!頼む、この場所に私を連れて行ってくれ!早く、今すぐ!何なら土地を言い値で買い取ってもいい。」
父ちゃんはう~~~~ん…と口ごもった。
「どうしたね。何か不都合があるのかね?」
興奮のあまり、教授の眼鏡は白く曇っていた。
「いえね、何でも県の方で、新興住宅地に造成するからって買い取りの打診が来てたような気がします。わたしとしては先生に早く見て頂かないと、埋まっているものが全部、重機で木端微塵になるんじゃないかと思ったんですが。まあ、しょせんガラクタですから、どうだっていいんですがね。」
「ちょ……ちょっと、待ってなさい。いいね、すぐだから。」
先ほどまでの上品な雰囲気の名誉教授はどこかへものすごい勢いで、電話をかけ「今すぐ、工事を白紙にしろ!今世紀最大の発見かもしれないんだぞ、馬鹿野郎!」と伝法に怒鳴っていた。
「私が責任を持つ!花菱町にある神社一帯の……なんて言う名の神社だ?」
「荼枳尼神社です。」
「荼枳尼神社」の取り壊しは即刻中止しろ、いいな。当たりの造成も開発も中止にしろと言ってるんだ。もう、多くの人が申込みだー?ふざけるな!代替え地などいくらでもあるだろうが!国宝級の品物だぞ!愚か者!」
父ちゃんの口角が、ほんのわずか上がった。
此花、絵を描きました。(*⌒▽⌒*)♪
イラストは描き下ろしです。が……がんばった……(〃ー〃)
最近ちょっとだけ慣れて、顔は描くコツがわかって来た気がします。
簡単に上手にはなれないね。
(`・ω・´) ちょっとずつがんばろう!
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