わんこと白狐さまの一大事 6 【最終話】
二人を見ていて、俺は真剣にそう思った。
大きく足を広げて、父ちゃんの下にいる白狐さまは、銀色の髪も輝きを増している。ついこの間までは、儚く首を落とす紅椿のようだったのが、今やまるで薄暗がりでも灯って見える白木蓮の精のようだった。元々、すごく綺麗な白狐さまだから、今は神々しいと言った方が良いのかもしれない。ぱんと腰を打ち付けた父ちゃんに、俺は男として敗北するしかなかった。
悔しいけど父ちゃんには、前しっぽの大きさも含めて、絶対に勝てない。綺麗な白狐さまを見るのは嬉しいけど、自分がいまだにちっぽけな小犬でしかないって突きつけられたような気がして、ほんの少し悲しかった。
「仔犬。色々と心配をかけて悪かったな。」
「白狐さま……・。」
紅色に勃ちあがって露を戴いた前しっぽに、俺は見惚れたけど、もう飛び掛かろうとは思わなかった。白狐さまや狗神の寿命が、どれだけあるか分からないけど、俺には修行が必要だった。きっと、俺ではまだまだ、この神さまに近い白狐さまに釣り合わない。
「行くのか?」
「うん。いつか、父ちゃんみたいな渋い男になって、番(つがい)の相手を見せに来るよ。消えてなくなりそうな儚い白狐さまもそそるけど、やっぱり白狐さまは「つるつるぴちぴちたまごはだ」のほうがいいよ。いつか、とうちゃんがじじいになって、俺がものすごくかっこよくなってもさ……俺に惚れるなよ。」
「うふふ。お前もきっと、長次郎のように男前になるだろうよ。」
*****
旅支度をする俺を、泣きぬれた夏輝が文太に支えられて見つめていた。風呂敷包みには餞別に貰ったジャーキーとガムが入っている。
夏輝はもう、大洪水だ。
「うっ……うっ……、ナイト~……。」
「夏輝。そんな顔をするなよ。涙は、男の旅立ちには似合わないだろ。笑って見送ってくれ。」
「だ、だって、ナイトがいなくなったら……お、俺が、寂しいだろ。」
「全く人間てのは、天井知らずに我ままだよなぁ。おめぇの傍には、最愛の文太がいるじゃねぇか。俺がいなくても、やっていけるだろ。」←父ちゃんの台詞をパクってみた……。
「文太とナイトは違うじゃないか……。」
「あのさ。こうやって、いくつも別れを乗り越えないと生き物は成長しないんだよ。いつか、帰ってくるから、夏輝は俺の港で居ろよ。」←これも、父ちゃんの台詞だったりする。
「うっうっ~……ナイト~……。何で、こんな急に大人になっちゃうんだよ~……。かっこいいけど寂しいだろ……。小犬のままでいろよ~。」
別れがつらくて泣きたいのはこっちの方だ、夏輝。だけど、残されたものの悲しさってのは、俺にはまだ経験がないからなぁ……。
ぽんっ!
俺は九字を切ると、犬型に戻った。夏輝の涙を背中で感じながら、俺は切ない夏の匂いのするこの町を出てゆく。
「あばよ、夏輝。おめぇの事は、一生忘れねぇぜ。」
俺、かっこいい……。
角を曲がったところで、夏輝が大声で叫んだ。
「ナイト!忘れ物っ!ほらっ、ほらっ!」
背中に風呂敷包みを背負った、小犬の俺の足が止まる。
『忘れ物?ワンルームには、何もないはずだけどな?』
夏輝が俺の忘れ物を持って走って来た。
……卑怯だぞ、夏輝。
俺は夏輝と文太が殺人的に可愛いと言う上目づかいで、「わすれもの」を見つめた。
メープルシロップの甘い匂い。
ちゅううぅ~~~~っ……
「ナイト、今度はいつ旅立つ?」
「……あした。」
……くすん、夏輝の人差し指のばか。
*****
夏輝の腕の中で沈んでゆく夕日が、特売の生みたて卵の黄色だった。明日の朝は、ふわふわの「たまごかけごはん」だ。
「ナイト。今夜はオージービーフ、食おうぜ。」
「わんっ!」←やった~~!!
結局、旅立ちは日延べされることになった。きっと、俺が夏輝の指の魔力に打ち勝つまで、出立できないんだろう。
早く、乳離れしなきゃ、俺。
わんこと白狐さまの一大事―完―
長らくお読みいただきありがとうございました。
いつか、又新しいお話を書いてみたいと思っています。
指をすう癖が早く治るといいね。(*⌒▽⌒*)♪此花咲耶
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