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わんこと白狐さまの一大事 1 

花菱町には「荼枳尼神社」という荼枳尼天(だきにてん)さまを祀った、小さな祠(ほこら)がある。
神社の境内の隅っこにあるその祠に封印されているのは、天駆ける荼枳尼天(だきにてん)に仕える、目が覚めるように美々しい一匹の白狐だった。

荼枳尼天(だきにてん)の神使の白狐(男狐)は、この界隈で生きとし生けるものの憧れの的だった。ただでさえ自分より美しいものは認めたくない荼枳尼天(だきにてん)のお気に入りの恋人と、あんあんしたのがばれて逆鱗に触れ、寂れた祠に封印されていた。

「おのれ!神使の分際で、主の私の情夫を寝取るとは、好色な畜生ずれめ。二度と手出しできぬように、封じ込めてくれるっ!」

「お許しください、荼枳尼天さま。あれは、わたしが誘ったのではありません。お願いです、どうぞ申し開きをさせてくださいませ。」

「ええいっ!寄るなっ!色狐め!」

「きゃあぁ~。」

……とまあ、どうやらこんな風な出来事があったらしい。
でも、手を出されるのも無理はないと思う。何しろ白狐さまは、別嬪の神さまと並んでも遜色ないほど端整な神使だった。俺の前しっぽだって、白狐さまを見るとちょっぴりおっきくなったりする。
そんなわけで、荼枳尼天さまの理不尽な怒りを受けて、白狐さまはひっそりと他の神々からも身を隠す様にして、祠に住んでいた。
これ以上、荼枳尼天さまを刺激したり、怒らせてはいけないと思ったらしい。

人には姿の見えない銀色の髪の綺麗な白狐さまは、朽ちかけた小さなお社に住み、一人で不実な恋人を待っていた。時々、悲しげに勃ちあがった紅色の前しっぽを一人こすって、切なげに甘いため息を吐いた。俺の父ちゃんの狗神が、白狐さまの本命だったりする。

「白狐さま~!とうちゃんはまだ帰ってこないの?」

「ああ……。仔犬、まだだな……今回は、ずいぶん遅い。長次郎は達者だろうか。巷で流行りの風邪なぞひいてなければいいが……。」

「とうちゃんは、風邪ひいたこと無いと思うけどなぁ。」

白狐さまは、どこか遠い目をして俺に微笑みかけた。俺の父ちゃん長次郎は、れっきとした阿波の狗神で、この綺麗な白狐さまの恋人だったりする。
父ちゃんはさすらいの旅から帰ってきては人型に変身し、白狐さまを押し倒し思うさまあんあん言わせていた。
あんあん言う白狐さまは、真白い全身が泰山木の妙なる芳香に包まれて、輝く様に美しかった。

「お前、この姿を荼枳尼天が見たら、また嫉妬に狂うだろうなぁ……。」

「あ……んっ……。」

美人の白狐さまは、荼枳尼天の封印によって祠の傍を離れられないので、父ちゃんが帰ってくるのをひたすら待つことしかできない。好きな父ちゃんとどこまでも一緒に行きたいと願っても、それは封印を掛けた、くそ婆ぁ……じゃない女神、荼枳尼天さまの力がないと決して叶わないことだった。白狐さまは荼枳尼天さまの「無情の理(ことわり)」に縛りつけられていた。

誰かの願い事を聞き届けながら、白狐さまにはたった一つの自分の願いさえ叶うことはなかった。お正月に、父ちゃんが荼枳尼天さまと喧嘩したのも良くなかったと思う。父ちゃんったら大人げないことに、荼枳尼天さまに誘われた姫初め(お正月最初のあんあん)を容赦なく断って、白狐さまの祠にやって来たんだ。そりゃあ、女神のプライドずたずたにされたら、荼枳尼天さまだって切れるよね。
あれだよ。可愛さ余って肉はオージービーフ100円……?
父ちゃんも大人げないったら。

*****

白狐さまは美貌を維持するために、生き物の生気と人間の信仰心を糧としていた。人型にしてやった犬や猫から生気を集めて、体内に取り込んでゆく。銀器に捧げられた白精で、今日も白狐さまは「つるつる」で「ぴちぴち」の別嬪の「たまごはだ」になるのだった。

祠に封じられた白狐さまには酷な話だけど、狗神の父ちゃんは子孫を増やすために、日本中に散った狗神の末裔の雌と交尾をする。俺の母ちゃんジョゼフィーヌも人型になれたりはしなかったが、何代か遡れば狗神の血統だったらしい。
母ちゃんに最近似てきた俺を見るのは、きっと白狐さまにとってはきついと思う。

どんなに遠くに行ってしまっても、長次郎は最後には自分の所に帰って来てくれる。白狐さまにとってそれは一番大切な拠り所だった。
成犬になれば、交尾の相手は本能でわかるらしいから、俺にもきっと狗神の血を引く「生涯の伴侶」を見つけることができはずだと父ちゃんは言う。
俺の「かいぬし」、夏輝の指の匂いがする雌が表れて、俺を悩殺する日が来るのだろうか。
父ちゃんみたいに、女を蕩けさせる「てくにっく」で俺はいつか、港ごとの雌犬をあんあん言わす予定だ。船乗りじゃないけど。

父ちゃんを待つだけの、悲しい白狐さまは、しどけなく開いた着物を合わせもせずにぼんやりとしている。香を薫き染めた羽二重の白い着物の裾から、俺は時々頭を突っ込んであんあん言わそうとするのだけど、いつも叱られて未遂に終わっていた。
「おやこどんぶり」は、白狐さまのポリシーとして、絶対禁止なのだそうだ。
「親子どんぶり」って名前が付くくらいだから、きっとすごく美味しいはずなのに。
つまんね。





わんこのお話、三作目です。引き続きお読みいただけましたらうれしいです。
ご意見、ご感想お待ちしております。(`・ω・´)此花咲耶

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