青い小さな人魚 (虹色真珠) 5 【最終話】
テレビで見た衝撃的な映像は、今も目に焼き付いていて、いまだに癒えない傷を負った方たちの事を思うと胸が痛みます。
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今回、最終話ですが、高波の表現が出てきます。
出来る限り、恐ろしく大規模な津波を想像させないように、部分的な表現にしようと思い文章を直してきましたが、此花にとって作品上削れない個所なのです。
せめてもの配慮として、追記に掲載することにしました。
津波という字を見るだけで、震えがくる方もいます。
拙い創作の小説の表現方法として、違った物としてお読みいただける方はお読みいただけたらと思います。
決してどなたかを悲しませようと思ったものではありませんので、ご理解いただけたらと思います。
青い小さな人魚のイメージです。 此花咲耶
ランキングは外れていますが、バナーを貼っておきます。村へ行くとき、お帰りの際にお使いください。
海の生き物は、高い塔の割れたガラス窓から聞こえた、王子の細い悲鳴を聞き逃さなかった。カモメやアホウドリ、小さな浜千鳥までが、海神の所へと伝令を跳ばし、探し求めていた囚われの王子の存在を告げた。
海の兵士は武装した全軍を繰り出し、海神の指揮に乗って一筋の高波を起こした。海を眺めた奴隷商人がその場に倒れ込み、みっともなく失禁した。
「か、海神が来るぞーーー……!!う、うわあー――――ッ!!な……波が……!」
腰が砕けたまま、半狂乱になっている奴隷商人の指差す向こうに、一直線に王子を目指す矢のような高波を見た。
高い塔のあるお城の下に、寄せては返す波頭が這いあがり波はすべて人魚兵士の姿になる。小さな青い人魚を救うために、海城の兵士たちが総出で陸上へと波に乗り押し寄せてきた。
王さまはただ、茫然とあっけにとられて押し寄せてくる波頭を見つめていた。次々に押し寄せる波に乗ってくる勇ましい人魚たちはすべて銀鱗の鎧を着こみ、猛々しい顔は憤怒に燃えている。
哀れな小さな青い人魚が無残に繋がれた頑丈な鉄鎖は、太刀魚によって難なく切り落され、人魚の兵士の中から一人、肌の色が違う青年人魚が進み出た。
「わたしのヤークート……捜したぞ。」
「あ……あ……マハンメド……」
倒れ込んでいた青い人魚は薄く目を開けると、恋しい人の名を呼んだ。
「わたしのヤークート。さあ……おいで。」
「スルタン……マハンメドだと……?」
手を伸ばした傷だらけの小さな人魚を抱き上げた男の名前に、王さまは愕然とした目を向けた。呆けたように口は開き、涎がしたたっていた。そこにいたのは、王の知るスルタンの変化した姿だった。
息絶え絶えの人魚をかき抱いた、人魚の兵士はふっと振り向き、端整だが残忍な笑みを浮かべた。
「……愚かな王よ。報いを受けるがいい。」
「宰相の謀反に遭って、死んだのではなかったのか……?本当に、東の大国のスルタン、マハンメド王……なのか?」
「人間であった過去には、その名で呼ばれていた。愚かな王よ、王子を蹂躙した付けは、高くつくぞ。人魚の精を口にしたお前は、一切の『死』から永遠に見放されるのだ。不老ではなく不死を生きるがいい。」
「な……なんだ……?それはどういう意味だ。マハンメド王。」
「いずれ、分かる。」
「マハンメド王!教えてくれ!」
青い小さな人魚は、恋人に再会できた喜びに歓喜の涙を零していた。滴が浴室のタイルの上を転がると、結晶し見る間に虹色の真珠になった。悲しみではなく歓喜がこぼれるとき、人魚王子の涙は光り輝いて幾つも幾つも転がってゆく。
美しい光景に見惚れていた王さまは、マハンメドの首に掻きついたヤークートと呼ばれた青い人魚に手を伸ばそうとし、ざっと引き波に足をすくわれた。
王国に寄せた大波が、どっと引いてゆく。
王さま自慢の高い塔も折れ、鱗瓦もばらばらと剥がれてゆく。
愛するヤークート(サファイアの別名)を大切に抱いた、マハンメドも身を翻して波濤に乗った。
「ま、待ってくれーーーーっ!!」
崩れ落ちてゆく塔の瓦礫に打たれながら、王は叫んだ。
「わたしも連れて行ってくれ!海の底の、海神の国に!わたしもスルタン、マハンメド王のように連れて行ってくれ、お願いだ。海の底に連れて行ってくれ!」
その場にいた、兵士達の高い笑いが願いをかき消した。
「下衆な人間の王が、何を言うか。身の程知らずめ!」
「マハンメドのように選ばれた高潔な者だけが、人魚の鱗をいただいて海の者になる。末の王子を傷つけた罪は重い。この世の果てまで、自らの過ちを悔いるがいい。海に住む者たちは決しておまえを許さないだろう。」
「待ってくれーーーーっ!!行くな!マハンメド王!もう一度、話をさせてくれ!余も、青い人魚が欲しい。」
欲深い王さまの言葉を聞くものは、どこにもいなかった。
再会した青い小さな人魚と、愛するスルタンは互いを確かめるように抱き合って、高い塔から海の都を目指した。
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そして……。
恐ろしいほどの時が流れた。
数えきれないほどの年月が過ぎた。
海辺に建っていた古い城址に、だれも見向きする者はいない。ごくたまに、とおりかかった旅人が腰を下ろし、疲れた体を休めるだけだった。
砂浜をよろよろと、老いさらばえた男が歩いていた。
腹を空かした野良犬が、まとわり付いた揚句、脛(すね)にかじりついた。追い払う力もなくなった老人が痛みにうめいた。
皮膚は病葉のように、かろうじて骨に張り付いている。擦り切れたマントの合わせに震える指を入れ、手に触った物を掴んだ。
ころ…と、どこかで見た虹色の真珠が一粒零れ落ちた。
浜に座り込んだ骨と皮ばかりになった老人が、かつて城の住人だった王さまだと気づくものは誰もいない。
どれ程長く時を重ねても、「死」は王さまを招かなかった。
波間に目を向け魚の尾の跳ねるのを、視線を彷徨わせたまま、ぼんやりと眺めていた。
人魚の精を飮んだものは、不死を得る。
海神の鱗を飮んだものは、不老を得る。
海の王子を愚弄した罪は重い。
憧憬を込めた濁った目で、王は……かつて手に入れ損ねた青い小さな人魚が、波の間に浮かび上がり、竪琴のような美しい声で歌うのを見つめていた。
その姿は、王さまの手の中で果てたときと同じ美しい輝きを持って、愛する人の胸に抱かれていた。
寄せる波が、繰り返し歌っていた。
人魚の精を飮んだものは、不死を得る。
海神の鱗を飮んだものは、不老を得る。
海の王子を愚弄した罪は重い……
永遠に
永遠に……
青い小さな人魚 (虹色真珠)―完―
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
青い小さな人魚(虹色真珠)は、これでお終いです。
スルタンと人魚のお話を加筆中です。
お読みいただければ嬉しいです。 此花咲耶
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