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隼と周二 (続)狂った夏 3 

ポケットに入れていたのが落ちたのだろう、足元の隼の携帯が喚(わめ)く。
受信中になっているのは、「子連れ大魔神」の二つ名を持つ隼の父親、沢木からのものだった。
開くと「パパ」とディスプレイの表示が点滅してた。
「ひ、ひぇ~、やばっ、やばっ!お前、出ろっ」
周二は木本に携帯を放り投げ、守役は任務を忠実に遂行した。(かなり嫌そうではあったが)
「木本です。ただいま救急車で搬送中です。かかりつけの病院に?わかりました。はい、はい、救命士にそのように伝えます」
濡らしたタオルで隼の顔だけを綺麗にした周二は、身体を丸めてずっと吐き気と闘っている小さな戦士の手を握りしめていた。
「後で、ご挨拶に見えるそうです。周二坊ちゃん、沢木の旦那からご伝言です。」
「なんて?」
「『てめぇ、きっちり落とし前つけてやっから、逃げんなよ』」
「……まじかよ」

ざっと、血の気が音を立てて引いた。
すんません、逃げたい……です。
苦しくなった隼は、携帯で父親に何とか連絡を取ろうとしたようだった。
きっと通話になったものの、話ができなかったのだろう。
隣の部屋に俺がいたのに。
俺が上げる獣のようなイク声がこわくて、隼は助けを呼べなかったのだ。
すぐ、そこにいたのに……。
隼の気持ちを思うと、可哀想で胸が痛くて、たまらなかった。
「ごめんな、隼」
病院に着くと、仁王立ちした沢木が緊急搬送口に待ち構えていた。
もういい、さっさと死刑執行でも何でもしてくれ。
隼が元気になって笑ってくれるなら、もう俺は何だって出来るんだ。
「野獣。首を洗って、待ってろ」
凄みのある沢木の低い声が、後頭部に突き刺さる気がする。
「あぁっ、隼っ」
俺と沢木の悲痛なハモリ声と共に、苦しむ隼を乗せたストレッチャーが急いで処置室に消えて行き、周二は喪失感にいたたまれなかった。

早く俺の腕の中に帰って来い、隼。
元気になったら、看護師の目を盗んで甘くディープに乳繰り合おう、隼。
薄い蒲団の下から、手を忍ばせて乳首を摘まんで悪戯してやるから。
大部屋で隣の誰かにばれないように、そうっと背中をさする振りして後孔、じわじわ弄ってやるから。
優しく優しく時間をかけて、唾液で濡らした指を1本ずつ入れて広げてやるから。
我慢できないと言って、俺に縋れ。
「周二、くん……あっ……ん、そこ……やっ……」
ベッドに潜って、固くなった隼の幼い茎を被った皮ごと吸ってやる、今度こそもういいと言うまで優しくすると誓う。
「で、でちゃう。やんっ……」
溜まった涙が目尻から、耳元に一筋伝い落ちる。
あちこち、色々哀しいほど切なくなる。

くそぉっ!俺の若さのばかっ!!何で辛抱できねぇんだよっ!
いくらなんでも、今の状況で、この妄想は違うだろうがっ!!
萎(な)えろ、俺っ!
「子連れ大魔神」沢木が表情を消し、冷ややかな視線で妄想中の俺を一瞥した瞬間、見事に現実に引き戻された。
「おい、野獣。あいつの前で女とやったんだろ?」
間抜けな面で俺は、思わず何で分かったんだと問うた。
「くそったれが!大分よくなってたのにっ」
苦しそうに沢木は言ったきり、どんと壁を叩いた。
怒声に晒され、張り手の何発かも覚悟していた俺は、拍子抜けしていた。
「あの……沢木さん?」
いらいらと火のつけられない煙草を咥えて(病院は禁煙だから仕方がない)、沢木は俺の頭を拳骨で軽く火花が散るほど殴りつけた。
「あいつ。昔だけどな、誘拐されたことが有るんだよ。俺の仕事のせいで逆恨みしたヤツにな」
「誘拐?」
「恐怖に慄く隼の側でへらへら笑いながらおかしくなった誘拐犯は、締め切った暑い部屋で、散々女とやってたらしい。俺が見つけたとき、小さな隼は熱中症で脱水して死んじまう所だったんだ。瀕死の状態で、耳を押さえて床で丸くなってた」
俺は、足元が崩れそうになるのを耐えながら思い出していた。
「それって……」
部屋に飛び込んだとき、吐き気に襲われながら倒れ込んでいた隼は口許ではなく耳を覆っていた。
身を捩る苦しみよりも、聞けば思い出す過去の恐怖と闘っていたのだ。
ゆっくりと、床が近づいてきた……
「おいっ!しっかりしろ!」
「お……れ。隼に何て言って、謝ったら……取り返しのつかないことを……」

床に突っ伏して、俺はとうとう声を上げて泣いた。
「隼~っ!ぅわ~ん!」
そんな俺にかける言葉もなく、木本が見守っていた。
そこにいる誰もが、隼の無事だけを祈っていた。
「こちらにお父さん、いらっしゃいますか?患者さん、お気づきになられましたよ」
「隼……俺も会いてぇよ」
濡れた間抜けな顔を看護師に向けたら、何故だかぷっと吹かれた。
何だよ、俺、そんなひどい顔してるのか。
死にそうな恋人を心配して泣くのが、おかしいのかよっ!
「お父さんだけをお呼びです。申し訳ありませんが、他の方はご遠慮下さい」
容赦なく入室を阻止されて俺は廊下に取り残され、締まった扉の向こうにいる愛おしい隼の小さな顔を思い出していた。
リノリュームの床に、吸われること無く俺がこぼした涙が溜まっていた。

「パパ」
伸ばされた手を認めて沢木が抱き上げると、もう隼の頬には血の気が戻っていた。
「何だ隼、発作じゃなかったんだな?」
「ん~っとね、先生が違うみたいって。急性自家中毒か、食あたりかなだって」
「何を食ったんだ?」
「冷蔵庫の賞味期限切れの牛乳にあたっちゃったかなぁ」
「古い牛乳に当たったのか。そういや、捨てるの忘れてたなぁ」
「ごくってしたときに苦いなって思ったんだけど、隼ね、そのまんま飲んじゃったの。そしたらね、周二くんのおうちに着いてしばらくしたら、お腹がすごく痛くなってきてね。おえってなった」
「そっか。すぐ病院に来たから早く直って良かったな」
「心配した?ごめんね、パパ」
微笑ましい父子の会話は続く。
「あ、周二くんのおうちのとらさんのカーペット、汚しちゃった。おしりがぴちって鳴ったから、うんちもついちゃったかも」
「気にするな」
あれは、カーペットじゃなく本物の虎の毛皮だ、隼、と言おうとしてクーニング代が高そうだったので、それ以上とらさんのカーペットの話に触れるのを止めた沢木だった。
まあいい、どうせ黄色だし。汚れも目立たねぇだろ?
クリーニングに出すと、かなりかかるだろうが、些細なことだ。

「周二くんは?」
「病室の前で、ぴいぴい泣いてる」
「隼が死んじゃう~って、救急車の中でもずっと泣いてたらしいぞ。木本が言ってた」
「うふっ。可愛い~」
妻に瓜二つの顔で、パパと呼ぶ息子が愛おしかった。
くそガキはしばらく床にはいつくばって泣いてろと、膝の上の最愛の存在を抱きしめながら、沢木がごちた。
「もう少し、心配させとくか?」
「うん」
隼の笑顔が、艶やかに蕩けた。




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