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わんこと夜のうさぎ 7 【最終話】 

辺りに馥郁(ふくいく)と泰山木(タイサンボク)の香りが広がり、鼻腔をくすぐる。
犬の嗅覚で芳しい神さまの香りをくんと嗅ぎ……俺はまた一つ大人の階段を上ったのだった。
一歳を超えて、俺の前しっぽは父ちゃんほどではないけど、ささやかに大きくなってきた。
神さまの腋をなぞり、白い胸にある小さな桃色の突起を触った。薄く色のついた胸の中心を手のひらでこねると、神さまは甘い吐息を吐く。白狐さまの白い肌は、人型の目で見ると内側から染まって、まるで桜の花弁の色だ。あちこちにちゅっと、桜色の痣を散らせた。水面に花弁が散ったみたいで、綺麗だ……。

「ああっ……。」

「白狐さま……ほら、触ってみて。俺の前しっぽ、大きくなってどきどきしてる……。」

「仔犬……。」

白狐さまは、父ちゃんに抱かれているときは始終あんあん言っていたが、俺と一緒にいる時はすごく余裕がありそうだった。俺の動きやすいように身体の位置を変えて、リードしてくれる。
俺は白狐さまの膝を押し拓くと、熱を持った俺の前しっぽを、慎ましい紅色の花蕾に押し付けた。ぐいと腰を打ち付け、思うさま身体を捩じ込んだはずが、天井がぐるりと回って逆さまになった。

「ぅわ……きゃあ~~~!?」

大きな男が、俺の片足を軽々と掴みぶらさげていた。

「全く、油断も隙もねぇ。まだまだ餓鬼だと思っていたら。父ちゃんの情人(いろ)に手を出すんじゃねぇ。」

「あっ、とうちゃん!」

「父ちゃんじゃないっ!あんたも、親子どんぶりとは節操がなさすぎるぞ。」

「……だって、長次郎が来ないから……くっすん。」

親子どんぶりは、俺好きだぞ。最近、夏輝が買うようになった「ブラジル」ブランドの、鶏ささみは、一袋一キロも入ってるんだ。

「長次郎がほったらかしにするから…寂しかった。」と、神さまは鼻をすすり、くすん、くすん……と父ちゃんの胸に顔をうずめた。
よしよしと、父ちゃんは神さまの涙をそっと吸ってやり、馬鹿だな、誰よりもお前との相性が一番いいからこそ俺はこうして帰って来るんだぜ、と殺し文句を耳元でささやいた。

「俺が世界の終末を一緒に見届けたいと思っている奴は、おめぇだけだぜ。」

「ほんとう……?」

「嘘なんざ一文にもなりゃしねぇよ。……来な。言葉なんて必要ねぇ。」

俺ががんばって火を付けた神さまの身体を、父ちゃんは容赦なく奪うとあんあん言わせ、俺は仕方なく前しっぽを自分の前足でぎゅっと握って我慢した。

「そろそろ、潮時だな、ナイト。父ちゃんと一緒に、運命の相手を探しに行くぞ。夏輝に別れを告げて来い。」

「父ちゃん……。それって……。」

「自分でもわかってるんだろ?」

「あ~~ん……、長次郎~~っ……。」

種の本能が告げる恋の季節は、すぐそこまで来ていた。
俺は育ての親の夏輝と別れて、父ちゃんみたいに永遠の恋をして子供を作るんだ。
そしていつか狗神の修行を経て、俺も父ちゃんみたいな立派な狗神になる。
それはもう自然の理で、決まった運命だった。
今度こそ、父ちゃんの言う運命の潮時っていうやつだ。

******

俺は、自分のワンルーム(犬小屋)を片付た後、夏輝にもらった赤い首輪を外した。
執着を断ち切って犬型に戻り、父ちゃんみたいな家の無いさすらいのわんこになるのだ。
さらば、夏輝。
俺、お前に拾ってもらって、最高に幸せなわんこだった。
でも、どんなに名前を呼ばれても、もう振り返らないんだ。
俺は明日に向かって生きるの。狗神になる身に、飼い主は必要ないのさ。

「ナイトー。」

俺の「おひさまのふとん」、夏輝。
いくら優しく呼んでも駄目だ。俺の恋の季節はそこまで来てるんだから。

「ナイト!もうすぐ晩御飯だぞ!親子どんぶり好きだろ?ささみいっぱい入れたよ。」

「ブラジル」ブランドのささみは大好きだけど、もう一緒には食えないんだ、夏輝。
文太と仲良くしてね。俺が夏輝のところに来たのは、文太との恋を応援するためだったと思ってる……。
俺の「おひさまのふとん」夏輝、文太がいなかったら俺があんあん言わせたいくらい、いっとう好きだった。
夏輝は振り返らずにどんどん先を行く俺を、諦め悪く追いかけてきた。

「ナイトーーー!待てってば!ほら、これ!ほらってば!」

ほら、って……げっ。
夏輝ってば、それはいかんだろ。

「ほら、ナイト!お前の好きな人差し指っ!」

俺の足が止まった。
あのね夏輝、俺はいつまでも夏輝が思っているような、小犬じゃないんだよ。
今や、神さまだってあんあん言わせるような(未遂だけど)成犬なんだからさ、いつまでも夏輝の指が無いと眠れないチビの俺じゃないんだぜ。
こう見えても狗神の端くれとして、父ちゃんみたいに、港ごとに女を作るつもりなんだから。

「早くしないと、絆創膏貼っちゃうぞ!メープルシロップぬったぞ~!」

くそお~~~っ!夏輝のばか~~~!

「わんっ!」

「ナイト~~~っ!」

お前、俺に内緒でどこかへ行くつもりだったんだろ?と、夏輝が涙目で聞いてきた。

「どこへも行かせない!」

「わん……」 (そりゃあさ、俺だっていつまでも一緒に居られるものならいたいさ。)

「く~ん……」 (でも、俺にも都合ってものが、あるんだぜ……)

「一緒に居て、ナイト……。」

夏輝の人差し指のばか……

……ちゅうう~~~~っ。

*******

結局、俺は今も夏輝の傍にいる。
街を歩けば、たまに人型の猫とすれ違ったりもするし、たまにはシロと七糸のおばさんにも逢いに行く。宝珠が懐かしげに揺れるのは、そこに七糸がいる証拠だ。
白狐さまが、内緒で教えてくれた。
七糸にあんなことが有って、海外へ単身赴任していた父ちゃんが帰って来たそうだ。
七糸の母ちゃんのお腹には、年の離れた妹が宿っているらしい。失った息子への思いは決して忘れたりはしないだろうけれど、新しい命を育みながらゆっくりと悲しみが薄くなればいいと思う。
いつか心置きなく、優しい七糸がうさぎのシロと彼岸に旅立つその日までに……。

白狐さまの住む不思議な祠のある町を、いつかは俺も出てゆくはずだ。
だけど、もう少しだけ夏輝と一緒にいることにしたんだ。

俺の「おひさまのふとん」夏輝。
「たまごかけごはん」よりも「オージービーフ」よりも、俺、夏輝がいっとう好きだ。

何よりも、大好きだ。


                         ▼・ェ・▼ わんこと夜のうさぎ―完―




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ちょっぴり大人なった俺……▼・ェ・▼

ここまでお読みいただきありがとうございました。
これからも頑張りまっす!(`・ω・´) 此花咲耶
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3 Comments

此花咲耶  

鍵付き拍手コメントさま

(〃゚∇゚〃) きゃあ~♡

まだまだへたっぴなのに、褒めてくださってありがとうございます。
うれしくて、くるくるしてしまいます。
素材集と、デッサンの本ばっかり増えてます。これからも、がんばります。

多くの絵師さまの絵に、うっとりしながら研究してます。
自分の絵に、自分の文章で自家発電中です。(`・ω・´)←意味違っ!

2012/02/20 (Mon) 19:32 | REPLY |   

此花咲耶  

みさま

> 途中二カ所、長次郎が次郎長になってますがOKですか?

Σ( ̄口 ̄*)ま、間違えました~~!

長次郎は、清水港の男伊達、清水の次郎長親分からとりました。
なので、うっかり~……(´・ω・`)

教えてくださってありがとうございました。
助かりました。(`・ω・´)


ま、また……教えてね。←

2012/02/19 (Sun) 23:14 | REPLY |   

み  

途中二カ所、長次郎が次郎長になってますがOKですか?

2012/02/19 (Sun) 22:26 | REPLY |   

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