純情男道 10 【最終話】
「なんだ?」
「親父さんからの餞別です。」
木本が渡したものは、門倉名義の通帳と印鑑。そして、門倉が昔一緒に住んでいた女が営業している店の住所だった。
「いつか、隠居したら会いにいくそうです。「それまで、くたばるじゃねぇぞ」ってのが、親父さんからの伝言です。」
「この住所は……?「門」……?料理屋?」
「新しい落ち着き先です。出所するのを待つ気があるのなら、姐さんと一緒に堅気に戻った方が、いいだろうと親父さんがおっしゃって……店の二階にお住まいです。」
「そうか……。あいつに迷惑じゃなければいいんだがな。」
「お待ちかねですよ。姐さんは、門倉さんが出てきたら待っているから伝えてくれとおっしゃってました。話を聞いた親父さんが、出物の小料理屋を買い取ってから、ずっと姐さんがきりもりしています。もう10年になります。」
「そうかよ。ありがてぇなぁ……。俺の勝手で、ほったらかしだったのによ。」
木本は続けた。
「店は門倉宗次名義です。兄貴も木庭組を離れて清々したかったでしょうが、親父さんが大家という事で、今度は大家と店子の関係です。」
くしゃ……と、門倉が泣きそうになったのを、木本は揶揄した。その涙の訳は木本にもよくわかる。破門よりなにより、木庭組と縁が切れるのがこの男は内心寂しがっていた。
「家賃を滞納したら、木本が集金に伺います。」
「そうか……。そうか。」
「鬼の目にも涙だな、門倉。」
「周二さん。根に持ってます?」
「……あたりめぇだろ。俺がまだじっくり見たことの無い所まで、いじくり回しやがって。」
「ははっ……。周二さん。門倉の見た所、あの坊は、可愛いだけの愛玩犬じゃありませんよ。せいぜい、、尻に敷かれてやることです。」
「うるせぇっ!尻に敷かれてたまるかよっ!真珠ちんこで、俺をあんあん言わす~とか言うしな。意味わかんねぇ。隼に妙なこと、教えんなよ。」
「楽しみですねぇ。」
門倉は、至極楽しそうに笑って機上の人になった。周二がべたぼれなのは、誰の目にも明らかだった。
*****
後日。
桐箱に入った周二からの贈り物に、隼は目を丸くしていた。
「なぁに……?あ、これ。」
高級ペット用品だけをオーダーメードで扱う、通販専門店「うちの子、日本一」のロゴが焼き印で入っているのに気が付いた。
「これな、すげぇ可愛いんだよ。新しく春の桜花シリーズが発売されたんだ。」
「ぶ~。」
隼は少しばかり不満気に、口をとがらせた。
「「めのほよう」のお仕事は、もう終いだなって、周二くん、この間言ってたよ。門倉さんの事があったから、チャラにしてやるって。漢には二言はないはずなのに……駄目です~。」
覚えてたのか……と、内心周二は舌打ちした。あのどさくさで、ついうっかりとみんなチャラにしてやると口走っていた、
「二言はないけど、それとこれは別だ。仕事はお終いだけど、似合いそうだから買ったんだ。なぁ、ちょっとだけ、付けて見ろって。」
「やです~。ぼく、犬じゃないもん……。」
周二は戦略を変更した。
「そりゃそうだよな。こんな男らしい隼を犬呼ばわりする奴はいない。島根に行った門倉だって、木本だって隼の胆の坐り方は半端ねぇって、感心してたしな。」
「……ほんと……?」
「おうっ。嘘なんか言うかよ。」
「うふふ~。」
大きく頷いた周二に、隼は気を良くしにっこりと綻んでしまった。外見に反して、隼は誰よりも漢らしくあろうとし「漢(おとこ)らしい」と言われるのがとても好きだった。こうなってしまえば、話は簡単だった。
隼は、周二の口車に再びあっさりと乗った。
「ただな~……。一個だけ問題があるんだよ。おまえの『めのほよう』の仕事は、最初、自転車ブチ当てた親父の車の修理代だったろ?」
「うん。ごめんなさい。」
「あっちは片付いたんだよな。俺も、もうお終いにしてやりたかったし。だけど、調べてみたら、隼がちびった虎の敷物のクリーニング代の方が、きっちり二回分残ってるんだよ。」
「な、なぁっ、木本。」
アイコンタクトを受けて、冷静に完璧に木本は答えた。
「チャラにするのは構いませんが、借金ってのは完済しないと漢としての面子が立たないのではないかと思います。漢らしい隼坊ちゃんは、そういうごまかすような終わり方は、好きじゃないかと木本は思ったんですが……違いますか?」
「トラさんのカーペット……。」
隼は、黙って桐箱を開けた。紅い革の紐を編み込んだ首輪には、同じ素材の白い小花が付いている。白い肌に映える、くすんだ紅色の……隼の好きな色だった。ほっと息を吐く。
「……。」
「ちょっとだけ、付けてみるか?いやだったら……もう「めのほよう」やめてもいいぞ。隼の嫌がることは俺はしたくないし……。でもさ……すげぇ、似合ってる。えっと。ある意味……ちょっと、漢らしいかも。」
「漢らしい……?」
「ああ。通信空手のせいで、首回りにうっすら筋肉付いたせいかな。太い首輪も細く見える気がする。なぁ、木本。そう思うよな!」
「……周二さん、無茶ぶりが過ぎます。でも、隼坊ちゃん、とてもお似合いです。」
涙目で、首輪を手に取った隼はしばらく俯いていたが、やがて手にしたものを、ぐいと周二に突き出した。
「借金返済、がんばります。」
「おうっ。」
喜々とした周二の手には、準備万端、新しい細い鎖があった。
冷たい金属の縛めに、ため息を吐いた隼は、何故かほんの少し温もりを感じていた。
「結局、今回もお預けだったな。いつになったら俺、最後までイケるんだろうなぁ……。」
「周二くん。……行きたかった?」
周二は、ベッドの足につながれて真裸で転がっている、隼の柔らかいものに手を伸ばし弄っていた。
「イキたいに決まってるだろ。毎日、こうやって目の前に人参ぶら下げられてるんだ。我慢の限界だっつ~の。なぁ、このピンクのぞうさん、ちょっとだけ食ってもいい?」
「ぱお~……(´・ω・`) だめです~。高校卒業するまでは、ぱんつ脱がないってパパと約束したもん。清らかな純愛だもん。」
「ぱんつ……もう脱いでんじゃねぇ~か。」
「「めのほよう」は、お仕事です~……。」
「そうだな。漢らしくがんばって、借金完済しなきゃな。」
「うん。」
笑いをこらえて、木本は退散した。
二人は夏に出会い、季節は廻った。
桜の春に、また少し近づいた二人だった。
(*⌒▽⌒*)♪周二:「あははは~……」
(´・ω・`) 隼:「あれ?元通り……。」
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