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だいじろうくんの事情 2 

「羽鳥、忘れるなよ。大二郎の母親が亡くなって、生きながら死んでいたようなおれが、ここまで何とかやってこれたのは、お前が諦めずに毎日励ましてくれたからだ。柏木醍醐の相手役は、お前以外に務まらない。お前じゃなきゃ駄目だ。」

醍醐はぽんと、持ってもいない長煙管を煙草盆に打ち付けるような仕草をした。見えない花魁のまな板帯をぐいと持ち上げ、台詞を続ける。

「わっちは、腹を決めんした……。この命の尽きるまで、どこまでも主さんとご一緒するでありんす。」

「醍醐さん……。俺も、ずっとそのつもりです。どこまでも醍醐さんと一緒に一座を盛りたててゆきます。俺、本気ですからっ。」

「台詞が違うだろう、大根役者。だが、ありがとよ。」

長い指で羽鳥のおでこをピンと弾いて、ほんの少し照れたように醍醐は視線を外した。

*****

羽鳥は、醍醐が若くして一座を立ち上げた頃に入り、共に盛り立ててきた座員だった。客の入りが悪い時には、共に駅前で衣装を着け好奇の視線に晒されながら、チラシ配りまでやってきた。

元は、夏休み中に興行先のホテルのアルバイトをしていた学生で、舞台を見て一目で惚れましたと、その日のうちに転がりこんできた素人の変わり者だ。
せっかく勉強していい大学に受かったばかりなのにと、そんな将来どうなるか分からないような所に行くなんて……と、田舎の親は猛反対したそうだが、親に勘当されても構いません。飯だけ食わせてくだされば何でもしますから、置いてください、と言った言葉に嘘はなかった。本当に無給で長いこと働いた。

醍醐はしばらく様子を見ていたが、羽鳥の変わらぬ本気を知り、田舎へ共に行き頭を下げた。それは、息子さんをわたくしに下さいと言う、例によってかなり素っ頓狂なものだったが、田舎の両親は醍醐にすっかり魅了され、二つ返事で許してくれた。

羽鳥は、その頃にはまだ存命だった大二郎の母親にもかわいがられ、この子が生まれたら、一番格下のあんたに弟分が出来るわねと笑っていた。

大二郎の母親は、醍醐が一番最初にこの世界で教えを乞うた、師匠の娘だった。
大きなおなかを抱えて、旗揚げしたばかりの貧乏劇団で働き続け、妊娠中毒症を悪化させた。
小さな劇団で、衣装も音響も劇団員の食事も座布団運びも、心配する周囲を他所に笑顔でこなし命を削った。

産気づいて病院に担ぎ込まれた時、醍醐はいつものように板の上で愛想を振りまき踊っていた。




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大二郎くんのお母さんの悲しいお話です。
よろしくお願いします。    
                 此花咲耶


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