だいじろうくんの事情 7
禎克と別れた後、こんな風に大二郎は、旅から旅の舞台三昧で忙しく日々を暮らしていた。
毎日の演目に追われ、覚えることはいっぱいあった。本格的な日舞の稽古、殺陣の練習も小学校に上がる前の年から始まった。
時おり、遠くのさあちゃんを思い出すことはあっても、仕事に支障をきたすような我ままは言わない。周囲を困らせても仕方のないことだと、大二郎は十分に理解していた。
働かない者は、おまんまを食えない。そんな暗黙のルールが一座にはある。
やがて、四国の公演を終えて劇団醍醐は、九州へと向かった。
小さな劇団では、大道具も小道具も皆ひとまとめにして運ぶ。大型トラックも醍醐と羽鳥が交代で運転する。
「次は、九州の筑穂というところに行くんだ。お前が乳飲み子の時に、一度行ったことが有るかな。いいところだ、なんといっても昔っから演劇が盛んな所だからな。人が温かいんだ。」
運転席の裏に、仮眠の為の狭いベッドが入っていて、そこに大二郎は転がっていた。
「覚えてないよ~。あ、でも、写真で見たことあるかな。黒い大きな山があった?」
「ああ。そりゃ、炭鉱のぼた山だ。前のときは、舞台の上でお漏らししちまって、羽鳥は大変だったんだぞ。」
「舞台で乳は欲しがるし……。腹が空きすぎて、終いには大二郎はおれの乳を吸ってましたからね。」
「あれは受けたな。何しろ長屋のおかみさん役の羽鳥が、大二郎に乳を吸われて本気で焦っていたからな。」
「うそだぁ~。」
「嘘なもんか。ほら、見てみな。お前がしょっちゅう吸ったせいで、羽鳥の乳首は男のくせにでかいだろう?」
ぐいとTシャツをたくし上げたら、羽鳥があわてた。
「醍醐さん!怒りますよ!もう~。こっちは、ハンドル握ってるんですからね。」
「本当のことじゃないか。ほら、大二郎、おっ母さんのおっぱいだぞ。」
「やめてくださいったら!おれ、あのころは大二郎が泣く度、本気で乳が出ればいいのに思ってたんですからね。」
大二郎は乳飲み子の役で、常に舞台に出ていた。楽屋におけばぐずぐずとよく泣く子供だったが不思議と舞台の上では機嫌が良かった。
出ない乳を含ませた姿に、客席は大いに笑ったが、羽鳥は大二郎が不憫で本気でこっそり泣いていた。
そんな話を笑う醍醐も羽鳥も、今はあえて「さあちゃん」の話は口にしない。いつか、あの温泉街のホテルで興行することが有れば、会う事もあるだろうと思って居る。
一座には毎日新しい出会いが有り、忙しない別れがあった。
一月毎に違う場所へ移動し、大二郎の幼稚園、小学校は何度も変わった。それが大衆演劇の一座の世界では当たり前のことだった。
しかし、新しい町へ出かけるたびに、大二郎は、ふと客席や子供たちの中に、いるはずの無いさあちゃんの姿を探した。
新しい場所で新しい友人はでき、それなりに楽しくしていたが、さあちゃんに抱いたような思いを感じることは、二度となかった。
理解できない閉じ込めた思いを抱いて、大二郎は舞台で演じ踊った。
醍醐が言うように、あの日の思いは確かに芸の役には立っていた。
艶やかな花のように子供にはそぐわぬ色香を振りまいて、大二郎は次第にこの世界で有名になってゆく。その姿は、醍醐によく似ていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
大二郎くんを育てるのは、なかなか大変だったみたいです……
大二郎が乳飲み子のとき、羽鳥の乳を吸ったというこのエピソードは、此花の父親に聞きました。
中々乳離れしなかったので、仕方なく自分の乳を含ませたら出ないのに吸ってたらしい……(´・ω・`)←
どこに、ネタが転がっているかわかりませぬ~ (*⌒▽⌒*)♪ 此花咲耶
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毎日の演目に追われ、覚えることはいっぱいあった。本格的な日舞の稽古、殺陣の練習も小学校に上がる前の年から始まった。
時おり、遠くのさあちゃんを思い出すことはあっても、仕事に支障をきたすような我ままは言わない。周囲を困らせても仕方のないことだと、大二郎は十分に理解していた。
働かない者は、おまんまを食えない。そんな暗黙のルールが一座にはある。
やがて、四国の公演を終えて劇団醍醐は、九州へと向かった。
小さな劇団では、大道具も小道具も皆ひとまとめにして運ぶ。大型トラックも醍醐と羽鳥が交代で運転する。
「次は、九州の筑穂というところに行くんだ。お前が乳飲み子の時に、一度行ったことが有るかな。いいところだ、なんといっても昔っから演劇が盛んな所だからな。人が温かいんだ。」
運転席の裏に、仮眠の為の狭いベッドが入っていて、そこに大二郎は転がっていた。
「覚えてないよ~。あ、でも、写真で見たことあるかな。黒い大きな山があった?」
「ああ。そりゃ、炭鉱のぼた山だ。前のときは、舞台の上でお漏らししちまって、羽鳥は大変だったんだぞ。」
「舞台で乳は欲しがるし……。腹が空きすぎて、終いには大二郎はおれの乳を吸ってましたからね。」
「あれは受けたな。何しろ長屋のおかみさん役の羽鳥が、大二郎に乳を吸われて本気で焦っていたからな。」
「うそだぁ~。」
「嘘なもんか。ほら、見てみな。お前がしょっちゅう吸ったせいで、羽鳥の乳首は男のくせにでかいだろう?」
ぐいとTシャツをたくし上げたら、羽鳥があわてた。
「醍醐さん!怒りますよ!もう~。こっちは、ハンドル握ってるんですからね。」
「本当のことじゃないか。ほら、大二郎、おっ母さんのおっぱいだぞ。」
「やめてくださいったら!おれ、あのころは大二郎が泣く度、本気で乳が出ればいいのに思ってたんですからね。」
大二郎は乳飲み子の役で、常に舞台に出ていた。楽屋におけばぐずぐずとよく泣く子供だったが不思議と舞台の上では機嫌が良かった。
出ない乳を含ませた姿に、客席は大いに笑ったが、羽鳥は大二郎が不憫で本気でこっそり泣いていた。
そんな話を笑う醍醐も羽鳥も、今はあえて「さあちゃん」の話は口にしない。いつか、あの温泉街のホテルで興行することが有れば、会う事もあるだろうと思って居る。
一座には毎日新しい出会いが有り、忙しない別れがあった。
一月毎に違う場所へ移動し、大二郎の幼稚園、小学校は何度も変わった。それが大衆演劇の一座の世界では当たり前のことだった。
しかし、新しい町へ出かけるたびに、大二郎は、ふと客席や子供たちの中に、いるはずの無いさあちゃんの姿を探した。
新しい場所で新しい友人はでき、それなりに楽しくしていたが、さあちゃんに抱いたような思いを感じることは、二度となかった。
理解できない閉じ込めた思いを抱いて、大二郎は舞台で演じ踊った。
醍醐が言うように、あの日の思いは確かに芸の役には立っていた。
艶やかな花のように子供にはそぐわぬ色香を振りまいて、大二郎は次第にこの世界で有名になってゆく。その姿は、醍醐によく似ていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
大二郎くんを育てるのは、なかなか大変だったみたいです……
大二郎が乳飲み子のとき、羽鳥の乳を吸ったというこのエピソードは、此花の父親に聞きました。
中々乳離れしなかったので、仕方なく自分の乳を含ませたら出ないのに吸ってたらしい……(´・ω・`)←
どこに、ネタが転がっているかわかりませぬ~ (*⌒▽⌒*)♪ 此花咲耶
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