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だいじろうくんの事情 5 

「大二郎。」

緞帳の向こうから声を掛けられて、振り返る。

「ちょいと外へ出るぞ。散歩に行こう。」

「はい。」

派手なロゴが入った外国製のジャージを着た醍醐が、息子を誘った。

「ちゃんと回れるように、おさらいしたか?」

「はい。もうできます。」

「泣いたのか?涙の跡が付いてるぞ。」

「あ……。」

ごしごしと目許をこすって、大二郎はゴミが入ったからと言い訳をした。
醍醐は父親らしい優しい目を向けた。

「同じ嘘を言うのなら、もう少しましな方便を言うんだな。うまく踊れなくて悔しかったのか?」

「……はい。」

「さあちゃんのこと思い出すと、胸の辺りがもやもやするんだろう?移動の準備で忙しくて、ちゃんとお別れできなかったものな。」

どうしてわかったんだろう……と、大二郎は驚きの目を向けた。そんなこと、一言も口にしたことなかったのに。醍醐はいつでも、大二郎の気持ちなどお見通しだった。

「なんかね、おれ……。踊っている時はいつも何も考えずに、踊りのことばっかりだったのに変なんだ。さあちゃんのこと、思い出すと涙が出そうになるんだよ。さあちゃん……おれがいなくなって、寂しかったかなぁ……。泣いたかなぁって心配になる。」

醍醐は息子を腕の中に掬い取った。

「あれはいい子だったなぁ。大二郎と二人でいると、ほほえましくて可愛かった。ご母堂も含め、揃って上玉揃いだったしな。」

「じょう……だま?うん。さあちゃん、たまたま付いてたよ。可愛い女の子だと思ったから、すごく驚いた。おまけにかっこいい湊くんは女の子だったし。」

「そうだなぁ。さあちゃんは大二郎に初めて出来た、同い年のお友達だったな。」

「いつかまた会える?」

「ああ、きっとな。」

答えは諾(だく)と決まっていた。
これからも、劇団醍醐の旅回りは続く。希望を持たないで生きて行けるはずもない。

「いいか、大二郎。縁を結ぶってことは、互いに見えない糸でつながっているという事なんだ。」

「糸……?切れない?」

「切れるかよ。解れたり絡まったり、ややこしいことはあっても、このつながった糸っていうのは、恐ろしく頑丈で一度結んだら、絶対に切れたりしないんだ。」

「そっか……。おれ、ちょっと安心した。さあちゃんが、泣いてるんじゃないかと思ったからさ……。さあちゃんが泣いたら、おれ……きっと泣きたくなるんだ。」

見知らぬ街を手をつないで歩きながら、いつしか人影のない小さな公園に入った。
ブランコや鉄棒、滑り台もある。
醍醐は大二郎を抱え、低い滑り台の上に、ひょいと乗せた。

「いいか、大二郎。こういう思いは忘れちゃならないんだ。嬉しいことも悲しいことも、心に刻まれた思いはきっとこの先、お前の芸の肥やしになる。お前、おれがおっ母さんで、番場の忠太郎を演ったことがあったろう?」

「うん。」

「忠太郎の台詞、ここで語ってみな?」

大二郎は流れ者の渡世人が、ずっと探し求めてやっと会えた母親との、再会の場面の台詞を流れるようにそらんじた。





大二郎くんは小さくても、踊りの名手です。
醍醐の言う、糸でつながっている話はちゃんと理解できたかな。(〃ー〃)

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    此花咲耶


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