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いつもお傍に 1 

それは、月虹が華桜陰学園初等科に入学する前年の話だった。
6歳になったばかりの月虹は、本妻の子供よりも出来が良いとの理由で、母親から引き離されて一人、仙道本家に引き取られて来ていた。
父の早逝で、母親と別れる日は早まった。
あの日、母と暮らしていた小さなアパートを引き払って以来、月虹は母に会ったことはない。

幼い頃から、いつかはこの日が来ることを、母親に言い含められてはいたが、たまに顔を見せる父親の家に行くのだと言われても何の感慨も喜びもなかった。しばらくして父が亡くなったと聞かされても、実感はなかった。
ただ、母親と離れて暮らす事だけが悲しかった。
幼くとも敏い子供で、我を通せば母が困ると知り、決して顔には出さなかったが、まだ温もりの欲しい年齢だった。

****

「月虹さまはどこへいかれた?帰宅して以来、お姿が見えないようだが。」

月虹の守り役として側に付いた執事、「金剛氏郷」(こんごううじさと)は、主を探して広い屋敷内を走り回っていた。目を離すとすぐに、居なくなってしまう。月虹は明るく快活な子供だった。

「月虹さまでしたら、お手伝いをするとおっしゃって、つい今しがたおやつのプリンに使う有精卵を取りに、鶏舎に行かれました。」

「そうか、ありがとう。行ってみよう。」

金剛氏郷の家は曾祖父の時代からずっと仙道家の執事をしていた。もっともそれ以前の金剛家は代々、仙道家に仕える家老職だった。
仙道家では、広大な敷地の一角を巨大なゲージで囲み、おおよそ100羽の鶏を放し飼いにしている。
月虹は大型の孵卵器から生まれた雛を入れたひよこ棟がお気に入りで、最近は幼稚園帰りに必ず覗きに行っていた。
月虹は小さなひよこに、格別の思い入れがあるらしい。たくさんの小さな黄色のひよこにまみれながら執事の視線に気が付いて、笑顔を向けた。

「あ、金剛!」

「こちらにいらしたのですね。この場所がお好きですね、月虹さま。」

「うん。ぼくね、生まれたばかりの、ふわふわのひよこが好きなんだ。ひよこもぼくが好きみたいだよ。みんな寄って来るもの。金剛は?金剛も…ひよこ好き?」

「金剛も黄色のひよこはとても好きですよ。今は亡き旦那さまも、この場所がお好きでした。」

「そう。お父さまと一緒ね。」

月虹は満面の笑顔を向けた。

*****

仙道家の家を継ぐ者として厳しい英才教育を課せられた合間に、ひよこにまみれるのは月虹の一時の癒しにもなっていた。
疲れた月虹が眠り込んだ傍に、ひよこは親を求めるように体温を求めて寄ってくる。

「ん?今日は、眠っておられるのか?」

一塊の黄色の羽毛を見やり、どこか互いに寂しい身の上を慰め合っているように金剛は思った。
蜂蜜色の群れの中から、月虹を見つけ掬い上げる。

「月虹さま。さあ、バイオリンのお稽古のお時間ですよ。先生がお待ちです。」

「う…ん。…だっこ…。」

月虹の腕が、父を求めるように金剛を求めた。
くんと立ち上る甘い子供の匂いを嗅いで、金剛氏郷は軽い眩暈を覚える。
心から愛した主人、月虹の父親、冬月(とうげつ)に良く似た面差しが全幅の信頼を寄せて、まっすぐに向けられていた。

「冬月さま……」

金剛は視線を外し、ため息をついた。
健気で純真、眩しすぎる月虹の向ける笑顔を、時折蹂躙したくてたまらなくなる。
そんな自分の中にふつふつとたぎる嗜虐の劣情が許せなかった。
深く愛すれば愛するほど、胸の奥底から、浮かびあがろうとするものを、誰にも気取られるわけにはいかなかった。

無垢な天使の羽根をもいで、その可愛らしい貝殻骨に手を掛け、わりわりとへし折りたい衝動にかられる。
恐ろしいことに、小さな月虹の口の端に、飲み込めなかった自分の白い雫がとろりと流れ、胸元に滴るのを見たいとさえ思う。

泣きながら許しを請う月虹の薄い夜着を力任せにはぎ取ったら、どんな甘美な悲鳴を上げるだろうか。いつか小さな部屋に監禁し、自分に向けられる月虹の信頼の目が、恐怖に変わる瞬間を想像すると背筋をとろけるような甘い怖気が走った。

「……馬鹿な。わたしは何を考えているんだ……しっかりしろ氏郷。これは、冬月さまへの冒涜だ。月虹さまは、決してあの方ではないのだから重ねてはならない……」

思わず頭を振ったが、縄目にあえいだ主人の顔を思い出すと、細身の脚の中央がずくんと熱を持ち固く張った。どれほど会いたくとも、もう会えない思い人がまぶたに浮かぶ。

「困りましたね。まったく……可愛くてどうしようもありません…どうしましょうか、冬月さま。あなたがわたしを置いて逝ったりするから、あなたによく似た掌中の珠を、時折、木端微塵に割ってしまいたくなるじゃありませんか……」

手のひらの懐中時計の内蓋に、今はない月虹の父親の姿があった。ロココ時代の焼き絵と同じ手法で描かれた肖像が、涙で滲む。追慕の想いは、深かった。
元々、そんな性癖の金剛が己を律して月虹の傍にいるのには、冬月と交わした約束があったからだ。

「金剛。どうやら、ぼくは……もう、本復しないみたいだよ。父上と医者の話を聞いてしまったんだ。」

「冬月さま、お気の弱いことをおっしゃってはいけません。金剛がお傍に居ります……」

「ねぇ。月虹は父上の血を濃く継いだようだね。あの子は誰からも好かれるし、とても人懐こいんだ。写真を見ると……まるで、ぼくの写し鏡のようだよ。ぼくがいなくなったら、あの子を君に預けるから、ぼくだと思って……大切に仕えてくれるね?」

「そのようなことを、おっしゃらないでください。金剛は冬月さまとご一緒に、月虹さまを御支えするのですから。」

不治の病に倒れた父、冬月は、愛する若い執事に愛息の全てを託し、引き受けた金剛は約束を守った。
忠実な執事は、主人の頼みに諾と頷くしか術はなかった。忘れ形見を、きっと仙道家の跡取りとして育てると細くなった指を絡ませ約束をした。

幼い月虹の中に想い人の面影を捜し求める自分を、滑稽だと思う。
誰よりも有能な執事、金剛氏郷は、自らの性癖を理性で強引にねじ伏せた。

「早く大きくおなりなさい。可愛い月虹さま。必要な事は、何もかも金剛がお教えして差し上げます。」

何も知らない月虹は、自分と父を重ねる金剛の胸に安心しきって身を任せていた。





お読みいただき、ありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪

何やら、一癖も二癖もある執事の登場です。(〃゚∇゚〃)
理性が勝つか……本性が勝つか……
忘れ形見に対する思いは、複雑なのです。 此花咲耶

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2 Comments

此花咲耶  

ちよさま

> 幼くても、成人していても、ひよこちゃんも、
> みーんな温もりは欲しいですよね…。
> やっぱり、一人きりはさみしいですから。

ずいぶん、さびしがりやみたいです。特殊なおうちに生まれた月虹は、なおさらみたいです。
ひよこにまみれる絵を描こうと思ったら……むつかしかったです(´・ω・`)

> 執事のうーさん、
> 今は亡き想い人にそっくりなちびっこ月虹と一緒にいると、
> 本能や感情に支配されず、理性的に行動するのは、
> むずかしいのかな…!?

(`・ω・´)金剛氏郷「ご心配には及びません。もちろん理性的に行動いたします。」←う~さんがちょっとツボに入りました。(*⌒▽⌒*)♪

> お仕事を全うしつつ、日夜煩悶ちゃってくださいな!!

とてもよく似ている設定なので、悶々としています。(*⌒▽⌒*)♪

> どんな番外編になるか楽しみです~!!

こんな執事に育てられたから、きっと月虹は腰の軽い人になったのかな……うふふ。(*⌒▽⌒*)♪

>
> 此花さま、お風邪ですか…
> お大事になさってくださいませね。
> 私もGW後半はポンコツ丸出で
> ダウンしてしまいました。
> 寒暖の差について行けず… (-ε-*)ブー

寒暖の差はひどかったです。このちんは、いつも連休が終わってからこたつをしまうのに、今回に限って早目にしまってひどい目に遭いました。何かね、空気も汚れているらしく、風が吹くたび咳が止まりません。
ちよさんも、気を付けてくださいね。
文章書きはじめたら、ちょっと気合が入りました。がんばります。(`・ω・´)

コメントありがとうございました。(*⌒▽⌒*)♪

2013/05/10 (Fri) 17:09 | REPLY |   

ちよ  

幼くても、成人していても、ひよこちゃんも、
みーんな温もりは欲しいですよね…。
やっぱり、一人きりはさみしいですから。

執事のうーさん、
今は亡き想い人にそっくりなちびっこ月虹と一緒にいると、
本能や感情に支配されず、理性的に行動するのは、
むずかしいのかな…!?
お仕事を全うしつつ、日夜煩悶ちゃってくださいな!!
どんな番外編になるか楽しみです~!!

此花さま、お風邪ですか…
お大事になさってくださいませね。
私もGW後半はポンコツ丸出で
ダウンしてしまいました。
寒暖の差について行けず… (-ε-*)ブー

2013/05/09 (Thu) 23:39 | EDIT | REPLY |   

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