いつもお傍に 2
仙道家の跡取りともなれば、誘拐の危険にさらされる確率も高い。自らの身を守る護身術は必須だった。
「悪を野放しにはしないぞ!とぉっ!変身っ!」
「よし、来いっレッド。」
まるで戦隊ごっこの延長のようだが、金剛は月虹が日々の遊びの中で、無理なく色々なことを覚えるように苦心していた。
怪我をしないように床一面にマットレスを敷き詰め、大広間に飾られていた古伊万里の対の花瓶は早々に片づけられている。
金剛は、てきぱきと指示を出し、月虹の指導に当たっていた。元々、武道に興味を持っていた金剛は、体術にも秀でている。
剣を振るえば示現流は免許皆伝、古武術にも長けていた。
「右足の位置は、こうですよ。そう、その方が急所を狙って打ち込む時に、踏ん張りが利きます。少しでも大きく見えますからね。」
「ほんとっ?強そうに見える?お父さまと金剛もこうやって、組手のお稽古をしたの?」
「ええ、たくさん組手の練習をいたしました。月虹さまも、お父上に似て呑み込みが宜しくて、金剛は驚いています。冬月さまが御覽になったらさぞかし…うっ…。」
金剛はマットレスに倒れ込んで交わした冬月との初めてのキスを思い出し、思わず華奢な手織りのハンカチを目に当てた。マットレスに縫い止めるように抑え込んだ冬月の、吐息は甘く、形の良い唇は薄く開いて金剛の名を呼んだ。
「すみません……お父上を亡くしてお辛いのは月虹さまの方なのに、金剛は……冬月さまの事を思うと……涙もろくて嫌になってしまいます。」
「金剛……お父さまの事、本当に好きだったんだね。泣かないで、お父さまは、きっとどこかで金剛を見てるよ。」
「はい。そうですね、きっと……」
「ぼくが立派に会社を継ぐことが、お父さまの御遺志なのでしょう。だから、泣かずに教えてね?がんばるから。」
「月虹さま。」
「それにね、ぼくは金剛がいてくれるから、この家に来てからずっとくじけないでがんばれるんだよ。いつも感謝しているんだ。だけどね……金剛……お父さまみたいに、突然ぼくを置いて、どこかへいったりしないでね。ひとりぼっちは……やっぱり、悲しいもの。」
見つめる月虹の丸い瞳から、ぽろりと真珠の滴が転がり落ち、思わず金剛は胸の中に小さな主を抱き寄せた。
「月虹さま……金剛は、どこにも行きません。……一生お仕えいたします。決してお一人には致しません。それにしても……この凛々しいお姿を、冬月さまに一目見せて差し上げたかった……。どれほどお喜びになる事か。」
「金剛。さあ、練習を続けるよ。」
涙を拭いて立ち上がった月虹は、どこか大人びて年齢以上に見えた。
「はい。ご一緒にどこまでも。頑張りましょう、月虹さま。」
その言葉通り、本当に金剛氏郷は男ざかりの大半を、成長する月虹の側で過ごした。時折、押さえきれない気持ちを昇華させるため、秘密の場所に足を運ぶことはあっても、それは月虹の教育に差し支えるような事はなかった。
妄想の中で組み敷くことはあっても、理性を鎧のようにまとい、金剛氏郷は完璧に職務を全うした。
当主の信任厚く、次期当主の教育を一手に引き受けて、金剛氏郷は完全無欠の執事として仙道家を束ねていた。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
ちびっこ月虹と、戦隊ごっこをしている金剛う~さんなのでした。
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