いつもお傍に 3
金剛氏郷の忠誠は、月虹が成長し華桜陰学園高等部に進み、初めて真実の恋を知っても変わることはなかった。
奔放に育った月虹の全てを受け止めて、金剛氏郷は常に無償の愛を貫いた。
恋人を失って泣きぬれる月虹に、氏郷は最後の指南をした。
「月虹さま。いっそ仙道家を出て、広く世間をご覧になってはいかがですか?」
「ぼくに……家を出ろと?高校をやめて?」
「はい。月虹さまには、客観的にご自分を振り返る時間が必要だと、金剛は思います。恋を失ってどれほど悲しくとも、出会いで得たものは多かったはずです。本当の愛を知らずにいるよりは、知って涙した方が清介さんの供養にもなると言うものです。」
「それは、そうかもしれないけれど……」
「このまま華桜陰という狭い世界の帝王として君臨するのもよろしいでしょうが、仙道の名を捨てて世間の汚わいに沈んでみるももよし……です。さあ、涙を拭いて首を上げなさい。何があっても誇り高い仙道の名に懸けて前を向くのです。」
「でも……この家を出て、ぼくはどうやって生活していけばいいか分からない……。お金の稼ぎ方も判らないんだ。金剛……何も知らない自分にうんざりするよ。」
「常日頃、大旦那さまがおっしゃているように、そんな時は何も持っていない生身のあなた自身を欲してくれる人を信じればいいんですよ。月虹さまは、この金剛が御育てしたのですから、ご自分を信じてお行きなさい。生きてゆく力は、月虹さまの内側にちゃんと備わっているはずです。どこに居ても、何が有っても、月虹さまはお一人じゃありません。金剛がいつもお傍におります。恐らく冬月さまも、清介さんも共にいるはずです。」
「清介が?……ああ、そうだ。滅多に見せないあの笑顔は、ぼくだけに向けられたものだった。そうか……清介は死んでしまったけれど、全てなくなったわけじゃない。ぼくが望めばいつも一緒にいるってことだね。」
「はい。例えどれほど離れたとしても、金剛もいつもお傍におります。」
「金剛はいつもゆるぎないね。金剛の好きだったお父さまが、いつも金剛の傍に居てくれるから?」
「……はい。そればかりか冬月さまは、金剛に生きがいとなる大切な宝物を託してくださいました。」
「それは、ぼくのこと?今も、金剛にはお父さまだけなんだね。知ってるよ、金剛の大切な時計の裏蓋にお父さまの絵があること。」
「……冬月さまは、金剛の全てでした。昏い過去も何もかも知って、この手を求めてくださいました。」
忠実な執事は、真摯に真実の愛を語った。
「お父さまのキスだよ……金剛。」
ついと傍に寄ると、月虹はためらいもなく金剛の首に腕を回した。
「愛しているよ、金剛。ありがとう……きっとお父さまも、そう言うよ。」
ふいに、ぼろぼろと金剛の双眸から涙が堰を切って溢れた。
「お別れですね……月虹さま。」
冬月さま……。金剛はお役目を終えた気がいたします。もう、月虹さまに金剛は必要ありません……
心の内でつぶやいた金剛に、ゆらりと儚げな冬月の微笑みが揺れる。
別れの時が近づいていた。
*****
その夜遅く、月虹は身の回りの物だけを持ち、仙道家を後にした。
大切なものを失った今、自分が自分で居るために、月虹には一人の時間が必要だった。
金剛の勧めるまま、当てもなく家を出た月虹は、この先、大切な人たちと出会う事になる。
朝食に出てこない月虹を案じた祖父、仙道家当主は、予期していたかのように「そうか……」とだけ口にした。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
人は誰も、一人では生きて行けません。気がついた月虹はやっと、前を向いて歩きだします。
明日が最終話です。よろしくお願いします。(*⌒▽⌒*)♪此花咲耶
奔放に育った月虹の全てを受け止めて、金剛氏郷は常に無償の愛を貫いた。
恋人を失って泣きぬれる月虹に、氏郷は最後の指南をした。
「月虹さま。いっそ仙道家を出て、広く世間をご覧になってはいかがですか?」
「ぼくに……家を出ろと?高校をやめて?」
「はい。月虹さまには、客観的にご自分を振り返る時間が必要だと、金剛は思います。恋を失ってどれほど悲しくとも、出会いで得たものは多かったはずです。本当の愛を知らずにいるよりは、知って涙した方が清介さんの供養にもなると言うものです。」
「それは、そうかもしれないけれど……」
「このまま華桜陰という狭い世界の帝王として君臨するのもよろしいでしょうが、仙道の名を捨てて世間の汚わいに沈んでみるももよし……です。さあ、涙を拭いて首を上げなさい。何があっても誇り高い仙道の名に懸けて前を向くのです。」
「でも……この家を出て、ぼくはどうやって生活していけばいいか分からない……。お金の稼ぎ方も判らないんだ。金剛……何も知らない自分にうんざりするよ。」
「常日頃、大旦那さまがおっしゃているように、そんな時は何も持っていない生身のあなた自身を欲してくれる人を信じればいいんですよ。月虹さまは、この金剛が御育てしたのですから、ご自分を信じてお行きなさい。生きてゆく力は、月虹さまの内側にちゃんと備わっているはずです。どこに居ても、何が有っても、月虹さまはお一人じゃありません。金剛がいつもお傍におります。恐らく冬月さまも、清介さんも共にいるはずです。」
「清介が?……ああ、そうだ。滅多に見せないあの笑顔は、ぼくだけに向けられたものだった。そうか……清介は死んでしまったけれど、全てなくなったわけじゃない。ぼくが望めばいつも一緒にいるってことだね。」
「はい。例えどれほど離れたとしても、金剛もいつもお傍におります。」
「金剛はいつもゆるぎないね。金剛の好きだったお父さまが、いつも金剛の傍に居てくれるから?」
「……はい。そればかりか冬月さまは、金剛に生きがいとなる大切な宝物を託してくださいました。」
「それは、ぼくのこと?今も、金剛にはお父さまだけなんだね。知ってるよ、金剛の大切な時計の裏蓋にお父さまの絵があること。」
「……冬月さまは、金剛の全てでした。昏い過去も何もかも知って、この手を求めてくださいました。」
忠実な執事は、真摯に真実の愛を語った。
「お父さまのキスだよ……金剛。」
ついと傍に寄ると、月虹はためらいもなく金剛の首に腕を回した。
「愛しているよ、金剛。ありがとう……きっとお父さまも、そう言うよ。」
ふいに、ぼろぼろと金剛の双眸から涙が堰を切って溢れた。
「お別れですね……月虹さま。」
冬月さま……。金剛はお役目を終えた気がいたします。もう、月虹さまに金剛は必要ありません……
心の内でつぶやいた金剛に、ゆらりと儚げな冬月の微笑みが揺れる。
別れの時が近づいていた。
*****
その夜遅く、月虹は身の回りの物だけを持ち、仙道家を後にした。
大切なものを失った今、自分が自分で居るために、月虹には一人の時間が必要だった。
金剛の勧めるまま、当てもなく家を出た月虹は、この先、大切な人たちと出会う事になる。
朝食に出てこない月虹を案じた祖父、仙道家当主は、予期していたかのように「そうか……」とだけ口にした。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
人は誰も、一人では生きて行けません。気がついた月虹はやっと、前を向いて歩きだします。
明日が最終話です。よろしくお願いします。(*⌒▽⌒*)♪此花咲耶
- 関連記事