小説・約束・28
民さんは、何だかうれしそうだった。
「そうですか。坊ちゃんがこちらでお医者様になってくださったら、民も病気になっても安心ですね。」
「うん。みんな、診るよ。だから、ぼくこれから死ぬほど勉強しなきゃな
~・・・」
「がんばってくださいね。応援しますから。」
民さんは、お父さんの時もこんな風に応援したのだろうか。
そこにあった握り飯の残りを貰って、軽く昼飯を済ませると良平は作業に向かった。
のどかな田舎にも、住んでみると色々なことがある。
地主と小作の関係。
まだほんの子供の良平にまで、おもねるような視線をよこしてくる大人。
そういう大人は、良平と話をしながら後ろにいる「佐藤の殿様」と会話していた。
父も、こんな思いをしながら学校に通ったのだろうか・・・
田についてみると、人だかりができていた。
何事かと聞き耳を立ててみると、トラックに乗って来た将校が、子供達に上野動物園の話をしていた。
空襲が頻繁になった東京では、とうとう猛獣が逃げ出しては危険というので、軍が命じて多くの猛獣を薬殺したというのだ。
「トラや、ヒョウ、皆今は剥製になって飾られているよ。」
「・・・」
今は戦時下だから仕方がないけど、きっと又、動物を飼えるようになるだろうとまだ若い兵隊は語っていた。
良平は思わず、輪の中に割って入った。
「ゾウは・・・?」
「ゾウなら、大人しいよね。」
「ああ、ゾウは意見が割れたが、暴れるといけないからって話だったね。」
周囲では、そんな風な話ばかり聞こえてくるようになっていた。
良平は四国に疎開する前、上野動物園でゾウが芸をするのを見たことがあった。
久しぶりの病院の休みに、短い時間では有ったけれど両親と3人で出かけたのだ。
餌を求めて芸をする姿に、家族は感嘆した。
「おお、かしこいね、ゾウは。」
「良平とどっちが賢いかな?」
「僕の方が、かしこいよっ!」
父が言うには、日本軍が上陸した東南アジアでは利口なゾウは、車の代わりに木材を運んだりもするということだった。
余りに悲しそうな、良平の顔に眼を留めたのかもしれない。
「きっと、まだ生きていると思うよ。ゾウは賢いから毒を飲まないだろう。」
「じゃあ、どうやって殺されるの?銃?」
「皮膚が厚いから、貫通しないだろうね。」
「わたしが聞いたのは大きなゾウの腹を満たすだけの、餌がないって話だったな。」
人間の喧嘩にゾウが巻き込まれている気がした。
餌をもらえない、かわいそうなゾウ・・・
作業の手を止めて、若い兵隊が良平に聞いてきた。
「ゾウがすきなのか?」
好きなのかと聞かれても、何て答えていいか判らない。
もう、良平は小さな子供ではなかった。
「僕、東京から疎開してきたんだ。上野で見たこと有ったから・・・」
「そうか。僕はゾウも好きだけど、トラが好きだったな。」
「トラは、もう銃殺されたの?」
それには、答えなかった。
「トラはね、お母さんが一人で子育てするんだよ。だから、僕はトラが一番好きだったな。」
見つめる良平に、目を細めた。
「うちも、トラの家族みたいに母子家庭なんだ。母トラは、今は宮城県にいてね、僕の無事を祈ってるんだ。」
「ふ~ん・・・」
そんな風な会話を、自分が兵隊としているのが不思議だった。
学校に配属されている将校や退役軍人は、気に入らなければ大きな声で怒鳴りまくり、鉄拳制裁を加え、二言めには女々しいだの、それで帝国軍人になれると思っているのかと叫んでいるばかりだった。
「兵隊さんは、僕の知っている軍人さんとちょっと違うね。」
「そうか?」
供出米は、どんどんと積み上げられ、トラックの荷台いっぱいになった。
「そうですか。坊ちゃんがこちらでお医者様になってくださったら、民も病気になっても安心ですね。」
「うん。みんな、診るよ。だから、ぼくこれから死ぬほど勉強しなきゃな
~・・・」
「がんばってくださいね。応援しますから。」
民さんは、お父さんの時もこんな風に応援したのだろうか。
そこにあった握り飯の残りを貰って、軽く昼飯を済ませると良平は作業に向かった。
のどかな田舎にも、住んでみると色々なことがある。
地主と小作の関係。
まだほんの子供の良平にまで、おもねるような視線をよこしてくる大人。
そういう大人は、良平と話をしながら後ろにいる「佐藤の殿様」と会話していた。
父も、こんな思いをしながら学校に通ったのだろうか・・・
田についてみると、人だかりができていた。
何事かと聞き耳を立ててみると、トラックに乗って来た将校が、子供達に上野動物園の話をしていた。
空襲が頻繁になった東京では、とうとう猛獣が逃げ出しては危険というので、軍が命じて多くの猛獣を薬殺したというのだ。
「トラや、ヒョウ、皆今は剥製になって飾られているよ。」
「・・・」
今は戦時下だから仕方がないけど、きっと又、動物を飼えるようになるだろうとまだ若い兵隊は語っていた。
良平は思わず、輪の中に割って入った。
「ゾウは・・・?」
「ゾウなら、大人しいよね。」
「ああ、ゾウは意見が割れたが、暴れるといけないからって話だったね。」
周囲では、そんな風な話ばかり聞こえてくるようになっていた。
良平は四国に疎開する前、上野動物園でゾウが芸をするのを見たことがあった。
久しぶりの病院の休みに、短い時間では有ったけれど両親と3人で出かけたのだ。
餌を求めて芸をする姿に、家族は感嘆した。
「おお、かしこいね、ゾウは。」
「良平とどっちが賢いかな?」
「僕の方が、かしこいよっ!」
父が言うには、日本軍が上陸した東南アジアでは利口なゾウは、車の代わりに木材を運んだりもするということだった。
余りに悲しそうな、良平の顔に眼を留めたのかもしれない。
「きっと、まだ生きていると思うよ。ゾウは賢いから毒を飲まないだろう。」
「じゃあ、どうやって殺されるの?銃?」
「皮膚が厚いから、貫通しないだろうね。」
「わたしが聞いたのは大きなゾウの腹を満たすだけの、餌がないって話だったな。」
人間の喧嘩にゾウが巻き込まれている気がした。
餌をもらえない、かわいそうなゾウ・・・
作業の手を止めて、若い兵隊が良平に聞いてきた。
「ゾウがすきなのか?」
好きなのかと聞かれても、何て答えていいか判らない。
もう、良平は小さな子供ではなかった。
「僕、東京から疎開してきたんだ。上野で見たこと有ったから・・・」
「そうか。僕はゾウも好きだけど、トラが好きだったな。」
「トラは、もう銃殺されたの?」
それには、答えなかった。
「トラはね、お母さんが一人で子育てするんだよ。だから、僕はトラが一番好きだったな。」
見つめる良平に、目を細めた。
「うちも、トラの家族みたいに母子家庭なんだ。母トラは、今は宮城県にいてね、僕の無事を祈ってるんだ。」
「ふ~ん・・・」
そんな風な会話を、自分が兵隊としているのが不思議だった。
学校に配属されている将校や退役軍人は、気に入らなければ大きな声で怒鳴りまくり、鉄拳制裁を加え、二言めには女々しいだの、それで帝国軍人になれると思っているのかと叫んでいるばかりだった。
「兵隊さんは、僕の知っている軍人さんとちょっと違うね。」
「そうか?」
供出米は、どんどんと積み上げられ、トラックの荷台いっぱいになった。
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