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小説・約束・22 

深夜、帰宅した時間が何時だったのか、良平にはわからない。
帰り道は人の気配もない中、真っ暗な田舎道を駆けて帰って、時計を見やる間もなく窓から転げ込むように蒲団に入ったのだ。
昨夜のことが夢ではない証拠に、手の甲に引っかき傷が残っていた。
朝やたらに眠かったので、ずいぶん遅かったのかもしれないと思った。
良平は何度も母親に揺り起こされて、やっと眼を開けた。
目の前の母親の顔を見て、何故だか一瞬、夕べの青い眼を思い出した。
そうだ・・・凛斗と、名乗っていたっけ・・・
あの後、ひどい咳き込みは、大丈夫だったのだろうか・・・?

「良平。体調でも悪いの?」

「う・・・眠いだけ・・・」

「早く食べて出かけないと、遅れますよ。」

のろのろと気だるそうに、学校へ行く支度を始めた良平に、母が時間を告げた。
一時間目は、死ぬほど嫌いな軍事教練だった。
ひたすらの行軍練習は、一体何の意味が有るかと思うが、教師は退役軍人に一言も意見をしなかった。
学校といいながら、軍事教練の時間はやたらと増え、勉強の時間は減っていく。
校庭にも、畑ができていた。
冷えた昨日の麦飯の残りに、大根葉の浮いた薄い味噌汁をかけ大急ぎでかき込んだ。

「行ってきます。」

斜めに布かばんを掛け、今日は靴を履いてでかける。

「良平坊ちゃん、お弁当お忘れですよ!」

民さんが追いかけてきてくれた。

「あ、ありがと。民さん。」

「夕べ遅く、民は坊ちゃんのお部屋へお声をかけたんですけど、お返事が有りませんでしたね。」

その一言に、一気に覚醒した。

「え?そうなの?」

「ええ、お風呂頂いた帰りに、窓の下の下駄を見つけて、民が拾ってお勝手にまわしておきました。」

「あ。」

・・・忘れていた。
心臓が、きゅっとしぼむような気がした。

「そんなところまで、お父様に似ていらして。」

貧しい家に生まれた民さんは、食い扶持を減らすために、小さな頃に佐藤の家に住み込みで入り、一年生に上がる前から、良平の父を背中にくくりつけて面倒を見ていた人だった。
だから、若旦那様と呼びながら10歳も離れていない、次期当主への思い入れも相当で、良平にもまるで母親のように接していた。

「う~・・・」

でも、今はとにかく遅刻したら大目玉だ。

「民さん。その事、絶対内緒にしてね。」

「お爺様にも、お母さんにも絶対言っちゃ駄目だからね。約束だよ。」

「行ってきます!」

どこへ遊びに行ったか、帰るまでに勝次と口裏を合わせておかないといけないと思った。
とにかく、昨夜のことは誰にも言わずに秘密にしておかないと、とんでもないことになるのは良平にも理解できた。
ふと振り向けば民さんは、まだ良平を見送っている。
心の中で、共犯者にしてしまってごめんね、と詫びながら、大きく手を振った。
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