BL観潮楼様・夏の企画「狂った夏・1」
BL観潮楼様・夏の企画「夏―心を焦がす恋―」
「狂った夏」
熱を持った床で、ぼんやりとした意識が戻ってくると、後頭部の痛みに襲われた。
あちこちに、擦り傷が有った。
「周二くん・・・、周二くんは・・・?」
顔の側にある靴を認めて、思わず問うた。
返事はなく、先の尖った靴が横たわった隼(しゅん)の脇腹を軽く蹴った。
「周二ってやつなら、お前が傷つけた車の弁償費用を作ってるんだろ?」
冷ややかな声が降って来る。
「特別仕様の親父の外車だからな、ありゃ高いぜ。」
かけていた眼鏡はどこかに行ってしまって、視界もはっきりとはしない。
身体を起こそうとして、じゃら・・・と硬質な音に身がすくんだ。
「え?何、こ・・・れ・・・?」
両腕が縛められるように、金属の枷が嵌められていた。
「王子様が帰ってくるまで、いい子にしてな。貰うもんもらったら、帰してやるよ。」
唐突に、隼(しゅん)は思い出した。
放課後、塾へ急いでいるとき、誰かが自分の自転車の後輪に当たり、車道に押し出されたのだ。
歩道を走っていた自分が悪かったが、転びそうになったとき、普段余り話もしたことの無い級友が道路に叩きつけられるのを庇ってくれた。
自転車だけが、車道に滑ってゆき走ってきた黒塗りの外車にぶつかった。
わらわらと数人の、一目でそれと分かる風体の男達が車から降りてくる。
その姿に、隼は怯えた。
「おい。自転車の持ち主はどいつだ。」
転んでしまった隼の目線に、柄の悪い青年が降りてくる。
「てめえか。弁償できるんだろうな。」
いきなり胸倉を掴みあげられた隼は、突然のことに呆然としてしまって、蒼白になったまま唇が震えて返事も出来なかった。
ぽんぽんと、誰かが宥めるように背中に優しく触れる。
「おにいさん。俺が払ってやるよ。いくら?」
庇うように目の前に立った級友の名前を、何とか思い出した。
「だめ、周二くん。だめっ。」
振り返った友人は、どこか嬉しそうに言った。
「隼。俺の名前、知ってたんだ・・・?」
こくと頷いたが、それどころではない。
きっと法外な値段を吹っかけられるだろう予感がした。
「ぼくね、きっと入学するとき保険とか入っているはずだから、調べてもら・・・うっ」
全ていい終わらぬうちに、鳩尾に手刀が入って瞬は路上で呻いた。
「はい、はい。話は事務所でつけましょうね。」
何故か丁寧に、自転車は道路の隅に寄せられ、隼と周二は自転車が傷つけた車に乗せられた。
押し込められるときに抗って、後頭部を打たれ気を失った。
一枚シャツは羽織っているが、制服は脱がされズボンも下着も奪われていた。
間抜けな恰好に気が付いて、身体を丸める。
視力が弱く部屋の様子が分からないので、余り恐怖は無かったが級友が心配だった。
クラスの中でどちらかと言うと目立つ、大柄の喧嘩っ早い少年。
会話を交わしたことも、挨拶を交わすことも希だったが、目が合うとお互いほんの少し笑い合う位の仲だった。
毎日、柔らかく視線を交わすのを、楽しみにしていた。
「あの、服を返してください。それと、これも・・・」
手錠を外してと、口に出すのが怖かった。
「なんで?」
「え?なんでって・・・、恥ずかしいです。」
口許の片端をあげて、見張り役のチンピラらしき男が笑った。
「へぇ・・・恥ずかしいんだ。だったら、こんなことされたらもっと恥ずかしい?」
両手を縛めている金属を掴んで、真上にあげるとシャツがはだけた。
膝立ちにされると、内腿に隠されていた隼の可愛らしいものが振れる。
「あっ・・・やめてっ!やーっ!」
温い空気を混ぜるように、まだ若い青年が隼の下腹部に手を伸ばしかけた。
「やっ、あっ・・・」
逃げようにも、手首が頭上に上げられたままだ。
殺されると、幼稚な隼は思った。
恐怖のあまり床に崩れ落ち、意識が飛びそうになったとき、勢い良くドアが開き周二が転がり込んできた。
「てめぇっ!何やってんだよ!」
聞き覚えのある声に、凍りついた時間が解けて瞬時に涙が溢れた。
「し・・・周二くん・・・周二くん・・・えっ・・・えっ・・・」
輪になった腕を掛けて、抱きついた。
「泣くな、隼。」
「こわ・・・い・・・こわい・・・よぉ」
今、縋れるのは目の前の周二しかいなかった。
温かい胸に引き寄せられて、しばらく背中を撫でられていたら、やっと人心地がついた。
周二が向き合って胸に抱えた同級生の額に、そっと唇を寄せた。
「きっと、助けてやるから、泣くな。」
可哀想なほど涙は止まらず、喉元から細い嗚咽が漏れた。
周二が顔を落として、甘く耳元にささやいた。
泣き濡れた頬の涙を、吸われた気がした。
「待ってろ。きっちり、話つけてくるから。」
「んっ・・・ごめ・・んね、ごめんね、周二くん。」
何の関わりも無い周二に、迷惑をかけているのが辛かった。
夕日を背に、周二を坊ちゃんと呼ぶ男が隣室にいた。
「周二坊ちゃん、あれで良かったんですか?」
「ああ。親父の車に傷なんて付いてないしな、やっぱおまえのA級ライセンスは伊達じゃないな。」
「坊ちゃんが、あのねんねの餓鬼に執心してるなんざ、信じられませんけどねぇ。」
ふっと、周二は息をついた。
「俺だって信じられねぇのに、お前にわかってたまるか。」
泣いて縋った隼の顔を可愛いと思う。
叫んだ隼を抱きしめてやりたいと思う。
そして、いつかあの幼い身体を思うさま、抉ってやりたいと思う。
喘ぎ乱れるその全てを、間近で見たいと思う。
「くそっ!夏のせいだよ。」
湿った風が吹いた。
狂った夏2へ続きます。
初参加させていただきました。
武者修行中です。
ネットなどで多くの素晴らしい作品を拝見して、どうすればこういう作品が書けるようになるのか不思議でした。
そして、この方のお描きになる素晴らしいイラストに心奪われておりました。
やっぱり、日々精進と言うことですね。
末席に加えていただきました。
どうぞよろしくお願いします。此花。
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