小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・13
「それでいい。」
俺は、きっぱりと告げた。
「交渉成立だ。金は明日用意するから、一日だけ時間をくれ。」
「いいのか?三百万も、そんな簡単に出せるのか、おっさん。」
・・・途端に、拍子抜けした。
「ちょっと待て。おい・・・三千万じゃないのか・・・?」
短い沈黙の後、だれかれとも無く笑い始めた。
「俺、三十万かと思ったんだけど。」
忍び笑いが響いた。
「貧乏人は、黙ってろ。」
「見かけによらず持ってるんだな、おっさん。」
存外、今の俺の見た目なんて、そんなものかもしれない。
どうみても、今はしょぼくれた30半ばの親父だ。
しかも、今は無職だ。
「妻子の生命保険が、入ったんだ。」
みぃくんの母親の最後の情夫だった金髪の良心に救われて、俺はそれから長い間、話を聞いてもらった。
火事ですべてを失ってから、人とちゃんと話をしたのは久し振りだったかもしれない。
金髪は真剣にじっと顔を覗き込んで、俺に起こった話を聞いてくれた。
大人の話しこむその横で、みぃくんはピンクのガーターベルトだけを身に着けて、ぷりんと裸のお尻を晒したまま、駄菓子をぽろぽろ零しながらお行儀悪く転がりながら食べていた。
みぃくんは、沢口海広(ミヒロ)と言う名前で、奇遇にも愁都と同じ年齢だった。
「何でまた、こんなガキの面倒みようなんて思ったの?正直、面倒くさいだけじゃないっすか?」
そこにいる、一応会社のスタッフと金髪(若いのに、社長らしい)に、俺は家族を失った話をした。
「上手く言えないんだが、この子が一緒なら、もう一度前を向ける気がするんだ。駄目だろうか?」
「ん~、どうかな。それじゃいっそ、みぃと直に話をしてみる?」
そして気が付くと、いつか名前を聞かれ「おっさん」から「松原さん」へと出世して呼び名が変わっていた。
おじさんの子どもになってくれないかなと、口の周りにお菓子の粉がついたみぃくんに、正面からお願いしてみた。
「おじさんじゃ、みぃくんのパパになれないかな?」
「パパ・・・?・・・みぃと、お写真とるの?」
「おじさんも、えっちのお仕事するの?」
彼には、世間にはばかられる行為も、そのくらいの認識しかないのだ。
みぃくんには、保護者のことを「パパ」と呼ぶ定義がなかった。
金髪が、横合いからひょいと膝に抱き上げた。
「違うさ、みぃ。パパができたら、もう、ママのためにえっちのお仕事しなくていいんだよ。
みぃは、本当はえっちのお仕事、泣くほどイヤだもんなぁ。」
「うん・・・や。」
たぶん、話の内容が正確には理解できていないんだろうと思う。
「おじさんね、みぃくんみたいな子どもが欲しいんだ。」
「おじさんの子どもになって、一緒に遊園地に行ってくれないかな?」
「ゆーえんち?」
遊園地などと言うと、まるで餌で釣るような気がしたが、半ばうんと言わせたくて、俺はむきになっていたようだ。
金髪が助け舟を出してくれた。
「みぃ。このおじさんもね、いつも一人でご飯食べてるんだってさ。
だから、これからは寂しくないように、みぃと一緒にご飯食べたいんだってさ。」
こいつ、いつも一人で飯だったんすよ、と金髪が告げた。
「なにしろ、撮影、編集はおろか、下手すると、喘ぎ声まで社長自ら後入れするような悲しい会社でね。
可哀想だと思ったけど、仕方なくてこいつは一人で毎日、コンビニ弁当を食ってるしかなくて。」
「だっこ・・・」
泣きそうな顔で、俺に向かって海広は手を伸ばしてきた。
ぎゅっとしてあげたい・・・
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俺は、きっぱりと告げた。
「交渉成立だ。金は明日用意するから、一日だけ時間をくれ。」
「いいのか?三百万も、そんな簡単に出せるのか、おっさん。」
・・・途端に、拍子抜けした。
「ちょっと待て。おい・・・三千万じゃないのか・・・?」
短い沈黙の後、だれかれとも無く笑い始めた。
「俺、三十万かと思ったんだけど。」
忍び笑いが響いた。
「貧乏人は、黙ってろ。」
「見かけによらず持ってるんだな、おっさん。」
存外、今の俺の見た目なんて、そんなものかもしれない。
どうみても、今はしょぼくれた30半ばの親父だ。
しかも、今は無職だ。
「妻子の生命保険が、入ったんだ。」
みぃくんの母親の最後の情夫だった金髪の良心に救われて、俺はそれから長い間、話を聞いてもらった。
火事ですべてを失ってから、人とちゃんと話をしたのは久し振りだったかもしれない。
金髪は真剣にじっと顔を覗き込んで、俺に起こった話を聞いてくれた。
大人の話しこむその横で、みぃくんはピンクのガーターベルトだけを身に着けて、ぷりんと裸のお尻を晒したまま、駄菓子をぽろぽろ零しながらお行儀悪く転がりながら食べていた。
みぃくんは、沢口海広(ミヒロ)と言う名前で、奇遇にも愁都と同じ年齢だった。
「何でまた、こんなガキの面倒みようなんて思ったの?正直、面倒くさいだけじゃないっすか?」
そこにいる、一応会社のスタッフと金髪(若いのに、社長らしい)に、俺は家族を失った話をした。
「上手く言えないんだが、この子が一緒なら、もう一度前を向ける気がするんだ。駄目だろうか?」
「ん~、どうかな。それじゃいっそ、みぃと直に話をしてみる?」
そして気が付くと、いつか名前を聞かれ「おっさん」から「松原さん」へと出世して呼び名が変わっていた。
おじさんの子どもになってくれないかなと、口の周りにお菓子の粉がついたみぃくんに、正面からお願いしてみた。
「おじさんじゃ、みぃくんのパパになれないかな?」
「パパ・・・?・・・みぃと、お写真とるの?」
「おじさんも、えっちのお仕事するの?」
彼には、世間にはばかられる行為も、そのくらいの認識しかないのだ。
みぃくんには、保護者のことを「パパ」と呼ぶ定義がなかった。
金髪が、横合いからひょいと膝に抱き上げた。
「違うさ、みぃ。パパができたら、もう、ママのためにえっちのお仕事しなくていいんだよ。
みぃは、本当はえっちのお仕事、泣くほどイヤだもんなぁ。」
「うん・・・や。」
たぶん、話の内容が正確には理解できていないんだろうと思う。
「おじさんね、みぃくんみたいな子どもが欲しいんだ。」
「おじさんの子どもになって、一緒に遊園地に行ってくれないかな?」
「ゆーえんち?」
遊園地などと言うと、まるで餌で釣るような気がしたが、半ばうんと言わせたくて、俺はむきになっていたようだ。
金髪が助け舟を出してくれた。
「みぃ。このおじさんもね、いつも一人でご飯食べてるんだってさ。
だから、これからは寂しくないように、みぃと一緒にご飯食べたいんだってさ。」
こいつ、いつも一人で飯だったんすよ、と金髪が告げた。
「なにしろ、撮影、編集はおろか、下手すると、喘ぎ声まで社長自ら後入れするような悲しい会社でね。
可哀想だと思ったけど、仕方なくてこいつは一人で毎日、コンビニ弁当を食ってるしかなくて。」
「だっこ・・・」
泣きそうな顔で、俺に向かって海広は手を伸ばしてきた。
ぎゅっとしてあげたい・・・
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