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金銀童話・王の金糸雀(かなりあ) 5 

バロックオペラなどに多く見られる女性役、天使役、少年役は、過去にはすべてカストラートと呼ばれる男性の去勢歌手が歌っている。
絶大な人気と、超絶技法で、当時教皇さえ動かすほどの、人気を集めたカストラートになるしかなかった王子と、敵国の王の物語。
歴史の仇花として大輪の華を咲かせた、カストラートの名を継ぐ者は、今や人道的な見地からもこの地上に存在しない。




三昼夜駆けて、王の葦毛の馬が緑の森の領地に入ったころ、王子の菫色(すみれいろ)の瞳はもう濡れていなかった。
旅の間に、もうすっかり自分の立場をわきまえて、父母と可愛い妹の命の綱を自分が握っていると理解したのだった。

小さな王子が、心に決めたこと。
王さまの機嫌を損なわず、王の望みどおりの自分になること。

銀色の王子が金糸雀の名を頂いたときに、自分に深く科したのは、父王の命を救ってくれた慈悲深い王にいつか報いることだった。

王の凱旋を祝って、緑の森の国境では祝砲が打ち上げられ、石畳の公道には旗が掲げられた。
誰もが勇猛果敢な王の帰還を祝い、領民は豊かな統治に満ち足りている。
さんざめく祝福の陽を浴びて、銀色の甲冑が輝くとき、跳ね橋の見える塔の上では、王の后が駝鳥の羽根の扇を手に、無事の帰還を喜んで優雅に腰を折った。

何ヶ月ぶりかの王さまの帰還に、国中が沸き返っている。
忠実な司令官が、先触れを送っていたせいで、国中の大臣たちも多くの使用人も、城門に揃って王を讃えている。
楽師は勇壮な音楽を選び、褐色の肌の美しい女奴隷や、宝石、珍しい貢物を山と抱えた兵士が次々に列を作り入城してゆく。

誇らしげに冑だけを脱いだ王さまに、光沢のある緑の厚地羅紗のドレスのお后が近寄った。
満面の笑顔で、王は祝福を受けた。

「伯母上にして、わが最愛の后よ。出迎えを、感謝する。」
「わたくしのあなた。ご無事で何より。」

王にどこか良く似た、気の強そうな眉を上げた美貌の奥方様は、馬からひらりと下りた時、抱えたマントの中に、隠された少年の姿を認めた。

「まあ。・・・この可愛らしい大きなお人形はわたくしへの、戦利品ですの?」
「ああ・・・人形に見えたのか。」と王さまは、王妃に微笑みかけた。

兵と一緒に野営をし、王さまの馬上で三昼夜揺られ続けた金糸雀は、ぐったりとその場に意識を失って倒れこんでいた。
城での暮らししか経験のない、まだ10歳になったばかりの王子に、屈強な兵との休みのない行軍は、とても過酷なものだったのだ。

「どうだ?可愛いだろう。」
「湖の国で捕らえた歌の上手な金糸雀だ。世話をしてやってくれ。」


お后は王の気まぐれに驚きながらも頷くと、固く目を閉じた睫毛の長い綺麗な少年を、自分達の使う寝所へと運ばせた。
可哀想な王子は、慣れない従軍に腰を痛めてしまい、すっかり疲れきっていた。
抱き上げられて運ばれたことも知らず、王子は今は泥のように眠っていた。

そして、小鳥たちのさえずりに久し振りにゆっくりと寝台で目覚めた翌日の朝、視界に入った黒髪に王子は酷く狼狽していた。
しばらくは、場所もわからず置かれた状況を飲み込めないで居た。

「・・・ここは、どこ・・・?わたしは・・・なぜ、ここに・・・?」」
「目覚めたかね、わたしの金糸雀よ。」
「驚くことはない。ここは緑の森の、わたしの城だ。」
「・・・あ・・・っ・・!」

体の向きを変えると笑いかけた王さまに気がついて、金糸雀は、はっきりと自分の立場を思い出した。
大急ぎで素早く寝台から下りると、恭しく臣下の礼を取り、王子は王のそばで知らずに眠ってしまった無礼を詫びた。
それは一国の囚われの王子としては、とても立派な挨拶だった。

「どうぞ、お願いです。王さま。今宵からは、わたくしに石の床で眠るようにお命じ下さい。」
「なぜ?わたしが、共に眠るのを許したのだ。」
「これは・・・敵国の王子が受ける処遇ではありません。」
「ふむ。では・・・わたしも今宵から、そなたと共に大理石の床で眠るのか?」

王さまは、寝台の上で頬杖をつき、金糸雀に向かって真面目な顔で問いかけた。
驚きのあまり大きな目と口を開いて、金糸雀はいいえ、滅相もございませんと、やっと口にした。
俘虜としての惨い扱いを思い描いていた金糸雀に、王はとても優しく、親切だったのだ。
王子とはいえまだ幼い子どもでしたから、覚悟はしていたものの、これからの事を胸が痛くなるほど考え、内心ではひどく怯えていた。

父王と母と幼い妹の命は、新しい領主となった王の腕の中にあり、その生死は自分の振る舞いにかかっている。
家族の事を思うとき、自分はどうなっても緑の国の王さまに、心を込めてお仕えするしかないと、固く決心をしていたのだった。

「王さま。わたしに何か、出来ることはないでしょうか?」
「食人として逗留するのではなく、お役目を与えて欲しいのです。」
「ふ・・・む、これは親に似ず、殊勝なことを言う。」
「あの・・・でも、わたくしにできることは・・・きっと、すごく少ないと思いますけど・・・。」

頬を赤く染めて、王子は懸命に伝えた。

「王さまの親切に報いたいのです。」
「教えていただけるなら、森の国の作法で覚えます。」

すっかり王子を気に入った王さまは、手を伸ばして殊勝なことだと王子に触れた。
ひざまずき懸命に願う王子の銀色の髪を指先で弄びながら
「歌え、金糸雀。いつでも、わたしが所望するときに。」と、いっそう優しく微笑んだのだった。

やがて王子は、年若い王さまのお后様も、たいそう歌がお好きだと知る。
遠くナポリの劇場から、歌手を招いて城の中で、歌劇を楽しむこともあると忠実な司令官がこっそり耳打ちし教えてくれた。
城の中には、当然やとわれの楽士などもいて、金糸雀が驚くほど、緑の森の城は音楽に溢れ
た場所だったのだ。
生まれ育った湖の城から、緑の森の城へ唯一つ、持って来たもの。
金糸雀にとって、それは自分の透き通った声だけだった。
教皇が自分の聖歌隊に入るよう、強く勧めたほど湖の城の王子の声は際立って高く美しく、鮮明に遠くまで響き聞く者の心を震えさせた。
勿論、湖の城の正当な王位継承者である王子に、領地を捨てて聖歌隊の一員になることは出来なかったのだが・・・。

王さまの求めるままに、晩餐の余興として歌声を披露したとき、そこにいた者たちの心は揺さぶられ、金糸雀は賞賛の喝采を浴びた。
家臣の一人も連れないで、貧しい国の捕虜のようにして連れて来られた金糸雀は、緑の森の城の王さまとお后さまが、自分の歌を喜んでくれると知って、とても安心したのだった。

それからは、王さまの求めるまま、昼夜、金糸雀は澄んだ声で小鳥のように高く鳴き続けた。
上手に歌って王さまに喜んでいただくことだけが、金糸雀(カナリア)と呼ばれる自分に出来るたった一つの「こと」と知っていた。




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まだ、子供~
まだ、童話~(´・ω・`)

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2 Comments

此花咲耶  

歌声のイメージは、此花は勝手に天使の翼合唱団リベラをイメージしています。
時々、ドラマのBGMやCMで流れていることもありますから、もしかするとお聞きになったことがあるかもしれませんね。聞きながら書いてます。
歌声重視でお願いします。(*⌒▽⌒*)♪

http://www.youtube.com/watch?v=h6us17HQwZU
http://www.youtube.com/watch?v=1ufVbrhj5KY

父王の命乞いのために金糸雀が歌った「木陰の歌」が歌ったアリアはこれです。
これは女性なので
http://www.youtube.com/watch?v=5rBEcokvsF0
カウンターテノール(たぶん~)の人が歌っているのだと
http://www.youtube.com/watch?v=MugXdU-h6UU&feature=relatedを聞いてみてください。
これから数年は幸せに暮らす金糸雀の流転を見守ってくださればと思います。

イメージまで、大切にしてくださってありがとうございます。
お互い綺麗なものに弱いですね~。(*⌒▽⌒*)♪
コメントありがとうございました。うれしかったです♪

2011/03/20 (Sun) 11:30 | REPLY |   

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2011/03/20 (Sun) 08:10 | REPLY |   

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