金銀童話・王の金糸雀(かなりあ) 6
絶大な人気と、超絶技法で、当時教皇さえ動かすほどの、人気を集めたカストラートになるしかなかった王子と、敵国の王の物語。
歴史の仇花として大輪の華を咲かせた、カストラートの名を継ぐ者は、今や人道的な見地からもこの地上に存在しない。
このまま何事もなく、ずっと平和が続けば良いと、王さまもお后さまも心から願っていた。
お行儀の良い見目良い王子を、お后さまもすっかり気に入ったご様子で、向けるまなざしはとても優しかった。
ある日などは、ご自分の豪華な薔薇の刺繍のローブや、手織りレースがふんだんに使われたマーガレットと言う短い上着などを惜しむ事無く与えたりした。
でも、さすがに背の高いお后さまの薄物の長着などは、小さな金糸雀には身長が合わなかった。
王さまは、女性のものを着せるのは可哀想だからやめるようにとお諌めしましたが、お后さまは新しい着せ替え人形を手に入れたように、すっかりこの綺麗な少年に夢中だった。
「いいのよ、だって、この子にはレェスがとても良く似合っているんですもの。あれもこれも、着せたいわ。」
「わたくしのあなた。いくらあなたが連れてきたのだとしても、独り占めは駄目よ。」
確かに王さまも、寸法を測って小さな甲冑を作ってやろうなどと、同じようにおっしゃっていた。
お妃さまの言葉に、思わず自分も同じだと気付き、苦笑しながら幸せな時間は流れてゆく。
お妃さまの弟殿下アレッシオさまも、可愛らしい金糸雀に夢中になる姉夫婦をほほえましく思っていた。
「子供がいない姉上には、そなたがわが子のように可愛いのだろう。付き合ってやってくれ。」
余りに勿体ない言葉に、王子は静かに肯いた。
さて騎士が馬上の槍の訓練を始めるのには、囚われの金糸雀にはもう遅いくらいだった。
どうやら王子は、武術の方は父王ほどには得意ではなかったようだ。
王さまが剣の扱いを教えているときに、金糸雀は扱いなれない盾の縁で手の甲にほんの小さな擦り傷を作ってしまった。
本人よりも顔色を無くし、お二人のおろおろとした狼狽振りに、周囲の方が驚いた。
「姉上。そうしていると、まるでご自分が腹を痛めて生んだ子どもの心配をしているようだな。」
「そうよ。この子は宿るお腹を間違えただけの、わたくしの子どもよ。」
お后さまの弟殿下アレッシオさまは、思わず噴出しておしまいになった。
小さな擦り傷は、医師によって薬を塗られ、分厚く包帯まで巻かれていた。
余りの溺愛ぶりに、以前、王さまが骨に届くような大怪我を負った時も、どなたも顔色を変えなかったのにと、王さまの忠実な司令官も横を向き苦笑した。
王さまとお后さまは、怪我をした王子にまるで従者のように甲斐甲斐しく世話を焼き、金糸雀に代わる代わるスープを与え、眠りについた後も側を離れなかった。
緑の森の城に住む王さま夫妻は、残念なことにこれまで子どもに恵まれず、ずっと寂しい想いをしていた。
長い年月の間、近親婚を繰り返した王家の血統は、血が濃すぎる弊害を抱え、常に世継ぎ選びに苦労していたのだ。
世継ぎができないことで、先々王の呪いだとか、魔女の仕業だとか、お二人は常に周囲の無責任な噂に晒されていた。
その当時の王族諸侯は、結婚で領地が分散しないように、親族間での結婚を繰り返していた。
多くの子供を政略結婚させ、次々と領地を拡大してゆくのが普通だった。
それは神を冒涜していたかもしれないが、領土に関していえば、まったく利に叶ったものだったのだ。
「伯母上にして最愛の后」と王さまが言うのも、伯母と結婚を無理強いした、先代の王さまへの反感もこめられていたかもしれない。
しかも王さまは、母親が王族ではない庶子の出身でありましたから、妻よりも身分は下になり、必要以上に求められるものが多かったのだった。
王さまは戦場に出れば、自分の優秀さを国民に知らしめるため、どんなに疲れていても、常に先頭に立って勇ましく闘わねばならなかった。
王さまにとって継いだ王位とは、このまま連綿と継承者を作り、領土を広げ、次の代へとつなげてゆくだけのかりそめの役目でしかなかった。
お后様も、王さまも、今は金糸雀と暮らすこの平和な時間が、少しでも長く続けばいいと願っていた。
それはお二人の側で暮らす、金糸雀の願いでも有った。
ずいぶん立派に見えても、実際の年齢は、銀色の王子様と王さまは、13歳しか変わらない。
でも、まるで自分達の本当の息子のように大切にし、緑の森の王さま夫妻は心からの愛情で銀色の王子を慈しんでいた。
銀色の王子が、お二人に向ける信頼の微笑み・・・。
しかし、そんな束の間の安息の日々は、残念ながらわずか数年しか続かなかった。
温かい冬の木漏れ日の中で、静かに羽根を休めていた小さな金糸雀は、容赦なくたった一羽、粉雪の舞う冷たい暗い森へと追い立てられるような悲しい目に遭うことになる。
愚かな実父のせいで、大きなすみれ色の瞳が涙に溢れ、忠実な司令官の手で連れ出され、哀しみの涙に溺れそうになるのはそう遠くの事ではなかった。
緑の森の城に、王子の運命を変えるきな臭い戦の足音が近づいていた。
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数年たってもまだ、子供~
まだ、童話~(´・ω・`)
もうすぐ、手術~
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