金銀童話・王の金糸雀(かなりあ) 8 【R-18】
絶大な人気と、超絶技法で、当時教皇さえ動かすほどの、人気を集めたカストラートになるしかなかった王子と、敵国の王の物語。
歴史の仇花として大輪の華を咲かせた、カストラートの名を継ぐ者は、今や人道的な見地からもこの地上に存在しない。
次の日には、すっかり舞台の装置も取り払われて、緞帳も全て下ろされ、元の広間に戻った。
元の生活に戻ったある朝早く、三人が仲良く丸くなってまどろむ寝室に、忠実な司令官が火急の用件があると小姓をよこした。
国境での諍いと聞き、すぐさま王は飛び起きて軍議を開き、総司令官としての冷静な対応を打たねばならなかった。
お后様は、小さな声で又戦争になるのかしらと、不安げに呟き、お傍にいた金糸雀は胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
愚かで短慮な、湖の城の幽閉された父王が何か浅はかな行動を起こしたのだろうかと、王子は心配でたまらない。
湖の国の城には、お后さまの弟殿下アレッシオさまが着任されているはずだったのだ。
金糸雀には、湖の城に残して来た母と幼い妹のことが、とても気がかりだった。
父王は、自尊心だけが高い見栄坊な性格だった。
例え、妻や子供達に危害が加わるようなことがあっても、黙って静かに幽閉の辱めに堪えるような性格ではないと、息子には十分分かっていたのだ。
寝室には外側からしっかりと鍵がかけられ、ばたばたと忙しなく城中を駆け回る足音が聞こえて来る。
親切な緑の森の王さま夫妻が、この先、あからさまに豹変し、自分に辛く当たっても、それは仕方のないことなのだと、王子は耳を覆って自分を納得させようとしていた。
僅かの間ではあったが、両親と居るよりも満ち足りた時間を頂いたと、金糸雀と呼ばれる王子は深く感謝していた。
女官が、着替えて大広間に来るようにと告げたとき、金糸雀は評議の全てが終わったのだと思い震える声で返事をした。
「お呼びでしょうか。」
「そなたにとって、素晴らしい話と、悲しい話が同時に起きた。」
連れて来られた金糸雀に向かって、少し青ざめて見える黒髪の王さまが、そっと告げた。
「どちらから聞きたい?」
跪いた金糸雀は顔を伏せたまま、両方ともお聞かせくださいと、健気に答えた。
「では、まず素晴らしい話からしてやろう。」
「そなたの父王が、幽閉された城から逃亡に成功した。」
「同盟を結んでいた隣国の手引きがあって、亡命が叶ったようだ。」
金糸雀は、くらと目眩に襲われて、椅子の背もたれを思わず強く掴んだ。
「おそらく兵を借り、領地を取り返すつもりで軍備を整えているだろう。」
「あぁ・・・王さま。それはわたくしにとっては、決して素晴らしい話ではありません・・・」
この上、王さまからの悲しい話を聞くには、王子には勇気が必要だった。
「どうぞ、愚かな父をお許し下さい。」
許されるはずもない虚しい謝罪をし、金糸雀はその場にうつむいた。
「裏切り者の王の、跡取り息子よ。Anastacio (アナスタシオ)第一王子よ。」
王さまが本当の名で呼びかけた。
故郷に捨ててきたその名を、王子が王さまから直接呼ばれるのは、初めてだった。
それだけで、王さまが全身からこみ上げる怒りを、やっと押さえているのが、金糸雀にも伝わって来る。
「湖の城から連れて来られた捕虜 アナスタシオ第一王子は、父王の裏切りの代償を、その身で払わねばなならぬ。」
「最初に交わした、約定どおり。」
決心したとはいえ、まだ子どもの王子様には荷が重く、何か言葉を発しようとしても体がすくんだ。
何とか、はいと言おうとしたが、唇が震えて声すらも出ない。
濡れた瞳だけを、王に向けていた。
「母御は娘と共に塔から身を投げて、自害しようとしたのをわたしの家臣が救ったそうだ。」
「いずれ、この国で面倒を見ることになるだろうが、おそらく二人は、別々の僧院へ送られて尼僧になるだろう。」
どんな悲しい話かと覚悟をしていた、アナスタシオ王子は母と妹が無事と聞き、思わずあぁ・・・と、吐息を漏らした。
「愚かな父王は、自分の保身しか考えなかったようだ。」
「法律どおり、裏切り者は裁かれねばならぬ。この上は森の国の統治者として、湖の王の血統、直系男子は許すわけにはいかぬ。」
金糸雀は、凛々しく覚悟を決めた。
「わたくしの処刑は、いつになりますでしょうか?」
神妙な面持ちで跪く金糸雀を抱きしめて、王様は耳元でお嘆きになった。
「いっそ、見苦しく泣き喚けば冷たく出来るのに・・・。何故、湖面のようにお前は静かなのだ。」
「せめて、今宵は歌え・・・わたしの金糸雀・・・」
王さまの脳裏には、昨夜の素晴らしい歌声が、耳に張り付いていた。
そして、去り際に花形カストラートが言った言葉を思い出した。
「何と言う天分でしょう。王さま、この小さな天使は、天恵のごとき音楽の才能に溢れています。」
「わたしにお預けくだされば、きっと素晴らしい天上の花となりましょう。」
今となっては、そんな言葉も虚しいばかりだった。
「わたしの小さな金糸雀よ、歌っておくれ。今宵限りの天使の声を、わたしは永遠に耳に焼き付けるだろう。」
「愚かな父王は、何故そなたの事を思いやろうとしなかったのだ。」
王さまは吐き捨てるように、湖の王を呪い燭台を取り上げると壁に叩きつけた。
お后さまも涙を零し、見つめるだけで何も言えなかった。
しかも、悪い知らせは、続く。
湖の国で初陣された弟殿下が、戦死されたと知らせが届いたのだ。
思わずお后さまは金糸雀に詰め寄り、その薔薇色の頬を強く打った。
その悲しみは、とても激しく深いもので王子は顔を覆って突っ伏した。
「そなたの、愚かな父のせいで!」
「何故?何故、死ななければならないの?わたくしの大事なAlessio (アレッシオ)・・・ 。」
「おお・・・、まだ19歳だったのに。」
お后さまの悲痛な言葉に打ちのめされて、金糸雀は泣きながら許しを請うた。
「どうぞ、わたくしの血を、お后さまの弟殿下のお墓に注いでください。少しでも、嘆きが癒えるなら。」
お后さまは、王子の短い腰刀を奪うと、胸まで真っ直ぐ届く銀色の髪を掴み、ざっくりと落とした。
「もう、この銀色の王位の印は必要ないでしょう。」
耳の上部が傷ついて、白いレースの襟が血に染まってゆく。
驚くほど多量に溢れる血に、顔色も変えずお后さまはこういった。
「首切り役人の明日の仕事を、わたくしがして差し上げるわ。」
それはすでに、金糸雀の知る優しく微笑むお后さまではなかった。
床に倒れ臥した金糸雀の頭上から、切り取られた銀色の髪が天上から降り注ぐように投げつけられ、細かい糸の切れ端のように光を弾き散らばった。
自分の耳や、頬の痛みよりも、打ったお后さまの辛い心を思って、金糸雀の見開かれたすみれ色の瞳に、みるみる涙が溢れてゆく。
胸の上に手を組んで、祈るように許しを請いながら、金糸雀は冷たい北の石牢につながれるため、手荒く脇を固めた兵士に、引っ立てられていったのだった。
王さまもお后さまも、どこにも苛立ちのぶつけようがなかった。
何年も自分たちの子供のように、大切に扱ってきた敵国の第一王子は、今や緑の森の国の仇敵となってしまった。
愚かな父王の咎を一身に受け、金糸雀は代わりにその命を差し出さなければならない。
早々に、大臣達によって処刑の日時は、明日の朝と決まった。
緑の森の国の法律は、たとえ王さまでも、覆すことは許されない。
引き立てられた王子は、北の塔へと押し込められた。
名もない金糸雀のつながれた光の差さない獄には、固い石の床に、粗末な寝台と木の椅子が置かれていただった。
兵士は容赦なく金糸雀の、細い手足に枷をはめた。
両方の手と足首に、生まれて初めて嵌められた罪人の木の枷が、動くたびに少しずつこすれて赤い擦り傷を作る。
木の枷の中央には、錆の浮いた重い鉄の鎖が渡され歩くのにも骨が折れた。
誰かの血を吸った錆びた鉄の鎖は重く、細い王子の身体は床につなぎとめられるようだった。
たった一夜にして死刑を宣告された湖の国の王子は、絶望に打ちのめされて小さく溜め息をついた。
「何故、ご自分の欲望のままに動かれたのです、父上・・・」
「お后さまの弟殿下を、殺めるなんて・・・。大切にしていただいたわたくしには、お返しするものもないのに・・・この上哀しみを与えるなんて。」
お二人の悲しみを思うと、とめどなく涙が溢れ、床にぱたぱたと落ちると、転がって涙のたまりが出来また。
「・・・母上・・・はは・・・う・・え・・・・お別れです。わたしはもう二度と、今生で愛する母上に、お目にかかれない・・・」
「母上の愛してくださった・・・アナスタシオは、明日の朝、処刑が決まりました・・・。首を落される前に、一目母上にお会いしたかった・・・うっ、うっ・・・。」
重い扉の向こうで、母を恋うる王子の長い嗚咽がこぼれるのを、静かに聴いているものが有った。
王さまの忠実な司令官は、鉄の合い鍵を取り上げると、意を決して室内に忍び入った。
気配に驚いて、息を呑んだ、銀色のアナスタシオ王子が振り返る。
「どうした・・・?わたしに、命乞いをしないのか?そなたの、愚かな父王のように。」
毅然とした顔で、王子はほんの少し笑顔さえ浮かべて言った。
「命乞いは、いたしません。」
「何故だ?」
答えた少年に、司令官は不思議そうに問いかけました。
「湖の国の民のために、両国が戦にならないように、わたくしは消えるべきなのです。」
「継ぐべきわたくしがこの世にいなければ、父の固執する領土や王位などに何の意味がありましょう。」
「そうか、要らぬ命なら、わたしがどうしようと構わぬのだな。」
濡れた頬を、無骨な武人の手が滑った。
お妃さまに短く刈られた銀色の髪に包まれた、小さな顔を持ち上げると王の司令官は、こみ上げる愛おしさに思わず口を吸った。
「あ・・・っ・・・や・・・」
烈しく口腔を蹂躙する司令官の舌につかまって、金糸雀は腕の中で大きく喘いでいた。
張り裂けそうな胸の苦しみを堪え、鞭打たれても耐えようと思っていた。
父王はそれだけのことをしてしまったのだ。
息子である自分が、あがなうべき罪だと理解していた。
枷に縛められたまま逃げることもかなわず、金糸雀は固く瞳を閉じて、ひたすら詫びの言葉を繰り返していた。
「王・・・さま、王妃さま・・・お許しください。」
それは、これまで惠まれすぎた捕虜には見合った待遇だったのかもしれない。
裏切りには当然の報いともいえた。
いつか王さまの司令官は、金糸雀の粗末な胴着を引き裂くと、自分の前立てを開き猛った雄芯を強く押し当てた。
長着を奪われて風が当たる下肢に、腕や足ではない熱く猛々しいモノが触れる。
金糸雀には自分が今何をされているのか、皆目わからなかった。
重い鎖が、強い力で引き寄せられた。
血走った目に、金糸雀は肉体が蹂躙されるのは、外からだけではないと知った。
強引な侵入に慎ましい肉の最奥が、めりと…裂けるのを感じた。
「・・・い、いやあぁーーーっ・・・王さまーーー・・・」
揉みあったときに、抗ったせいで縛められた手足は傷だらけになり、薄く血がにじんでいた。
金糸雀を乱暴に扱った司令官が、ふと我に返り、声を掛けても白い喉を晒したまま金糸雀はひくひくと震えていた。
いつか、枷を外されて抱きしめられても、王子は弛緩したきり虚ろなままだった。
声にはならなかったが、血を流す心でずっと呼んでいた。
(・・・王・・・さま・・・)
(・・・王・・・さま・・・)
********************************
ヾ(。`Д´。)ノ 「司令官~!おまい、何してくれとんじゃあ~!」←書いといて・・・。
流転の王子さまの、これからの運命は・・・?
話のきりのいいところでと思ったら、ずいぶん長くなってしまいました。
読むほうより、書くほうが早いかも。(*⌒▽⌒*)♪←楽しいらしい♪
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