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金銀童話・王の金糸雀(かなりあ) 9 

「王位は、そなたのような者が継ぐべきだったな。だが、もう遅い。」

王さまの忠実な司令官は、緩く固めた拳を軽く鳩尾に入れるつもりだったが、アナスタシオ王子の意識は闇に飲み込まれて、もう必要なかった。

王子はそのまま、忠実な司令官の大きな黒いマントに包み込まれて、夜陰のうちに人知れずどこかへ運び出されてしまった。
その日以来、湖の城から連れて来られた、囚われの金糸雀の姿は見えなくなった。
緑の森の国にしばらくの間、滞在した可愛らしい捕虜の話は、まるで初めからなかったことのように誰の口の端にも登らなくなってしまった。

湖の国の国境の諍いも、早々に参戦した王さまと忠実な司令官の働きで、緑の森の国のあっけないほどの大勝利となり幕を閉じた。

「哀れな、わたしの金糸雀(カナリア)が飛んでいってしまった・・・」

悲しむ王さまがぽつりとこぼした言葉は、お后さまによって遮られた。

「わたくしのあなた。その名前は、もうおっしゃらないで。」
「わたくしたちは、愛していた歌の上手な一羽の小鳥を失っただけですわ。」
「そうでしょう?」

すみれ色の瞳に涙を湛えた、お二人の愛した小鳥はどこへ姿を隠してしまったのだろう。
それきり、行方は長くわからなかった。

再会の話と、大きくなった金糸雀の話は、もう少し先の章で語ることになる。

*******

「どうぞ、わたくしの血を、お后さまの弟殿下のお墓に注いでください。」

そう言って、すみれ色の瞳を涙でいっぱいにした金糸雀の姿を、お后さまはずっと忘れられなかった。
怒りに任せて、むしり取るように切り取った、銀色の髪を掴んだ感覚も、いまだに王妃さまの手のひらに残っていた。

誰かの手助けで、緑の森の城からいなくなった可哀想な王子の行方を、王さまは探さずに捨てておくようにと言いましたが、その言葉もまたお后さまを苦しめていた。
感情の起伏の激しい質に生まれついたお后さまは、心から愛しいと思うものを慈しむ気持ちは勿論持っていたが、それ以上に自分への裏切り行為は、潔癖なまでに許せなかったのだ。

内なる嵐は燃え盛り、最愛の弟を失った喪失感が、日を追うごとに金糸雀への憎しみに変わって、細波のようにお后さまの心に入り込み、喰らい尽くそうとしていた。
処刑を明日に控えて逃亡した(としか思えなかった)アナスタシオ王子の行為は、彼女にとって「背信」以外の何ものでもなかったのだ。

帰参した兵によって、アレッシオの戦場での最後のご様子などが、腹心によって涙ながらにお后さまに伝えられた。
御自身の胸の中の反する二つの思いに、お后さまの心は引きちぎられそうになって、胸がちりちりと焼けるのを覚えていた。
行方の知れなくなったアナスタシオ王子の父、湖の王の取った手段を戦場から帰還した兵士たちに聞き、お后さまは激昂する。
その場に湖の王子がいたら、おそらくアレッシオ殿下が命を落としたのと、同じ方法で処刑されたに違いないと、思わず王子がいなくなったことに周囲が胸をなでおろすほどの、お后さまの激しい憤怒だった。
金糸雀を哀れに思う気持と、その父王への怒りが心の中で坩堝(るつぼ)の中の焔となって煮えたぎってゆく。

お后さまの大切な弟君アレッシオ殿下は、幼い時から大層身体が弱く、慣わしに従ってずっと女の子の格好で育てられた。
女児の格好で育てると、育ちにくい男子が健やかに育つと言う迷信に縋りたくなるほど、彼は生まれつきの腺病質だった。
両親も、アレッシオは姉上と性別をお間違えになったのだと嘆くほど、度々、高い熱を出した。
おそらくはこれも長年にわたる近親婚の弊害だったのだろうが、絹の褥で包むように大切に注意深く育てられたのだった。
15を越えたころから、やっと人並みと言えるほど健やかにおなり遊ばし、周囲は予期せぬ姿の良い直系男子の凛々しい甲冑姿に歓喜することになる。

身体の弱さから、武術や馬術の訓練もまともには出来ていなかったので、初陣はずいぶん遅れ、しかも輿を持参しての高みからの参戦だった。
王さまは大切な義弟の初陣に心を砕き、ご自分の近衛隊の中でも選りすぐりの手練れの兵士を側に侍らせた。
敵と直接まみえても決して命の心配がないように、義弟は、陣中深く隠すように配されたのだった。
なのに何故と、兵に問うのも無理はなかった。
だが、兵は言う。

聞くところによると、アナスタシオ王子の父王は、遠くからアレッシオ殿下を挑発したという話だった。
朗々と、敵国の王の大きな声が湖面を滑ってゆく。

「緑の森の王の、義弟よ。」

敵国の王が高らかに声を張り上げ、弟君アレッシオ殿下を誘うのだ。

「貴君に、もしも一かけらでも勇気があるなら、湖の国の名高い騎馬兵と、槍を合わせてみよ。」
「立会いなくば、噂どおりの腰抜けと、近隣諸国に触れて回るがそれでも良いか?」

自国の兵士の居並ぶ戦場で、ひどく自尊心を傷つけられて、怒りで蒼白になりながらお后さまの弟君は、周囲の必死のお引きとめにしばらくは耐えておいでになったという。
敵兵の嘲笑と嬌声の中、腰抜けよ、甲冑の代わりに貴殿はドレスをお召しかと、武人にとってあるまじき暴言の数々をぶつけられ、ついにアレッシオ殿下は家臣が止めるのも聞かず、無謀にも馬をひいたのだった。
歴戦の勇者が戦に慣れた馬を駆り、アレッシオ殿下の方は、まるで初心者のように馬に乗るのがやっとと言う按配だった。

誰が見ても、アレッシオ殿下は馬上試合など、できるような腕前ではなかったのだ。
まるで赤子の手を捻るように、アレッシオ殿下は地に叩き伏せられた。

微かに王家の誇りとして、取り乱したりはしなかったが、冑からこぼれ出た花の姿の線の細い端整な若者に、敵将も刃を突きつけるのをしばらくは躊躇ったということだった。
戦さえなければ、聡明な若者は立派に統治をしてのけただろう。
白刃は一撃で急所をえぐり、アレッシオ殿下は辞世を口にすることも無く、無残に事切れた。

敵の将軍はかき切った首を槍の穂先に掲げて、自軍に凱旋すると高い処刑台に首を掲げた。
それは首だけを串刺しにされた恐ろしい行為で、緑の森の国の兵士達は、首のない亡骸だけを引き取ると、気落ちしたまま呆然と国境寸前まで追い詰められたのだった。

その後、湖の城の処刑台に晒された義弟の下へ、すさまじい勢いで、王と忠実な司令官は兵を率いて、首を取り返すために向かった。
王さまと忠実な司令官は、鬼神の働きでたった一夜で軍を立て直し中央に穴を開けたが全て遅きに失していた。
隣国の援軍により、大軍となった湖の国を翻弄し、勇敢に、アレッシオ殿下の首をお救いしたが、一度、失われた命だけはどうしようもなかった。

お妃さまの胸に戻ったアレッシオ殿下の花の顔は、眠るように安らかだったが、3日間塩漬けにされた頬は血にまみれ、その目は悲しげに薄く開かれたままだったのだ。

お后さまが身体の弱い弟に、どれほどの愛情を注ぎ心配して戦場に送ったか、幼い頃からお二人を知る王さまは良くご存知だった。
そして美貌の王妃の、隠された激しい性格もよく知っていた。
だから助けた湖の王妃と皇女も連れ帰らず幽閉したまま凱旋したが、お后さまの心はもう深い闇に囚われてしまっていたのだった。

その日からお后さまは、二度と光の下で微笑むことはなくなった。
王さまが凱旋したその日、久し振りにあったお后さまは、金糸雀を閉じ込めていた北の塔の狭い牢獄に佇んでいた。
黒衣姿の黒曜石の光る瞳は、見据えられ、小さな木の枷が抜き身の剣で椅子の座面に打ち付けられていた。

「きっと、探し出すわ・・・」
「わたくしの、金糸雀・・・」

アレッシオ殿下の痛ましい首に優しい口づけを落とすと、吐き出すように王妃は固く誓った。






可哀想な金糸雀はどこに・・・・?(´;ω;`)

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