金銀童話・王の金糸雀(三部) 2
学院長は、教皇のお気に入りのミケーレの訪問をとても喜び、部屋に迎えてくれた。
「今、おまえを迎えに行こうと思っていたところだ。さあ、お入り。」
息を切らしながら、ミケーレは学院長にお願いしたいことが・・・と言いかけて、そこにいる第三者に気が付いた。
「・・・申し訳ございません。お客人でございましたか。」
教皇は立ち上がり、喜色を浮かべてお気に入りのカストラートを招き入れた。
「おまえが無事に帰って来た祝いに、乾杯をしよう。」
そして、ミケーレに問いかけた。
「さあ、ミケーレ。おまえはこの方を、ご存知だろうか?」
客人に向かい合ったミケーレは、目を見開き卒倒しそうになった。
「大国、湖の国の王、ディオへネスさまだ。」
そこにいたのは、全ての元凶の源、幼い頃に決別したはずの湖の国の王の姿だった。
教皇はミケーレの出自について、王さまの忠実な司令官から話を聞き、少しは知っているはずだ。
全てを断ち切ったカストラートの様子を、教皇はうかがっていた。
「わたくしは、この方を存じません。」
ミケーレは教皇の袖に縋って、恭しく礼をすると教皇にだけ聞こえるようにと呟き、片眉をひそめました。
「はじめまして。カストラートのミケーレと申します。」
容姿のたおやかさにすっかり見とれてしまった、老人はグラスを奨めました。
「なんと言う、優雅な姿だろうミケーレ殿。」
「姿に見合った、噂どおりの美声を聞かせていただきたいものだ。」
冷ややかな視線を送りながら、ミケーレは父王を観察した。
「あなたのお国に、わたくしの噂がありますか?」
「勿論だとも。美しいカストラートよ。」
その姿は老いてはいましたが、権力を求めてやまない以前のままで、昔に手放した息子の事など思い出しもしないようだった。
「教皇様のお気に入り、銀色のカストラートは昼も夜も、精霊のようなあえかな声で聖職者を誘うと聞いた。」
ミケーレは、ほっとため息を吐いた。
「誘うとは・・・?あなたは、誘われればカストラートは男女構わず、どなたの寝屋でも、歌うとおっしゃりたいのでしょうか・・・?」
「ふしだらな去勢鶏は、昼は舞台で歌い、夜は寝台で鳴くと?」
老人は、ミケーレが見たくもない、下卑た笑みを浮かべた。
「怒る所を見ると、違うのかね?」
「湖の国の王よ。それは余りに言葉が過ぎる。」
教皇が見かねて止めようとなさいましたが、ミケーレは、わざと澄んだ高い声で、自嘲するように答えた。
「お望みとあれば、このふしだらな去勢鶏が、貴方の枕元で命乞いのセルセを歌って差し上げましょう。」
ふっと、片頬が緩み言い放った。
「・・・貴方の幼くして捕虜となった、アナスタシオ王子のように。」
「アナスタシオ・・・!」
老王は顔色を変えた。
「何故、そんなことを知っている?おまえは、わたしの世継ぎアナスタシオ王子の所在を知っているのか?」
はらりと背中から輝く髪を、肩口から前に下ろしミケーレは冷酷に言い放った。
「わたしが、友人に聞いたところでは・・・」
「父王の裏切りにあった、金糸雀と呼ばれた可哀想な少年は、泣きながら緑の森の王さまの足元にひざまづき許しを乞うたそうですよ。」
「・・・あれも、おまえのような銀色の髪だった・・・」
「そうらしいですね。わたくしと同じ銀の髪を持った歌の好きな少年だったそうですけど・・・お気の毒にあんなことになるなんて・・・。」
湖の国の王は、顔色をなくし銀色のカストラートに詰め寄った。
「お気の毒にだと?世継ぎの何を知っているんだ?アナスタシオはどこへ行ったんだ?」
「カストラート!!」
頼むから教えてくれと、必死で懇願する老人を銀色のカストラートは冷ややかに見下ろしていた。
「なんでしょう。湖の国の王、ディオへネスさま。」
「あれは、余が手に入れた領地全てを受け継ぐ、大切な世継ぎなんだ。頼む、知っているなら教えてくれ!」
握りしめた皺だらけの両の手を、そっと包み込んでカストラートは引導を渡しました。
「何もない地上に線を引き、領地と命を取り合う事のなんと虚しいことでしょう。教えて差し上げます。」
「・・・あの子は、悲しみで心臓が張り裂けたのだそうですよ。」
「父王に裏切られ、それまで親切にしてくれた緑の森の王さまとお妃さまに冷たくされて・・・小さな胸がもたなかったんでしょうよ。」
崩れ落ちて悲嘆にくれる、哀れな老人は「おお・・・アナスタシオが・・・」
と、繰り返した。
「可哀想な王子の亡骸は、あの子を可愛がった亡くなったお后さまの胸にあったはずですが・・・」
「・・・どうかなさいましたか・・・?」
血の気を失い白蝋のようになった老人は、その場に崩れて、歯の根が合わない様子で、無様に下あごを鳴らしていた。
「な・・・なんという・・・アナスタシオが・・・。」
湖の王は思い出していた。
意気揚々と進軍した緑の森の城の奥深くで、事切れたお后さまの亡骸は、確かにそこに横たえられていた。
そっと、褥(しとね)に延べられた遺体の側に置かれた小さな頭骸骨を見つけると、老王はこれまでの憎しみを叩きつけるように、持っていた杖で跡形もなく粉々にしてしまったのだった。
愚かな王は、足元に転がってきた骨の欠片を踏みつぶし、城の広間に響くほどの哄笑をあげたのだ。
「まさか・・・?・・・あれが・・・世継ぎのアナスタシオだったというのか・・・」
老人はその場に、膝を付いた。
「アナスタシオ・・・。」
父と子の対決です。
このくそ親父のせいで~ヾ(。`Д´。)ノ
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