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金銀童話・王の金糸雀(三部) 4 

「悪魔の所業こそが、神をも恐れぬ背徳の異端、神の教えへの冒涜である。」
「王子はたった10歳で、恐ろしい異端の犠牲となった!」
「その証拠に、捕虜となったアナスタシオ王子の行方は知れぬ!その亡骸さえも慰み者にされたからだ!」

異端審問の裁判の場は、怒号のるつぼと化した。
人々は興奮し、足を踏み鳴らして騒ぎたて、悲鳴を上げた。
壇上の王さまに向かって、その場にあったありとあらゆる物が投げつけられた。
王さまの忠実な司令官は、必死に庇おうとしたが枷が邪魔になり、腰の剣も今は取り上げられてどうしようもなく見つめるしかなかった。
異端審問官は、木槌を振り上げ人々を鎮めようとしたが、集団心理のあおられた心は焔のようになって王さまに襲いかかり焼き尽くそうとしていた。

「緑の国の王を、火刑にしろ!」

誰かが叫びました。

「悪魔は火あぶりに!」
「骨も身も焼き尽くさねば、復活するぞ!」

恐らく、湖の王と隣国の王の手の者の指図による、陽動作戦と思われた。
神の使いである司祭も、余りの人々の熱気に気おされ、逃亡しそうになっている。
蜀台までが、王さまに投げつけられ袖口にばっと火の粉が散りました。

「あぁっ、王さまっ・・・!」

王さまに冷たく追放されたことも忘れ、ミケーレは必死に声を上げた。
王さまから人々の怒りを逸らせるには、ほかへ目を向けさせるしかない。

人々の流れに逆らいながら、ついにやっと壇上にたどり着いた銀色のカストラート、ミケーレはねずみ色の外套で隠されていた天使の姿を晒した。
光が集まったような目映い銀糸の髪が、はらりと頭巾から零れ落ちた。

「金糸雀・・・。」

王さまは、すぐに気が付きふと目を細めた。
一瞬で水を打ったように、その場は静まりかえった。
宗教画に描かれた天上の天使が、実際に降臨したかのようなその姿は、真っ白いローブが長い裾を引き、誰もが言葉を失くして息を呑んだのだった。
緩く腰に巻かれた平織りのベルトは、ステンドグラスの天使が持つ宝石が散りばめられた金色の長いものだ。
外套を滑らせて足元に落とすと、カストラートは歩を進めた。
頬を上気させた小さな子供が「天使さま・・・」と、おずおずと手を差し伸べる。

銀色のカストラートは、天使が舞い降りたような厳かな風情で、広場の人々に向かって見渡すと静かに両手を広げ、優雅に腰を折った。

多くの目がひたと据えられ、身じろぎもせず、何がおきるのか見詰めていた。

「・・・以前のわたくしは、湖の城の王子アナスタシオと名乗っていました。」
「先ほど、どなたかが火に焼かれたと、おっしゃっていました。」

細波のように、小さなどよめきが起こりました。

「争いごとを好まないわたくしを、神の御許にお連れ下さったのが、緑の森の王さまです。」
「恐ろしい異端の神に捧げられたことなど、誓ってありません。わたくしは今、教皇様の傍で神に向かって祈りを捧げる日々を送っています。」

その姿は、何よりの説得力を持ち、人々は呆然と具現化した天使を見上げていた。
優しい極上の微笑を浮かべ、自分に手を差し伸べた子どもに軽く頷くと、やがてミケーレはすっと大きく息を吸った。
それから、静かにゆっくりと、ささやくように嘆きの聖母の独唱を始めた。
それは、アレッシオ殿下を失ったお妃さまに、許しを請うときに歌った悲しみの歌だった。

人々の心に、カストラートの奇跡の歌声は届いていた。
自分の歌で、人々のざわめきが治まったのを知ると、何曲も連続して聖歌を続けることで願いを込めた。
銀色のカストラートの歌う「マタイの受難曲」に、人々は跪き涙を流した。

あまねく全ての人の胸に、神の慈愛が届きますように・・・
儚くなった犠牲者の魂が、安らかに神の御許に召されますように・・・
胸に手をあてて歌うカストラートの視線は、迷う事無く王さまに向けられていた。
マタイ受難曲

「我等は涙を流して跪き・・・(ひざまずき)」

Wir setzen uns mit Tränen nieder
und rufen dir im Grabe zu:
Ruhe sanfte, sanfte ruh’!
Ruht, ihr ausgesognen Glieder!
Ruhet sanfte, ruhet wohl!


Euer Grab und Leichenstein
soll dem ängstlichen Gewissen
ein bequemes Ruhekissen
und der Seelen Ruhstatt sein.
Höchst vernügt,
schlummern da die Augen ein.

<意訳>

我らは涙流してひざまずき
塚に眠る汝に呼びかける
眠れ安らかに 安らかに眠れ
疲れ果てた四肢を休めよ
眠れ安らかに 安らかに眠れ

汝の眠る御墓は
迷える心を安らかに支え
魂に休息の地を与える
至上なる安堵に包まれ
まどろみの中 瞳は閉じゆく



しかし、その場は収まったものの、銀色のカストラートの願いも虚しく、騎士以外の罪のない人々を死に追いやった王さまの罪は、この世の誰にも消すことが出来なかった。
ローマ教皇の使者でもある異端審問官に、跪いて王さまは全ての罪を認めた。
残された全ての財産を、犠牲となった人たちに分け与えるよう審問官にお願いし、王さまは最後の場所、斬首の塔へと向かった。

すっかり弱って壁に手をつきながら引かれてゆく王さまの姿を、そっと人影に隠れて眺めた銀色のカストラートは、思わず後を追った。
残された時間、王さまには束の間の自由が与えられていた。

「王さまっ・・・」
「・・・余の・・・金糸雀。」

肩に掛けたマントを金糸雀に向けて誘うように広げると、やつれた青い生気のない顔を向け、王さまはいつかのように優しく微笑んだのだった。

「おいで。余の傍に。」

その言葉と笑顔に救われて、銀色のカストラートはおずおずと近寄りました。

「ほんとうに・・・お側に参っても・・・?」
「罪人は最後に、一つだけ願いを叶えて貰えるらしい。」

くすりと悪戯っぽく王さまは、少年のように笑ったのだった。
金色の鳥籠の百合の細工に覆われた柵も今はなく、王さまと金糸雀を隔てるものは時間以外、何もなかった。
金糸雀は、やっと夢に見た王さまの胸に帰って来たのだった。

「傷つけてすまなかった。決して本心ではない。」
「思慮のないわたくしが、お側から離れなかったのがいけないのです・・・」
「ずっと、そなたに謝りたかった。」

そしてただ静かに、王さまは胸に縋る金糸雀を、今こそ、きゅと力を込めて抱いたのだった。

「違うのだ・・・離れがたかったのは、余の方だ・・・。」
「湖の国の寂れた教会の聖歌隊の中から、お前を最初に見つけたときから・・・余はずっと、そなたを側に置きたかったのだ。」
「全てをなげうってでも、手に入れたかった。わたしの金糸雀。」

もう、今生での別れが迫ったときになって、金糸雀は王さまから初めて幸福な言葉を貰ったのだった。





「ハッピーエンドと言ったやつ、出て来い~!!」ヾ(。`Д´。)ノ ← この野郎~!!


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4 Comments

此花咲耶  

鍵付きコメント様

一生懸命ハッピーエンドに持っていこうとしているので、思いが届けばハピエ、そう思っていただければうれしいです。

カストラートについて、色々調べるのが楽しかったです。
実は手術場面がのっている本がどうしても欲しくて、探しました。
この作品が上手くいったとは、思えませんけどいつかもう一度書いてみたい魅力的な素材です。
エチ、ちょっと頑張りました~!(*⌒▽⌒*)♪

コメントありがとうございました。うれしかったです~!(*⌒▽⌒*)♪

2011/04/15 (Fri) 23:41 | REPLY |   

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2011/04/15 (Fri) 11:46 | REPLY |   

此花咲耶  

鍵付きコメント様

大嘘つきになりつつある此花です。
(´;ω;`)うう~・・・
本当はね、ハッピーエンドにしたかったんです。

はい、たぶんあと二話くらいです。
コメントありがとうございました。うれしかったです。(*⌒▽⌒*)♪

2011/04/14 (Thu) 21:29 | REPLY |   

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2011/04/14 (Thu) 21:17 | REPLY |   

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