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金銀童話・王の金糸雀(三部) 1 

王さまは、お后さまと共に神の側に行くことを、望んでいた。
刀の切っ先が背中から胸に抜けるほど、強く力を入れて、お后さまの命を奪ったのは自分だったが、それはどう考えても仕方のないことだった。

信頼できる配下が、既に緑の森に迫る異端審問の動きを、逐一報告していた。
異端審問の裁判になれば、どこにも申し開きの出来ないほど、緑の国の王と后は殺戮を重ねてきた。
緑の国の王は、これまで自分の軍隊が野焼きのように攻撃した、湖の国の罪のない人々のことを思うとき、裁かれるべき時は来たと、既に投降を決心していたのだった。
月光病のお妃さまから金糸雀を守り、復讐の螺旋に繋がる全てをお終いにしようとしていた。

心にもない偽りで金糸雀を傷付け、無下に傍らから追放したのも、側にいることで罪に問われるかもしれないと恐れたからだった。
王さまは、悲しみを湛えて蒼白の顔で自分を信じられない面持ちで見つめていた、傷ついた金糸雀の小さな顔を思い出していた。
幼い時に捕虜として連れて来られた金糸雀が、緑の森の城に来たその日を、ずっと大切に思っていたというのを聞いて、自分もそうだったと側に駆け寄り、告げたい思いだった。

どれほど、お前を大切に思って来たか…王さまは心の内側でだけ何度もつぶやいた。
王さまは、一番最初に湖の国の教会で、グレゴリオ聖歌を歌っていた可愛らしい少年アナスタシオ王子を見つけたときから、ずっと彼の平穏な幸せを願っていたのだった。
王子を大切に思えば思うほど、自分の側に置くわけにはいかなかった。

王さまは、ご自分の吐く言葉が鋭利な刃物となって、金糸雀の寂しい心を血が流れるほど抉っていると知っていた。
それでも・・・それが、金糸雀にとってどれほど辛いことでも、冷たく別れを告げねばならなかった。
何故なら優しく別れを告げれば、お互いが離れがたくなると分かっていたからだ。
お后さまの死を、自分のせいだと思って叫んだ彼に、自分が罪人になった時の姿を見せたら、今度こそ後を追うだろう。
大きなすみれ色の瞳が、どれほど悲哀に溢れ、心痛に嘆いてよろめいても、決して王さまの側に居てはならないと思う。
金糸雀には、どこかで幸せに、ずっと澄んだ声で歌っていて欲しい、亡国の今となってはそれだけが王さまの願いだった。

いつも側に控えていた、王さまの忠実な司令官には王さまの気持が手に取るようにわかっていた。
戦いの嫌いな王さまが、度重なる遠征に疲れ、重い身体を引きずるようにしてはいった教会で、運命の天使に出会ったのだった。
その姿は、信仰深い王さまが領地に作った、教会の聖堂に飾られた天使が、ふっと壁から現れたような姿だった。
心身をすり減らしながら、戦に明け暮れる王さまは、出会った天使に癒されて、初めて心からご自分のそばに置きたいと願ったのだ。

もし金糸雀が、領地の貧しい少年なら、彼と彼の両親はどんなにその光栄に歓喜しただろう。
手元に置いた金糸雀を心ならずも手放した後の、虚しさは心に風穴があいたようだった。
少年の面差しを残したまま、大きくなった金糸雀の歌声を、再び回廊の格子越しに聞いたとき、王さまの胸は、喜びに打ち震えていた。
成長した金糸雀は、望みどおり美しく素晴らしい楽器のようなカストラートになって、王さまの前に姿を現したのだ。
遠縁のカレスティーニ公の葬儀に出かけ、目立たぬようにそっと見送るつもりで中庭に居た所、まるで初めから決められていた出会いのように、歌い終わった金糸雀の姿を見つけてしまったのだった。

衝動の赴くまま、咄嗟に連れ帰ってしまった金糸雀も、王さまの心を汲んで、重い月光(精神)病のお后さまのために懸命に歌った。
でも、そのカストラートの正体は、散々に王さまを翻弄する、老獪な湖の国の王さまの世継ぎだったのだ。
全ての災禍の原因は、そこだった。
金糸雀のために、その昔、老王の命を救ったことが後々の禍根となった。

湖の国の王は、緑の森の王さまに激しい敵対心を燃やし、自分の傷つけられた自尊心を守るためだけに幽閉された塔から逃げ出し、隣国に身を寄せていた。
捕虜となった、妻女や王子のことなどは何も考えていなかった。
挙句の果てに、湖の国を統治するお后さまの弟御を騙し討ちにしてしまったのだ。

そして、悲しむお后さまは、月光病に罹ってしまったのだ・・・
亡くなったアレッシオ殿下を、埋葬することもなく、生きたものとして振舞うお后さまの狂気は、誰にも静められなかった。
あの、林立した串刺しの死体も元々は、父王の起こした戦が原因だった。

囚われの自分が、カストラートになったのも・・・全て、父王の浅はかな行いのせいだった・・・
母上と年端の行かぬ妹が、戒律の厳しい修道院に閉じ込められ、罪のない多くの湖の国民が、槍の穂先に晒されたのも・・・

音楽学院に帰って来たミケーレの胸の内は、投降した王さまと同じ悲しみであふれていた。
長い間、心配していた友人のトニオは、帰って来たミケーレに喜び、飛び掛らんばかりにして出迎えたのだった。

「ああ!、ミケーレ!」
「良かった。ミケーレ、君に何かあったらと思うと・・・」

言葉にならない友人は、ミケーレを抱きしめて泣き咽んでいた。

「連絡できなくて、ごめんね。ぼくは、懐かしい人たちの許で、歌を歌っていたんだ。」
「歌を?」
「そう・・・とても大切な人が亡くなってしまったから、鎮魂歌を捧げにね。」
「エウリディケとオルフェを、歌った・・・でも、歌劇のようにやはり、ぼくには彼女を冥府から救うことは出来なかったの・・・・」
「ぼくは、無力でちっぽけなカストラートだ・・。何の役にも立たない・・・」

顔を覆って激しく泣くミケーレに、トニオは言葉をかけられなかった。
優しく背中を撫でながら、噂について話を始めた。

「君が、教皇のお気に入りって、学院長は知っているよね?」
「異端に誘拐されたと思った学院長は、教皇に知らせたんだ。それでね、教皇はついに十字軍を出したって話だよ、聞いていない?」

驚いたミケーレが、濡れた顔を上げた。

「十字軍を・・・?まさか・・・、ぼくのために?」

真顔で深く頷くと、トニオは、語った。

「ずいぶん前から、異端の嫌疑があったらしいよ。」
「どうやら異端審問官が潜伏した領地で、大変な異端の証拠を持って帰ったらしいね。」
「死体が掲げられて、風に揺れている恐ろしい風景を見たそうだよ。」

ミケーレは体中の血が逆流して、冷たく引くのを感じた。

「異端審問・・・。」

ミケーレは自分の悲しみに浸っている場合ではないと、今こそはっきり自覚したのだった。

「どこへ軍隊を送ったの?トニオ、早く答えて!」
「どうしたの?落ち着いて、ミケーレ。」
「異端審問官が入ったのは、緑の森の国だよ。」
「あぁ・・・」

と、蒼白のミケーレは呻かずにはいられなかった。
何故あれほど冷たく、王さまが自分を放逐したのか、やっと理解したのだった。
お后様が今わの際に、王さまを一人にしないでと言った言葉が重く反芻された。

ミケーレはトニオを残し部屋を飛び出すと、別棟にある学院長の部屋へ駆け入った。
教皇に会うために外出許可を取る必要があったからだ。
息せき切ったミケーレの目に、信じられない光景が広がった。





王さまと別れた金糸雀は、再び王様のもとへ帰ろうとします。
三部です。
お読みいただけたら嬉しいです。


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2 Comments

此花咲耶  

鍵付きコメントk様

きゃあ~(*⌒▽⌒*)♪

お読みいただきありがとうございます。
長いお話、読んでくださっているんですね。
うれしいです。

コメントありがとうございました。うれしかったです。(*⌒▽⌒*)♪

2011/04/12 (Tue) 20:34 | REPLY |   

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2011/04/12 (Tue) 15:59 | REPLY |   

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