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わんこと夜のうさぎ 3 

見た目はすごく可愛いけど、中身はそう賢そうな感じがしないそいつを連れて、俺はそいつの自宅へ送って行った。

「どうしたの、ナイト?ここだよ。ぼくとナイトの家。忘れたの……?」

「あ、あのさ、まさかとは思うけど……勘違いしていない?」

まじで、土饅頭の下にいるやつと一緒だなんて、思ってないだろうな。俺の名前とそいつの名前が一緒なのかどうか知らないけれど、ちぐはぐな会話にどこか違和感が立ち上る……。
あのな、名前が同じってだけなんだけど……と言いかけたらドアが開き、上品そうなおばさんが顔を覗かせた。

「あら……お客様なの?もしかして、七糸(ないと)のお友達かしら。」

「あ、はい。こんにちは。葉山ナイトでっす。」

「七糸と同じ名前のお友達がいたのね。」

振り返ると、さっきまで一緒だった奴がいなかった。
どういうこと……?あいつは、どこへ行ったんだ?
おばさんは、俺と同じ名前の七糸という奴の、部屋へ通してくれた。そこで見た写真の眩しい笑顔……。

「七糸ね……まだ、行方が分からないの。警察から、ひき逃げされたらしいって連絡を受けたきり、もう二週間も経つのにね。」

「二週間も……。」

いきなり、とんでもない話を聞いた。
俺と同じ名前のナイト……七糸は、塾の帰りに交通事故に遭って行方が知れないらしい。
壊れた自転車と血だらけの鞄を残し、跡形もなく姿が消えたのだそうだ。俺は河原に居た影の薄い少年が、おばさんの待っている子供なんだろうと思った。

「心配してくれて、ありがとね。みんな捜してくれているのに、あの子ったら、どこへ行ってしまったのかしら……。本当にもう……。シロも可哀想に餌を食べなくなってしまって……。」

おばさんは鼻をすすり、ふとおばさんの顔があの土饅頭のところに居たやつと似ているのに気が付いた。
やっぱり、そうだ……。

「あのう……病院とかからも連絡は来ないの?」

近隣の病院に運び込まれていないか、すべて警察が調べたが、それらしい患者が運び込まれた様子はなかったそうだ。

「流れた血が多いから、もしかするともう、失血死しているかもしれないって言われたのよ……。覚悟だけはしていてくださいって。」

子供を思う母親の思いが伝わってきて、溢れる涙を思わず俺はぺろりと舐めた。
俺には母ちゃんの記憶は殆どなかったけど、俺がいなくなった後、母ちゃんは俺を思ってこんな風に泣いただろうか。

「俺……かあちゃんが傍にいないから良くわからないけど……七糸は母ちゃんが泣くと、きっと悲しいと思う。だから……おばさん、なかないで。」

「お母さん、いらっしゃらないの?」

「かあちゃんとは、一緒に住めないんだ。訳あって生まれたばかりの時に、かあちゃんの飼いぬ……家族に引き離されてしまったから……。」

おばさんの脳内には、どこか大金持ちのお嬢様が貧乏だけれど美貌のピアニストと、手に手を取って駆け落ちした韓流のドラマが浮かんでいた。

しばらくの間暮らした貧しいアパートでは、可愛い赤ん坊が生まれにこにこと笑っていた。ままごとのような生活は、やがてお嬢様のやくざな父親の手によって強引に幕を下ろされる。
ピアニストの大切な指に光るナイフを突きつけて、家に帰るか、それともピアノを弾けなくしてやろうかと父親は迫る。
家に帰って婚約者と結婚しろ、そうしたらこいつの命だけは助けてやるぜ……みたいな。

「でも……ね、俺は遠くにいるかあちゃんが笑っていてくれたらいいなって思う。もう、逢えないのは哀しいけど、俺がかあちゃんの息子なのは何があっても変わらないから。きっと、どこかでつながっていると思うから……ひ……っく、かあちゃんっ……。」

うっかり涙腺が弛んで、俺は一生懸命おばさんを励ますために笑おうとしたのにかえって泣かせてしまったみたいだ。フェロモンだだ漏れタイプの俺は、はからずも七糸の母ちゃんの母性本能をくすぐっていた。

「ナイト。いい子ね。」

おばさんが俺をぎゅうっとする。
えっと。
……おばさん、俺に惚れるなよ。

「ありがと。もう泣かないわ。そうね、七糸もきっと笑っている方が安心するわね。」

「うん。子供ってね、かあちゃんが笑っているだけで、すっごくうれしいんだ。かあちゃんが笑うとね、ちびの俺は、おひさまに抱っこされている気がしたんだよ。」

「ナイトくん……。そうだ。ご飯食べてって。」

おばさんは、それから何故だか大張り切りでご飯を作り始め、持って帰って食べてねと言っていくつものタッパーに入れてくれた。
俺のいっとう好きな、オージービーフ(お肉)の匂いがする。

「おばさん。俺、オージービーフ大好きなんだ。これも、オージービーフ?」

「あら……、赤身が好きだったの?ごめんなさいね、松坂はちょっと柔らかいかしら。主人もわたしも、もうお肉はあまり食べないから、あなたが食べてくれるとうれしいのだけど。」

「お……俺。松坂屋のベーカリーのぱんのみみも上等だから好きだよ。ありがとう、おばさん。」

俺と同じ名前の子供の帰りを、ずっと心配しながら待っているおばさんにも出来たら笑っていてほしいと思った。

それにしても、あの土饅頭の傍で佇んでいた奴。あれって本当に、おばさんが待っている「七糸」なんだろうか。
どうして、あんな所にいたんだろう。
傍で泣いていた奴の行方はしれなかった。




▼・ェ・▼何か、謎が解けないまま、次号だぞ。

本日もお読みいただき、ありがとうございます。
わんこシリーズ、一気読みしてくださった方、ありがとうございました。
うれしかったです。 (〃゚∇゚〃)  此花咲耶

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